24 使用人への給与体系
1512年4月22日
「という事で、給料をお支払いする事にします」
「「有難うございます」」
平凡な一日が今日も始まる。
さて、今回は娯楽棟の講堂にいる。
そして僕はその、人で埋め尽くされた講堂のどこにいるかと言うと、壇上だ。高いところから失礼しているが、この状況をまず説明したいと思う。
昨日、大量の小判や金貨銀貨、それから銅貨を手に入れた僕は、今日の午前中、どうやって給料を支払うかを決めた。そして、その報告を、全ての班長(迷宮隊に関しては、隊長の白咲さんだけであるが)、5001人に集まってもらった。
1階席から4階席まで、全ての座席は合わせて6000席。何のためにこんな広い講堂を使うのか、と思っていたが、こうした目的が多分あるのだろう。
さて、説明を始めようか。
「皆さんに、給与支払いのメカニズムをご説明したいと思います。
まず、給与の払込については、月給制で行います。月に一度、7日に行います。ですが、今月は、この連絡が終わった翌日、つまり明日4月23日に払込を行います。給与以外の払込は後述します。」
ここで一旦言葉を切る。そして講堂を見渡してみると、一文字も聞き漏らすまい、と多くの人の視線が集まっていた。早く話を聞きたいようなので、沈黙を切り上げて、話を再開する事とする。
「そして給与の金額についてです。
給与に関しては、公務隊、迷宮隊、女中隊で給与体系は特に変更しません。ただし、迷宮隊に関しては後述する危険手当の対象者が多いので、平均給与は高くなると思います。
そして、同じ隊内では、責任が大きくなるにつれて給料を高くしていきます。基本給は、平使用人の場合、月1000文(4万円)、係長となると月1500文(6万円)、そして第一〇〇係長といった、複数の係の統制を行う統括係長の場合月1800文(7万2千円)となります。
そして隊長には月2500文(10万円)を支払います。勿論、減給処分などもあると思うので、一概にこうだ、とは言い切れませんが」
給与の具体的な金額が出て、会場内では少しどよめきが起こった。彼らの予想より低かったのか高かったのかは、今は分からない。後で聞いてみる事としよう。
「そして、手当についてです。
もし、この後、子供が生まれるような人が出たら、家族手当を扶養家族1人あたり月300文(1万2千円)渡します。勿論、子供の食費、光熱費、住居費、衣服費などに関しては払う必要はありません。あくまで子供の趣味の品、もしくはイベント参加費などにご使用ください。
教育費に関しても、出来ればここから拠出して欲しいですが、現実的に不可能な場合、学習状況を見て無償提供します。ああ、勿論奥さんや旦那さんの分も、同額支給いたします」
ここで熱心にメモを取る人が増える。文献(作成:公務隊)によると、人間と神造人間が子供を残すことは遺伝子学上可能らしい。
寿命に関してはどちらの特徴が受け継がれるのかは全くわからないが、少なくともどちらが母体であったとしても、子孫を残すことが可能らしい。
神造人間は性別は無いが、別に無性な訳ではない。「男でもあり、女でもある」というだけに過ぎないので、その気になれば子孫を残すことが出来る、という事だ。それを考えると、将来子供が生まれたときの事も考えないといけない。
「それから、通勤手当です。
今後、旗ヶ野領から離れて暮らし、旗ヶ野領まで通勤する人が出た場合、ガソリン代、公共交通機関運賃などを90%負担します。そのためのレシートとかは提出お願いするかもしれないので、書類申請を忘れないようにしてください」
通勤手当は、家族手当と同じようなニュアンスだ。現在、使用人棟の生活環境はお世辞にも良いとは言い難い。4畳半の部屋に、三段ベッドを3個設置しているわけで、そんな所に使用人の家族を住まわせるわけにはいけない。
なので、例えば旦那さんの実家に住んでもらって、旗ヶ野まで通勤する事を想定している。
「そして危険手当です。
迷宮内の作業や、危険な薬品や機材を扱う人には、それにふさわしい分の手当をお支払いします。目安ですが、溶接係には1日あたり20文(800円)をお支払いします。また迷宮隊にはその難度に応じて手当を振り替えますが、基本的には潜った時間の1時間あたり50文(2000円)の支払いを考えています。」
っ迷宮隊長の白咲さんが深く頷いていた。どうやら満足できるレベルの給与水準だったらしい。今後貢献度に応じてさらに危険手当を増やす事も検討中である。
「手当はこんな所でしょうか。
後は、『基本給の他に支払われるもの』でしょうか。一つはボーナスです。7月と12月の二回、ボーナスを支給します。その時の現金状況にもよりますが、基本的には基本給の二ヶ月分を見込んでおいてください」
その一言に、講堂が色めきだつ。やっぱり魅力的だよね、ボーナス。それぞれ基本給の二ヶ月分、と言うことは、一年に十六ヶ月分の給料が貰えている事に等しい。平使用人の場合、年16000文、4両(16万円)が基本給となる。
「そして、残業代についてです。
基本的に、実働8時間、週5日労働を持って定時と致します。それで、それ以上の残業については、一時間の労働をもって二時間分の給与をお支払します。
なお、拘束時間と実質仕事量が著しく離れている場合、『裁量労働制』を活用することが出来ます。これを用いると、通常の1.2倍の給与が支払われますが、残業代は支払われません。どちらがより得になるのか、よく考えて選択してください」
こう話し終わった時に、ため息が漏れた。どこにため息を漏らす要素があったかは、少し分かりかねるが。
「以上、給与制度についてです。何か質問はありますか?」
講堂中を見渡す。一階席、挙手なし。二階席、同じくなし。三階席、なし。四階席も無し。全ての席から挙手が無いことを確認出来た。
「質問が無いようでしたら、これで説明を終わります。本日は有難うございました」
そういって壇上でお辞儀をすると、割れるような拍手で応えられた。
「やはりマスターはお優しいですね」
講堂から去り、本棟の執務室に戻った時、そう言ったのは藤山さんである。
でも、それほど良い条件は提示していないような気がする。残業の上限規制も設けていなければ、家賃扶助や医療扶助も定めていない。そもそも給与が、普通に平成で雇用するとすれば明らかに不足である。
「そうですか?課題のほうが多いと思いますけど」
「いえ、私もある程度給与制度の内容を考えていましたが、予想以上でした。ボーナスなんて、支給するだけで年収が33%増しな訳ですし。給与計画がだいぶひっくり返りました。後は残業代ですね。裁量労働制を採用するとなれば、実質1.2倍もの給料が得られてしまう訳です。これはさすがに我々に甘すぎなんじゃないでしょうか」
いやいやいや。そんな事は断じて無い。そもそも、ボーナスはともかく残業代の支払いは事業者の義務だ。残業代未払いのまま安売りをしたら、もうそれはソーシャルダンピングといって良い。
そんなに給料は受け取れない、という人がいたとしても、定時時間内に業務がすべて終わるのであれば、それに越したことはない。仕事の能率化にも繋がる。
「そうです。私なんてただマスターのお世話をするだけで年間4.8両(19.2万円)な訳ですから。しかも扶養費や交通費は別支給な訳なので、自分やマスターのためだけにお金を使う事が出来るわけです。といってもマスター以外の人と子供を作りたい、という人はまずいないでしょうが」と、瀬戸さんがいった。
…どこからツッコミを入れれば良いのか分からないが、とりあえず給料は全額自分のために使って良いんですよ?
「そうですね。通勤手当については徒労に終わりそうな気がします。家族手当はもしかしたら必要になるかもですが」と、これは大塚さん。
まあ活用されないに越したことはないが。使用人の皆さんを送り出すのは辛いし。
「とにかく、これで給料問題に関しては解決、といった所でしょうか」と、向かいの席に座っている黒田さんが言った。確かに、今月の切迫した現金事情からは解放されたと言って良いだろう。だが。
「まだ、給料問題は終わっていません。これから、年一回の春闘や、その他契約条件の見直し、有給休暇制度の創設や各種保険、福利厚生の整備など、やる事はいっぱいあります」
神造人間は病気もしないそうなので、医療保険については実質いらないかもしれないが、有給休暇はまず必要だろう。たとえば趣味のイベントが勤務日に開かれたり、子供がいればその看病とかに必然的に使うことになろう。
「(マスターは本当に優しいですよね。そんな事気を使わなくても、擦り切れも疲れもしないというのに)」
「(我々もマスターの優しさに甘えてばかりではいけませんね。勤務時間中の仕事の能率は今より上げましょう。といっても、私は秘書班長としてマスターのお側についていたいので、裁量労働制に登録してほぼ無休でいるつもりですが)」
「(奇遇ですね、私もです。マスターの優しさにかまけて、捨てられないようにしないといけません)」
執務室の後ろまで目線をすべらせると、そこには先程まですぐ近くにいたはずの秘書班の面々が、顔を突き合わせていた。
小声で話しているらしく、何を話しているかは全く聞こえてこない。少し内容が気になる。
「そこの方々は、何を話してらっしゃいます?」
「マスターのお優しさについてです」と、田名川さんが突き合わせた顔の中から顔を上げ、即答した。
「嘘おっしゃい」
本当にそんな話をしていそうなのが怖いが、まあ社交辞令だろう。
そんな事を考えつつ、今日の残った職務をこなしていった。
ところで。
今日の夜、追加で鋳造していた各種貨幣が届いた。
残していた神造人間の皆さんが昨日に増して頑張ったらしく、これで今月の支払いに必要な分は届いた。後は、毎月継続して最低でもこの量を鋳造したい。それによって、貨幣鋳造用の金のec生産効率がだいぶ上がってしまったが、それは致し方ないだろう。
平凡な一日が、今日も終わる。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は5/31を予定しています。
2019/08/25 危険手当を加筆。




