22 傘と栓抜きの売り込み
1512年4月20日
「島木屋さんとの定例会談です」
「もうそんな時期になったんですね」
平凡な一日が始まる。
さて、今日は20日。先月の同じ日に、紺原さんとの取り決めで、毎月この日に定例会談、というより定例商談をする決まりとなっている。はてさて、今日はどんな商材を持っていこうかな…
「とりあえず傘ですね。先月、つい売り込むのを忘れてしまいました。後は栓抜きも一応持っていきましょうか」
先月の傘談義が3月19日、商談が3月20日。持っていこうと思えば持っていけたが、未だ売りそびれていた。和傘は品質の良いものを大量にストックしているので、後はあちらで広告を入れるなり、自由に絵付けして貰えれば良いと考えている。
「それが良いと思います。栓抜きの場合、案外付属の電池の方が良く売れるかもしれません」と、瀬戸さんが返した。
確かに。一部地域で電気は流通しているようだが(美流にある島木屋のエスカレーターは、博櫛にある大原家から引っ張ってきた電気で動いている)、そういえば電池は未だ見ていない。気になったので、鞄から「化学大全」を取り出し、電池の項を引いてみる。
<<電池
電池には、大きく分けて一次電池と二次電池がある。一次電池の中で代表的な電池といえば、ボルタ電池とダニエル電池だろう。(中略)こういった理由で、ダニエル電池は市場に出回らず、実験室的な消費、生産にとどまっている。将来ダニエル電池を安価に製造出来るようになっても、液状の危険物を運搬するには、並ならぬ危険性が伴うので、現実的ではない。
その問題を解決するために、乾電池の開発も進められているが、液漏れなどの問題が相次ぎ、また開発費的な問題もあり、実用化のメドは立っていない。>>
ここから解釈するに、まだ乾電池は開発出来ていないか、出来ていたとしてとても貴重なものなのだろう。そういったものを大量に出荷するにはどうしてもリスクが伴うが、まあ天下の島木屋が黙っているはずはないだろう。乾電池に関しては、結構持っていくことに決めた。
アルカリ電池を、単一から単五まで全部で1000本。電池は工業製品なので、ecコストが高い。1本2.8万ecといったところだろうか。
千本と言うことは商品として販売するには結構少ないが、まあ試供品としての意味合いが強い。ああ、後は充電可能な電池も持っていった方が良いか。リチウムイオン電池を100本ほど持っていくこととする。
勿論栓抜きも一応持っていくことにする。電池付きのタイプと、電池のないタイプ。まあ多分ランニングコストの問題で、売れるにしても電池のないタイプであろうが。
「はてさて、それでは作っておいた傘を取り出しましょうかね」
[傘 Lv17 1本 42.4万ec
ごく一般的な傘。とにかく丈夫で、どんな暴風雨でもまず壊れることはない。撥水性能も良好で、雨粒が表面張力で離れる事も有るほど。傘専門店にならべても全く恥ずかしくない性能。色は黒、無地。]
[傘 Lv17-2 1本 42.4万ec
ごく一般的な傘。とにかく丈夫で、どんな暴風雨でもまず壊れることはない。撥水性能も良好で、雨粒が表面張力で離れる事も有るほど。傘専門店にならべても全く恥ずかしくない性能。色は赤、無地。]
[傘 Lv17-3 1本 42.4万ec
ごく一般的な傘。とにかく丈夫で、どんな暴風雨でもまず壊れることはない。撥水性能も良好で、雨粒が表面張力で離れる事も有るほど。傘専門店にならべても全く恥ずかしくない性能。色は青、無地。]
[傘 Lv17-4 1本 42.4万ec
ごく一般的な傘。とにかく丈夫で、どんな暴風雨でもまず壊れることはない。撥水性能も良好で、雨粒が表面張力で離れる事も有るほど。傘専門店にならべても全く恥ずかしくない性能。色は紺、無地。]
他にもカラーバリエーションは多数用意した。赤系統に限っても、赤、ピンク、赤紫、臙脂色、朱色に紅色、後はサーモンピンクに桃色。
他の色味もかなり細かいところまで持ってきているので、雨の日はカラフルな傘で街路が満たされるだろう。島木屋のイメージカラーによっては一色で統一される事態も十分に考えうるが、そこは臨機応変に売り込んでいけばそれで良い。
「荷物お預かりします」
そう言って佐間さんが荷物を回収した。奥の方を見ると、野蔵さんが倉庫から荷物を取り出しているのも見える。倉庫といっても、大容量の外付けアイボなので、そんなにガタガタと音を立てているわけではないが。
「では、出発してよろしいですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
赤川さんによる荷物その他の最終確認の後、島木屋のある、美流に向かって出発した。
「到着しました」
駕籠で参考書を読んでいたら、いつの間にか到着していた。
窓の外を見ると、書籍商と和菓子屋に挟まれた、商店街の中にある島木屋が確かに姿を現していた。太陽光が、完全に正面からでは無いとは言え、正面玄関を明々と照らしていた。ふと人の流れをみると、心なしか、前回訪問した時と比べてもお客さんの数が増えているようにも感じる。
特にショーケースを眺める人はかなり増えていると思う。前回よりさらに多くの人が、島木屋の前を通ると足を止め、ショーケースをひとしきり眺める。それが終わると、少なくない割合の人が、島木屋の正面玄関に吸い込まれていった。僕達も、その人の流れに乗り、建物の中に入ることとする。
「このエスカレーターも久しぶりですね」
決して早くはないエスカレーターも、商用化されているエスカレーターが一台しかなければ、最速となれる。そして、僕は今世界最速のエスカレーターに乗って、上の階を目指していた。
「まだ歩く人は見られないですね」と、これは王さん。
王さんの片手にはレポート用紙が握られており、仔細な部分までしっかりとチェックしていた。確かに彼女の言うとおり、エスカレーターにおいて歩く人は見られなかった。でもそれは当然か。折角階段自体が機械で動いてくれるというのに、なぜわざわざ階段を自らの足で登る必要があろうか。
後は、エスカレーターの幅が比較的狭いのも歩かない理由の一つだろう。目測となるが、恐らく普通のエスカレーターの3/4くらいのサイズしか無いはずだ。普通のエスカレーターが二人分の幅があるとすると、今乗っているエスカレーターは1.5人分といったところだろうか。
それだけしか幅がないと、追い越すことは結構難しい。追い越すことが出来ない、という事は、エスカレーターに乗っている誰か一人でも留まっていたら、途端にエスカレーターで歩こうとしている全員が留まらざるを得ないだろう。実際問題、エスカレーターは真ん中で留まるのが正しいらしいが。
「出来れば、このまま留まったままエスカレーターが普及して欲しいところですね」
「全くです」
そんな事を考えていたら、いつのまにかエスカレーターは3階に到着していた。ここからは関係者通路を通り、5階総務部を目指す。
裏口は、ごく普通の階段だった。こういう所に経費削減の爪痕が見える感じは嫌いじゃない。そして階段を登り終えて、廊下をしばらく歩いた時に、お馴染みのプレート、「総務部」が見えた。ドアをノックする。そうしたら、内側から足音が鳴り、扉ががちゃりと開いた。
「待ってたよ、早速始めようか」
総務部長自ら、ドアを開けたようだ。
「商売はいかがですか?」
「そろそろ文ちゃんたちが一戦交えそうな雰囲気がするから、そこへの卸しで一儲け出来そうな予感。ec産品も、あれ本当にクオリティ高いね。食品も絞って売らないと間に合わないくらいで、結果的に大儲け。ちょっと取引額を増やしたいくらい」
まずは商売の状況を聞くことからスタート。お天気の話と同じくらい汎用性の高い話題だ。ちなみに先程の会話を訳すと、「儲かりまっか」「おかげさまで」といった感じだろうか。
「それは良かったです。じゃあ、まずリストを提示しましょうか。佐間さん」
佐間さんが紺原さんにリストを渡す。リストといってもペラ紙一枚で収まるようなものでなく、16ページと、ちょっとしたカタログくらいになってしまっている代物だ。
そのリストを慎重にめくり、また紺原さん自身が用意していた冊子も参照しつつ、万年筆でさらさらと購入物品を書き留めていく。そして、このメモの内容を、部下らしき人に回していった。
「ごめん、少し今月の注文に関して社内で確認作業をしているから、確定は先になりそう。それと、質問良い?」と、紺原さんが言った。
まあ確認作業は重要だろう。「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」には入っていないが、報告も、連絡も、相談も、確認の大本となる作業であることは間違いあるまい。
「ええ、構いませんよ」
「有難う。まずこのページなんだけど…」
そういって紺原さんが指差したのは、「特集 季節のカラフル傘」と書かれている所だ。
先程渡したカタログは、一枚表紙を捲ると目次と特集コーナーが出るようになっている。つまり、表紙の裏が目次、そしてその次のページが特集ページになるようにしてある。特集ページには、販促効果が期待できるようなものや売りたい物を用意している。そして、その中には傘の特集があった。
「この傘って現物ある?それから、キャンペーン利用限定特価のキャンペーンって何?特売価格で売る事前提に、格安で売ってくれる、ってこと?」
と、紺原さんが言葉を選ぶような声で質問した。
「順を追って説明していきます。まず、現物からですね。佐間さん」
言うや否や、佐間さんは彼女自身のアイボから洋傘を何本か取り出した。カラフルさを強調するために色数は多く、ついでに在庫の豊富さを強調するためにえんじ色の傘は特に多めに。
「こんな感じです。お手をとってご覧になってください」
その洋傘に紺原さんは目を丸くした。そして傘を受け取り、しきりに開け閉めしたり、表面をしばらく撫でていたりした。
「これは化学繊維だよね。撥水加工がしてある系の」
「そうです。比較的雑に扱っても、素材自体が強いので、まず裏側までしみる事はありません」と藤山さんが質問に返答した。
化学繊維か。言われてみれば確かに化学繊維と言って差し支えないのだろうが、少し意外だ。ビニール傘とかはビニールで出来ているんだろうけど。
「確かに、こんな洋傘が1本これは通常価格で11文(440円)。確かにこれは購入しない手はないね。で、キャンペーンというのは?」
紺原さんが再度質問する。うーん、どこから話し始めれば良いものか。
「紺原さん、越後屋の番傘の話はご存知ですか?」
「まあ、一応。江戸中に越後屋の宣伝をするために、当時かなり高価だった傘に「越後屋」という文字を入れ、雨の日には江戸中が越後屋の傘で溢れかえったとかいう…もしかして」
紺原さんがハッとした顔をした。越後屋の番傘の話を知っているなら話が早い。しかも話のオチが大体見えているというおまけ付きだ。
そこまで分かっているなら、あえて回りくどい説明をする必要もなかろう。本論に入っていく事とする。
「ええ、そうです。この傘に『島木屋』と文字を入れて、雨の日に無料で貸し出して欲しいんです。これは、一種の社会実験への協力費という形で値引きを致します」
番傘が流通すれば、庶民も簡単に傘を持ち歩けるようになるし、それにより風邪にかかりにくくなり一石二鳥だ。
「面白い社会実験だね。分かった。キャンペーンを展開しよう。とりあえず千本くらいから始めてみようかな」
こうして傘と島木屋の名を普及させるためのキャンペーン、社会実験が始まった。
千本と言うことは、キャンペーン特別価格が6文(240円)だから…1.5両か。これくらいなら、広告宣伝費と考えればむしろ安い方かもしれない。
「有難うございます。ところで、島木屋さんってイメージカラーって何かあったりしますか?あるのであれば、それに合ったカラーリングで千本ほど提供いたします」
「イメージカラー、ね。あんまり考えたこともなかった。赤…なのかな」
「では赤い傘を千本お出ししましょう」
「…やっぱりちょっと待って」
アイボから赤の傘だけを取り出そうとした佐間さんを、紺原さんが一旦止める。何か考えがあるのかな。
「やっぱり、あるだけの色を、出来るだけ満遍なく出して欲しい。…いや、彩度や明度が低いものは少し高めに、明るめのものは気持ち多めにお願い」
「かしこまりました」と、佐間さんが今度こそ傘を千本出した。
鮮やかな洋傘で見る見るうちに床が埋め尽くされていく。一瞬のうちに、総務部の床が虹色となった。
「ど、どうしたんですか、この…傘?は、部長!」と、誰かの声が聞こえた。「部長」と言うからには、恐らく総務部の方だろう。
「あ、ごめん。悪いけど、これを倉庫に運ぶの、手伝ってもらえる?」
紺原さんがそう返した。
「まあ、構いませんけど」と、少し面倒な事が増えたというような口調で総務部の方が返した。
「あ、あとみんな、これに文字付けるの、一旦仕事片付いたらで良いので、協力を頼みたい」
「「「はい」」」
総務部中の声がこだまする。どうやら紺原さんとその部下の間には、比較的しっかりした信頼関係が醸成されているようだ。
そして、仕事にメドが付いた人から、どんどんと傘を倉庫の方に運び入れていった。
「部長、確認終わりました」
確認に出してから15分ほどたっただろうか。確認が終わったようで、15分前に確認作業用のメモを渡した部下の人が戻ってきた。
「有難う、下がっていいよ」
そう言って紺原さんはメモを受け取った。そして利き手である右手を使って、紙にさらさらと記入していく。清書しているのであるのだろうか。
「そしたら早速商談…と思っていたけど、ごめん、まだ質問があった。同じページなんだけど…」
そう言って紺原さんが空いている左手で指差したのは、電池式栓抜きの箇所だ。
「この電池式栓抜きって何?電池をどう作用させて、便利に栓を抜くことが出来るの?」
「それはですね、 この栓抜き、電熱線が仕込まれているので、これを使うことで空けにくい瓶の蓋も電熱線から出た熱で膨張して空きやすくなるんです」
今回は乾電池タイプ、つまり大塚さんが作った方しか持っていないが、これだけで十分だろう。
「ああ、それは便利そう。でも、電池を使い捨てと言うのは、経済的にも無駄が多いよね。そこの辺りについては、どう考えてる?」と紺原さんが聞いた。確かにそれは気になるところだろう。
「とりあえず、アルカリ電池はその規格のもの…単五を400本ほど用意しています。他にも単一、単二、単三、単四も作ってあり、これらで合わせて1000本になりますね。これらは試供品として提供しますので、お代は結構です。
それから、長く栓抜きを使いたいお客様のために、充電池を用意しています。充電池は、充電さえすれば基本的にずっと使い続ける事が出来ます。リチウムイオン電池っていう、スマートフォンのバッテリーにも使われているタイプの電池ですね。ついでにこの電池充電キットもリースします。6年で1貫文でどうでしょう」
そう言って紺原さんに、コンセントに挿して電池を5,6本同時に充電できる充電キットを渡す(当然これもec産品)。紺原さんはそれを受け取るとその形状を確認した。
「これは良いね。日本で見た充電キットと全く変わらないくらい。お客さんに充電サービス込みで電池を貸し出せば、十分商業ベースに乗るかも。でも、栓抜きは需要が薄そうだから、他のでいい?例えば、この懐中電灯とか」
そう言って紺原さんは懐中電灯の箇所を指差した。因みにec的な説明はこんな感じ。
[懐中電灯 Lv15 1.7万ec
少しだけ明るい懐中電灯。白熱電球を採用しているので、連続使用すると高温になるので注意。消費エネルギー量は通常の白熱灯と比べて10%カットされている。単一電池を5本、並列に使う。]
懐中電灯というには少し大きめの、昔ながらの懐中電灯だ。
「懐中電灯ですか。まあ栓抜きに関しては確かに需要は無さそうですね。その反面、懐中電灯は、一般家庭に電気が普及していない…というより、大橋城とその関連施設、大原家、そして島木屋しか電気が通っていない現状、かなり需要がありそうです。承りました」
「よろしくお願いします。そして、購入したい商品なんだけど…」
そう言って紺原さんが提示したのは、ごく普通の商品だった。米に大麦、卵、それからミルクに砂糖。牛肉や豚肉、鶏肉といった肉類や、イワシやシャケなどもリストに入っている。茶葉は今回も大量に購入を希望している。
ただ、前回のリストと比較すると、試しに少量購入してみる商品はかなり少なくなっていた。後、商品の注文量に関してかなり細かな数字まで出ていた。
「結構注文量が細かいですね。いや、悪いわけじゃないんですけど、これはまたどうしてでしょう?」
前回はかなりざっくりしていた記憶がある。米は2000石、大麦は1000石、カリフラワーは10個。ところが、今の言った中には、たとえば米なら1542石1斗といった具合に、とても細かく買い付け量が設定してある。
「ああ、それね。一言で言うと、需要に合わせた購入量に最大限調整した結果、かな。外付けアイテムボックスの容量ももちろん無限じゃないしね。あんまり需要を読み違えちゃうと、もうそれで新鮮な物は買いづらくなっちゃうからね。ああ、別に外付けアイテムボックスの増設は良いよ。ちゃんとやりくりさえすれば、あのサイズで足りるはずだから」
なるほど、それで色々な所に確認に言っていたのか。正確な予測は、誰より現場が知っているはずだから。そして、その月の必要量さえ購入できれば、その余剰したアイボのスペースを他に活用することが出来る、というわけか。
「じゃあ、先程までメモを遣わせていたのは、現場の人に需要量を確認するためですか」
「いや、あれは経営陣に判断を仰いだだけ。最近またちょっと口うるさくなってきたから、いちいち許可を取って好き勝手やる事にしてるわけ」と、紺原さんは苦笑しながら言った。
「では、どうやって需給を割り出したんですか?」
不思議に思った僕は、紺原さんに聞いた。どうしてそんな具体的な数字まで、現場を通さずに分かるのだろうか?
「簡単な話だよ。需要量が見えたわけ。今までは特に需要量を気にしなくても捌けてたけど、より多くの利益を引き出すためには必要かな、と思っていたら、今までよりもっと正確に見えてきたんだ。神様からの贈り物、って感じかね」
なにそれすごい。
「凄いですね。それを使えば、まず商売で失敗する事はない訳じゃないですか。もう、セルフインサイダー取引といっても良いくらいです」
インサイダー取引とは、例えば社内の人間が、自社に有利な情報が記者会見などで公表されるまでに自社株を大量に買ったりする行為の事だ。情報の先取り、と言い換えてもいいかもしれない。今紺原さんがやっている事にはどこにも違法性はないが、インサイダー取引と似た雰囲気を感じた。
「セルフインサイダー取引か。いい言葉選びだね。確かにそうかもしれないね。でも、まだまだ人生は長いし、少しづつ地盤も固めなきゃいけないしね。これくらいは見逃して欲しい」そう言って紺原さんが苦笑いした。
「いや、それは良いんですが…僕もこんな感じで使える能力は使いまくっている訳ですし…今度、色々助言を頼むことにするかもしれないです」
商業的な相談が色々できると便利だろう。需要と供給は、読み違えると価格の暴騰や暴落を引き起こす。
「とにかく、これでお願いしたいのだけど…」
「了解しました。では、代金は814両あまりですが、サービスで810両にしましょう」
「有難う。あ、これ、貸付札」
そう言って貸付札を受け取った。そこには、5000両ほどの券面が書いてあった。
「はい、では確かに受理しました。…ところで、一つ相談が」
解決方法を探したけど今まで見つからなかった、使用人の皆さんへの給料の支払いである。当然島木屋さんにも従業員がいる訳だから、そこら辺の資金繰りにもしっかりしているに違いない。
「何?私が答えられることなら、回答するけど」と、紺原さんが首を傾げた。
「実は、神造人間の皆さんに給料を支払おうと思っているんですけど、資金が足りないんです」
「ああ、今資金源がうちしか無いんだっけ?なら、うち以外の所でも物品をさばいて、支払いにあてたらどう?一時的な融資なら島木屋としても貸す用意は出来ないことはないけど」と、紺原さんは融資の協力を申し出た。
確かに融資はありがたい話だが、ここで乗るわけにはいかない。というのも、この出費が一時的なものでなく恒常的なものだからだ。恒常的な出費を、赤字経営にしてはいけない。
「島木屋さん以外への流通、ですか。ただ、あまり大量に商品を流通させたくは無いんですよね。少なくとも供給者のいるような物品…例えば米とか…の大量流通による価格暴落は、それで生活をしているような人が路頭に迷う事にもなるので、あまりやりたく無いんですよね。影響のない程度だと、確実に他に影響が出ちゃいますし…」
少なくとも、月に10万両は用意したい。赤字を出さずに月10万両、と考えると経済を殆ど破壊せずにそれだけの量を用意することは不可能だ。そういった事を紺原さんに伝える。すると、紺原さんは少し考えた後、何かを思いついたようだ。
「じゃあ、鋳造所まで行って、お金を作ってもらったらどう?金や銀、銅は腐るほど持っているのでしょう?それなら、その金や銀を出して、加工料込みで加工してもらったらどうかな」
お金がないなら作ればいいじゃない、という考え方か。一瞬どうかと思ったが、悪い選択肢では無いと思う。
「なるほど、有難うございます。では、僕はこれで」
「うん、また来月ね」
こうして、島木屋訪問は終了した。
そして今回は大橋城に行ってから帰ることとする。美流は大橋城のちょうど北に位置しているので、このまま南下すれば良い。島木屋から左手方面へ駕籠を走らせ、そのまま左折。
その後、直進をしていたら、いつの間にか門に到達していた。途中門番さんが立場の提示を求めてきたが、顔を見せたらそのまま入場が許可された。
そして、案内された場所、和風執務室のような場所では、双田さんが書類の整理を行っていた。
「あ、暖ちゃん。この分だと光ちゃん所の帰り?」
そう言って双田さんが眼鏡を外してこちらを向いた。双田さんは基本的に日常生活で眼鏡は必要としない。
ただ、勉強時など、手元が必要な時には、遠視用の眼鏡をかけていた。勉強、といっても学校の授業ではまず眼鏡をかけないので、こんな姿はレアケースといっても良い。
「ええ。これ、貸付札なんですけど、換金お願いします」
因みに貸付札は合わせて1万両になっている。現在、給料以外に当座のお金は必要ないとは言え、大金である事に間違いはない。千両箱にして十箱分だ。
実際の取引では、千両箱十箱分を持ち運ぶのは大変だが、貸付札なら2,3枚で済んでしまう。これだけでも、商業取引の便利さを追求しようという精神が見て取れる。
「はいはい、ちょっと待ってね。そこの貴方」
「はい」と答えたのは、この部屋の襖の側で控えていた少年である。
齢13,14くらいであろうか。そして、その少年は襖を音一つ立てずに開け、廊下に消えていった。
「じゃあ、お金が届くまでちょっと待ってね」
「ええ、構いませんよ。ところで、少し相談があるんですけど…」
お金が届くまでなら十分伝える事が出来るだろう。相談、と聞いて双田さんは不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「実は、使用人に給料を払おうとしているんですけど、なにぶん現金が足りなくてですね。なので、金や銀を持ち込んで、大橋で金貨や銀貨を鋳造して頂きたいのですが…」
そう言うと、双田さんは一瞬考え込み、ある程度時間が経過すると、一通りの想定が終わったようで口を開いた。
「いいんじゃないかな。いつ頃が都合が良い?最速で明日には、大橋城内にある大橋鋳造所に澄ちゃんを向かわせるけど」
大橋鋳造所、か。恐らくその名の通り、大橋で流通している通貨を鋳造しているのだろう。そして、鋳造所の管轄は有木さんなんですね。交渉に雑務に、大変そう。
「じゃあ、明日大橋鋳造所に向かいます。有木さんによろしくお伝え下さい」
「了解。ところで最近の景気は…」
「お待たせしました。一万両です」
双田さんが話題を転換しようとすると、襖が開いた。それに気付いて振り返ると、千両箱を抱えた人たちが連なっていた。そして、その小判を使用人の面々が外付けアイボに入れていく。
「では、僕はこれにて失礼します」
こうして、大橋城訪問も終わ…
「あ、ちょっと待って」
らなかった。引き止めたのは双田さんである。
まだ言い残した事とかがあるのだろうか。
「いや、もう少し沢山こっちに来てくれても良いんだよ、ってただそれだけの話。仕事は忙しいけど、日本での、そして鏡原での記憶を共有できる、数少ない10人の中の一人なんだから」
そう言って双田さんが柔和に笑った。案外、この内政完璧チート領主も、寂しいのかもしれない。
「分かりました。旗ヶ野の方でも歓迎しますよ」
双田さんと会う時は、いつも大橋城な気がする。ここは、こちらのホームグラウンドでおもてなしするのが筋だろう。
「分かった。暇ができたら行くね。こちらでも待ってるから」
こうして、大橋城訪問が終わり、屋敷に帰る頃には、すっかり夜となっていた。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は5/17を予定しています。




