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ec経済観察雑記  作者:
28/66

21 時計と一口にいっても

1512年4月17日


「この部屋の時計ってどんな機構メカニズムで動いてましたっけ」

「これは水晶時計ですね」

 平凡な一日が今日も始まる。


 さて、ここは本棟1階の第一居間だ。

 今まで色々なところからお送りしてきたが、文筆に上がらない場所を含めると、ここは全ての部屋の中でもトップクラスに使用している。今は、壁掛け時計をぼんやりと眺めながら、通りがかりの羽田さん他と会話していた。


「ああ、そういえばecで水晶時計を大量に生産したことがありましたけど、それなんですね。水晶時計、というと確か水晶の振動数で測っているんでしたっけ?」

「そうですね。水晶が圧電体なので、交流電圧をかけると一定の周期で規則的に運動します」と、羽田さんが言った。

 規則的に運動するなんてなんて健康的。いや、それではなくて、一つ分からない言葉があった。


「あつでんたい?」

「力を加えると、電圧が生じる物体の事です。セラミックとか、水晶とか…人骨、とか」と同時に羽田さんがニタリと笑う。

 怖っ!人骨も圧力かけると電圧が発生するのか。その反応にいくらか満足したように、羽田さんがいたずらっぽく笑みを浮かべた。


「まあ、大抵のものは強かれ弱かれ電圧が生じます。その中で先程あげたものは、特に強く電圧を生じるものです」

 話はさらに続く。

「逆にいうと、電圧をかければ、運動するんです。いま上げた例の逆ですね。非常にざっくりした説明ですが、こんな感じです」

 ああ、そういう事か。とにかく、水晶が電圧をかけると定期的な振動をする事を利用して、それを基に1秒を測定してしまえ、という事なのだろう。やっと腑に落ちた。

「水晶って誤差は無いんですか?無いわけは無いんでしょうけど、あるとしたらどんな原因で、ずれていくのでしょう?」

「誤差がゼロではない、というのはその通りですが、うーん、そうですね。まずは気温の影響ですね。水晶は温度によってわずかに振動数が変わってしまうので、ゆとりをもって設計しておかないと、夏はぴったりだけど冬はメチャクチャ、あるいはその逆が起こってしまうんです。あとは、水晶それ自体の問題ですね。前者に関しては気温を常に一定に保つことで、後者はあらかじめメッキ等を微妙にかけておく事によって、ある程度改善することは可能ですが、やはりゼロにするのはとても難しいです」


 その説明に深く納得する。やっぱり、原子時計などを導入しないと、正しい時間を指し示すのは厳しいのだろうか。そんな事を考えていたら、一つの素朴なアイデアが沸き起こってきた。

「水晶時計のズレが、水晶それ自体の特性に由来するなら…こんなのはどうでしょう」


[水晶 Lv92-4

水晶の圧電体としての性能に目を向け、電圧がかかると正確に周期的な運動をするように改良した水晶。この水晶は、電圧をかけると、-20度から60度の範囲内であれば、常に2の15乗Hzで振動する。]

[水晶時計 Lv107

計時機構として水晶Lv92-4を採用した水晶時計。-20度から60度の範囲内であれば、まず狂わない。耐腐食性にも優れる。ちなみに壁掛け時計タイプ。]


「こういう水晶や水晶時計、そこそこ便利だと思うのですが」

 作った水晶をひとかけらと水晶時計を羽田さんに渡す。羽田さんはそれを入念にチェックした。

「これは良いかもしれませんね。ちょっと時計班呼んできます」

 そういって前室方面にかけていった。




 二分ほど経っただろうか。羽田さんが二人ほど引き連れて戻ってきた。

「女中隊時計班班長、長野です」

「同じく女中隊時計班計時係長、大宇田おおうたです」

 時計班計時係といえば、一度見かけた事がある。

「確か、コンマナインゼロ何秒の範囲で時間を計測するとか」

 大宇田さんに確認する。コンマナインゼロということは、数字に直せばすなわち0.0000000001秒(100億分の1秒)単位で、という事だ。それだけ識別できれば、楽曲のBPM管理もさぞかし楽だろう。


「ええ、その認識で問題ありません。つまり、一分間の計測時間さえいただければ、6000億秒に1秒、つまりおおよそ19000年に1秒くらいの誤差ならば計測できます。では、一分間失礼します」

 そう言うと、大宇田さんは電波時計を食い入るように見つめた。

「しかし、仮に誤差が今回の計測で観測出来ないくらいに小さかったとすると、2万年に1秒くらいですか。原子時計だと、高精度なもので3000万年に1秒、小型化された比較的低精度なものでも3000年に1秒なので、原子時計の代わりに使用できるくらいの代物になりますね」

 長野さんが解説する。逆に言うと、原子時計にもそれくらいの誤差がある、っていう事だよね。


「結構えらいものですね」

「そうですね……っと」

 長野さんが右を向く。つられて右を向くと、大宇田さんはいつの間にか時計から目を離していた。大宇田さんは、いくらか興奮した口調で、報告を口にしようとしているようだ。そこに耳を傾けることにする。


「…ある程度予想はしていましたが、一分間の計測の結果、ズレが全く観測されませんでした。正確には、誤差がコンマナインゼロ1秒以下であると推測されます。引き続き計時係で、ズレの大きさを計りたいと考えていますが…この一台をしばらくお借りしてよろしいですか?」

「それに関しては全く構いませんよ」

 特に反対する理由もない。ズレの大きさがわかれば、電波時計的な運用も可能となるだろうし。

「有難うございます。では早速失礼致します」

 こうして大宇田さんは水晶時計を抱えて前室の方に向かっていった。




「ところで、この部屋、少しいい香りがしますね」

 ちょっと煙たいような気もするが、喫茶店のような香りがする。香油を焚いたような香り、というか。

「ああ、それはこれではないでしょうか」

 そう言って羽田さんが、棚の上から下ろしたのは…

「…線香、ですか?」

「その通りです」

 匂いの正体は、どうやら線香のようだ。


「でも、ちょっとこの匂いは、線香のそれとはちょっと異なりますよね。線香って、もっとおじいちゃん家のような匂いがするような…」

「実はこの線香は、珈琲の香りを混ぜ込んであるんです。なので、線香の香りと珈琲を挽いたような匂いを同時に楽しめるようになっています」

 そういって羽田さんが笑う。そうか。線香に匂いを混ぜ込んでおけば、こんな事も出来るのか。使い方によっては、香りを同時に楽しむ事も…ん?同時?

「でも、同時に楽しめる、といっても、線香と感じる要素は、少しの煙臭さを除けばあまりないですね」と、これは女中隊の貝塚さんだ。

 やはりそういった疑問は避けては通れないようだ。その言葉に、羽田さんが返す。


「実は今は少し珈琲香を高めたタイプを焚いているんです。お気に召しませんでしたか?」

「いえ、むしろ普通の線香より好きかもしれないです。ちょっと自分でも作ってみましょうかね」

 線香自体は既に作ってあったはずなので、後は珈琲の香りを混ぜ込むだけで良いのか。

[線香 Lv30-2 1本 1.5億ec

 一本一時間で燃え尽きる線香。珈琲の香りを混ぜ込んでおり、どちらかと言うと線香の香りは少なめ。]

「こんな感じですかね」

「そうですね。失礼」

 そういって羽田さんが線香に火をつける。しばらくすると、珈琲を淹れたような良い香りが広がる。

 うん、これは良い。あとで大量に生産しておこう。もちろん、通常の線香も。すると、長野さんがまた別の一本を持った。

「これ、説明によると一本あたり一時間燃えるわけですよね」

 長野さんが言う。一時間燃える、と言うことは、よく長持ちする方の線香と言っても差し支えないだろう。長野さんの説明は続く。


「これを活用すれば、どこまで燃えたかによって、時間を測ることができます」

 ここで一旦言葉を切った。線香によって時間を測る?

「つまり、例えば線香に目盛りを振る事によって、ある程度なら時間を測ることが出来る、ということですか?例えば十二分目盛りを振っておいて、それが6つまで燃え尽きたら30分、みたいな事をやるわけですか」

 その解答に、満足そうに長野さんが返答する。


「ええ、その通りです。もっと言えば、線香を入れるケース…勿論これは耐火性に優れ、酸素を通す必要があります…を作り、それに目盛りを振っておけば、毎回線香の方に目盛りを振らなくても大丈夫になります」

 なるほど。外側にあらかじめ付けておく、とういうのが有効なのか。あれ、これって…

「もしかして、これって時計じゃないですか?」

「そういう事になりますね。いわゆる火時計です」


「ひどけい?」

 何故ここで日時計の話なのか?と思ったのもほんの一瞬の話。すぐに合点がいった。ああ、日時計じゃなくて火時計か。

「ええ、ファイアウォッチ、火時計です。線香時計という言い方のほうがわかりやすいかもしれませんね。結構火時計の歴史も古く、中国では6世紀の段階でもう火時計が使われていたようです。日本でも10世紀頃には火時計が見られ、夜間の時間を見るのに使われていたようです」と、僕の合点がいった反応を見計らったかのように長野さんが言った。


「なるほど、確かに夜は日時計は使えませんものね。ついでに、火時計それ自身が光源となり、時間を伝えていた面もあるのでしょう」

 日時計と違って、水時計は夜でも時間を計り続ける事は出来る。しかし、それ自身が光源とならないので、火時計よりも夜間の計時には寄与しなかったのだろう。


「ええ、そう言うことです。砂時計や携帯日時計にならんで、携帯用の時計に採用されていました」

「ああ、確かに線香は持ち運びしやすいですからね。容器に入れればある程度安全でもありますし」

「そういうことです」

 提灯があるくらいだし、線香や、はたまた蝋燭ろうそくを携帯用に火を付けて持ち運ぶことは、それほど負担でもなかったのだろう。

 ただ、水晶時計を開発した以上、もう少し持ち運びしやすく、また正確な時計は十分作れるのではないか、とも思える。


「こういう原始的な時計も良いですけど、機械時計の魅力も捨てがたいですね」

 こういって新たな時計を持ってきたのは、雨沢さんである。見ると、大きな箱型の時計を持っていた。

 文字盤がかかれているようにも見えるが、書かれている数字は普通のアラビア数字ではない。かといって明らかにローマ数字ではなかった。書かれているのは…


「漢数字の文字盤ですか。しかも一と二がない、という事は…」

「お察しの通り、和時計です。これは工業班の新作となります」

 携えていたのは、どうやら機械じかけの和時計だったようだ。

「確か和時計って、太陽の日照時間によって時刻が変わるんでしたよね」

「その通りです。中島皇国内でも、同様のシステムが採用されています」と、雨沢さんが何を今更、といった具合に返した。


 一応解説しておくと、昔の日本の時間のシステムは、日の出から日没までの時間が全て同じものとして扱うシステムだった。

 すなわち、日の出から日没までの時間が長い夏は、昼の時刻と時刻の間が伸び、夜の時刻と時刻の間が縮み、日の出から日没までの時間が短い冬は、逆に昼の時刻と時刻の間が縮み、夜の時刻と時刻の間が伸びた。当然夏至と冬至の間には大きな日照時間の違いがある事は昔の日本人も把握していたのだろうが、とにかく明治時代初期に24時間制とするまでは、こんな時間の計り方で一日を管理していた。

 時間は例えば「八つ」「七つ」などと呼ばれ、これが「おやつ」という言葉とか、あるいは落語の「時そば」の題材などに、現代日本にも伝えられている。


「そんな事、機械式時計で出来るんですか?」

「それが理論上可能なんです。しかも、機械式和時計で出来ることは、それにとどまりません」

 …それにとどまらない?どれが「それ」なのか?機械式時計で出来るのが、和時計だけではない、という事か?いや、洋時計なんてなおさら機械化しやすいし、そこに意外性は特に感じない。どうしたものだろうか。

 そうこう考えている間に、他の女中さんが、もう一つの時計を持ってきた。一見したところ、これも和時計のようだ。


「和時計ですか?」

「ええそうです、マスター。ですが、ここの文字盤の所をよく見てください」

 言われるままに文字盤を慎重に覗き込む。するとそこには…

「…ローマ数字、ですか」

 漢数字の文字盤の中に、ごく自然に、しかし違う角度で、ローマ数字が刻み込まれていた。という事はつまり。


「ええ。この時計は、和時計としても洋時計としても使うことが出来る、和洋折衷時計です」と雨沢さんが言った。

 やはりそういう事か。しかし、時計で和洋折衷なんて言葉を聞くとは思わなかった。

 和洋折衷と言ったら、例えば料理とか住宅、もしくは衣服などに使う言葉だろう。いやしかし、和時計としても洋時計としても使うことが出来る時計が今ここに確実にある以上、これは和洋折衷時計と形容するしかないだろう。


「これって、実際に日本で作られた事はあるんですか?それとも、そんな物はなく、あなた方の技術力を結集させて作ったものなんですか?」

 日本になかったものでも彼女達なら作れそうな気がするので、一応質問しておく。実際問題、機械式和時計に洋時計を埋め込むことが原理的に可能である事は分かったが、実用化に耐えうるものだったのかどうかはまだ分からない。


「これは、実際に日本で作られたものとなりますね。幕末から明治初期にかけての、太陽太陰暦が示す不定時法と太陽暦が示す定時法の過渡期といえる期間には、多くのこうした和洋折衷時計が製作されていたようです」

 ああ、なるほど。確かに、いきなり時計が日照時間によるものから、等分割によるものへと変化したとしたら、今まで築き上げてきた生活リズムが崩れてしまう。

 こうした和洋折衷時計を買えるくらいの人は、これを使って生活パターンを少しづつ再構成していったのだろう。

 後は、商売用か。幕末から明治初期にかけて、国内は不定時法で時を運用していたが、外国、欧米諸国に関していえば定時法で時を運用していた訳だ。

 そうすると、日本国内で時間の待ち合わせをしたり、あるいは納期などについて詳しく話し合いをする時に、洋時計があった方が便利だったのだろう。それを考えると、確かに和洋折衷時計を採用するメリットはありそうだ。


「その中で、特に有名なのとかはありますか?」

「有名な物といえば、万年自鳴鐘、通称万年時計でしょうか。これには、和時計と洋時計だけでなく、天象儀や月齢表示、曜日や十干の表示なども出来たようです」と、これは長野さんが返した。


 万年時計、ですか。話を聞く限り、とても便利そう。和洋折衷時計の基本セットが有ることは当然だけど、からくりの要領で、月や太陽の位置、月の今の満ち欠け、それから曜日までもが分かったのだから、もう確実に複雑だったのだろう。

 一流の職人が集まれば、作ることは出来るかもしれないが、まずこういう事は考えても実行には移さないだろう。考えた人に拍手を贈りたい。


「しかし、凄い事を考える人もいるものですね。いや、その基本システムを再現した皆さんももちろん凄いですけど」

「勿体無いお言葉です。それはそうと、万年時計を発明したのは田中久重ですね。彼は『東洋のエジソン』と呼ばれるほどの発明家で、また芝浦製作所の創業者ですが、時計の職人では無かったので、万年時計のうち、精密制御が必要な部品については、スイス製の時計を流用して使っていたらしいです。あとは工学的に負荷がかかりやすい部分というのも存在し、実際、万年に渡って動き続けるはずだった万年時計も、彼が亡くなってからは故障が絶えなかったようです」


 そうなんだ。本職の時計職人じゃなかったところにまずびっくり。僕はがっかりする反面、彼を改めて凄いと思った。

「でも、その発想はやっぱり凄いですね。思いつきたくても思いつかないような機能ばかりです」

「ええ。ギミックも、現代日本に持ってきても遜色ないくらいのアイデアがふんだんに使われています」と、長野さんが返すと同時に、雨沢さんが模式図を紙に書いた。

 5割も分からなかったが、確かに部品と部品の繋がりが密接で、天才の作ったギミックという他無かった。


「…とまあこんな感じです」

 そういって雨沢さんは書く手を止めた。うん、やっぱりさっぱり分からない。


「ええ。幕末から明治初期にかけては、このような一点ものの時計も多数製作されました」と、長野さんが、雨沢さんの模式図を読みながら言った。

「当時は工業化がまだ十分に進んでいなかった時代ですよね。それこそ、職人の手で一点一点つくられていたんですね」

 そう考えると考え深い。故障の絶えなかった万年時計も、彼の大事な作品であったのだろう。

「そういう事です」と、長野さんが返した。

 その後も時計談義をしたら、すっかり日が沈んでいた。




 ところで。

 今回は腕時計を作った。歯車などの中間素材は工業班の作成したものを基にecで生産してある。


[腕時計 Lv100 1台 46.2億ec

 持ち運びやすく、かつ大きい文字盤を持った腕時計。和時計と洋時計を両方併せ持つ、和洋折衷時計となっている。メンテフリーで狂いは12年に1秒くらい。気休め程度だが、気温計が付いている。]


 今回は和洋折衷時計をチョイスした。本来、和時計のギミックというものはもの凄く複雑なので、まず腕時計くらいのスペ-スには収まらないが、そこは改良によって、特殊なギアにより制御している。レベルさえ上げればこういう融通が効きやすいのも、ec産品の大きな魅力。

 こうして、平凡な一日が今日も終わる。

いつもお読み頂き有難うございます。

次回更新は5/10を予定しています。

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