19 使用人の給料
1512年4月7日
「そろそろ皆さんに給料を払わなくてはなりません」
「本気でそれおっしゃってます?」
平凡な一日が今日も始まる。
今回は第一小会議室からお届けしている。
第一小会議室は、10人以下での小規模なミーティングに適している。そんな部屋に、今回は僕、青木さん、田名川さん、串岡さん、白咲さんが座っていた。
以前にもいったが、給料をこの人達に支払おうと考えている。
現在、使用人は100万人いて、うち2万人が公務隊、48万人が女中隊、50万人が迷宮隊に所属している。
彼らを同じ給与体系として管理することは少し厳しいかもしれないが、とにかく、給料によってもっと気持ちよく働いてもらいたいな、と思い、各隊のトップ…公務隊長、女中隊長、迷宮隊長…と、後は秘書班長を集めていた。
「白咲さんがいらっしゃる間に、給与体系について話し合っておこうかと思いまして」
そう言って10畳ほどある部屋を見渡す。皆、発言したそうにしていた。
「私は反対です。そもそも私達はマスターにお仕えすることが最上の喜びのようなもの。給料の対価に労働する、という感覚は馴染みません。むしろ私達がマスターに給料を支払わなければいけない立場です」と、女中隊長である串岡さんがまくし立てた。
その一聞すれば自然にも聞こえる内容に圧倒されそうになるが、よく考えたらとんでもない事言ってる気がする。
「私も同感です。業務で使うような基本的な物品は全て経費で落ちる以上、そこに合理的な根拠は見いだせません」
こう言ったのは、公務隊長の青木さんだ。
すごく理路整然としているが、それは被使用者の言うことではないですよね。完全に目線が使用者の目線になってる。
「(どうしたもんですかね…)」
「すみません」
すると、一つの声が遠慮がちに発言された。声の主は、迷宮隊長の白咲さんのようだ。
「あの…私達がマスターに給料を支払わなければならない、というのは全く同感です。しかし、給料は必要だと考えます」
「理由を聞かせてもらってよろしいですか?」と、これは田名川さん。
その言葉に呼応して、白咲さんが説明をはじめる。
「理由は何点かあります。一点目に、資源の適正配分のためです」
「…と、いいますと?」
青木さんが首を少し傾ける。それを見た白咲さんが噛み砕いた説明をはじめる。
「つまり、私達は業務以外でも時々外付けecからecを使用しますよね」
「まあ、そうですね。数は少ないですが、例えば各自の嗜好品や趣味の品の確保は、各隊各班に割り当てられたecを使って行われています」
串岡さんが言う。確かにその通りで、神造人間の皆さんが気持ちよく働けるように、一定量の私的使用を許可している。
「しかし、ecの消費量って、商品によってムラがあるわけではないですか」
白咲さんがそこまで言って辺りを見渡す。
ムラがある、というのは否定しようがない。基本的にec使用量に関して、よく産出する物品は最低レベルに、あまり生産しないものや加工品はかなり高くなってしまっている。
「なので、嗜好品等の分配を、ec単位ではなく貨幣単位にしたほうが良いのではないか、という話です」
「なるほど、合理的な話ですね。マイナーな趣味を持ち合わせていると、いくらecがあっても足りない、なんて事になりかねないですからね」
例えば精密な部品を必要とするプラモデルとかだろうか。後は例えば黒田さんの絨毯だって、羊毛ならかなり品質の良いものが低ecで手に入るが、他の獣の毛を利用しようとすると、結構なコストがかかってしまう。
そういった事の積み重ねで、各人の趣味の均質化が起こるようでは良くない。やはり趣味というのは、多様性があってこそだ。
「…一つ目の理由に関しては納得しました。では、他の理由はなんですか?」と、これは串岡さんである。早く二つ目を聞きたいようだ。その顔に勇気を得たかのように、白咲さんが二点目を言う。
「二点目は、中島内の景気の増進のためです」
「景気の増進…ですか?」
串岡さんが若干訝しげに聞き返す。その反応を見て、白咲さんが、言葉を選びながら説明を始める。
「つまりですね、このままこの家内だけで金銭を貯めるのは良くないのではないか、という話です。お金は社会を循環するからこそその意味を成すのであって、将来的に使われない預金、というのは経済に悪影響を及ぼす可能性があるのでは、という事です。いかがでしょう、マスター?」
白咲さんが話をいきなり振ってきたので、ちょっとびっくりするが、そのまま言葉を紡ぎ出す。
「えーっと…確かにその側面はあると思います。商品の量は増えるのに貨幣の総量が減るのでは、いわゆるデフレになってしまいます。デフレと言うことは、すなわち蓄えのある、比較的豊かな人がより豊かになるシステムですので、確かに社会福祉上はあまり良くないかもしれないですね。
…しかし、白咲さんさすがですね。僕が想定していた理由は、ただの福利厚生、それから労働環境改善による将来的な反ダンピング関税対策によるものだったのですが、景気増進まで考えられるとは」
この経済を見通す力は、迷宮にこもるだけでは得られない力であると思う。一体どこでそんな技量を獲得したのだろう?先天的に、という線もあり得る。
「有難うございます。実は、迷宮隊として蝶野迷宮に調査に行った時、こんな事がありまして」
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ここは蝶野の町で一番大きい商会、大船屋。ここでは物品の卸売の他に、いわゆる「冒険者ギルド」(正確には迷宮士ギルドといったほうが適切だろう)としての側面も持っている。
「この砂糖、いくらで売れるかい?」
下級武士のような出で立ちの男が、窓口に袋に入った砂糖を持ってきた。
現物を窓口に出しそれを換金するという、大船屋でよく見られるこの風景、実はあまり理にかなっていない。
迷宮では、魔物を討伐するとそれに見合ったecを証明する書類をドロップする。それを任意のタイミングでec産品に交換することが出来る、という寸法だ。
なので、迷宮で手に入れたec証明書を大事にとっておき、その後商会に出向き、ec効率が一番高いもの、すなわち1ecを一番高い値段で交換出来る商品に交換するのが一番効率的だ。そもそもの迷宮探索でも、紙はその他一切のドロップアイテムとくらべて荷物にならない。
鉄や、魔物の角、あるいは牙や皮、肉を持って探索することは、アイボが一般レベルでは全く使い物にならないこの世界では、非効率極まりないし何より危険だ。
そんな感じで一見便利に見える書類を持ってドロップアイテムに変えるシステムだが、一つ重大な欠点がある。それは、「書類はあくまで書類にすぎない」という点だ。
この書類、洋紙で出来ているので、当然水に浸かってしまったら弱くなるし、血などでの汚損にも弱い。券面が読み取れなくなったり、一部が欠けたりすると、その時点でecの変換が出来なくなってしまうので、極力軽い物に交換し、そのまま探索を続ける、という人は少なくない。
先程窓口に立ったこの武士は、砂糖にしたらしい。砂糖の他にも、この手法を使うものの間では銀や金も使われていたが、銀は1ecで50mgしか生産出来ないし、金に至っては最低でも作るのに100ec必要なので、あまり普及しているとは言いがたかった。
あまり小さすぎても、今度は落としたり、失くしたりするリスクが高まるのである。なので砂糖はかなりこの手法を使うものの中ではポピュラーな商材だったのだが…
「ええと。品質は普通の砂糖が3/2匁(約6g)ですね。現在は1割文(約4円)になります」
窓口のお兄さんが資料を基に価格を告げる。ちなみに割文は、この大船屋で行われているサービスの一環で、10割文を、公定の1文銭と交換することが出来る。
「ちょっと待て。確かにこれだけの砂糖では、端金になるのは仕方ない。でも、いくらなんでも端金過ぎやしないか?一年前にここに来た時は、同じ量で5割文(約20円)くらいは貰っていたはずだ」
「そう言われましても、この蝶野は不景気なのに、商品ばっかり集まってくるので、買い手がみつからなくて困っているんですよ。特に砂糖なんて貴族や武士向けの商品、こんな辺境じゃまず大量には捌けません。旧宮までいけば売れますが、今度はそこまでの輸送費がかかってしまうので、原価を圧縮せざるを得ません」
その言葉に男がハッとした。
「…それで安くなっちまったんだ」と、男はどこか遠くを見つめながら言った。
「ええ。暴落も良い所です。今は、安くして普通の人にも手に入りやすくしている所です。それでも高いことには間違いないですが、少し蓄えのある町人や農民を対象に、砂糖を猛烈にセールスして、どうにかこの価格に保っているところです」と、受付のお兄さんが武士の方を見て言った。
見ると、どうやら視点は眼前の武士よりもっと先の方にあるらしい。どうやらこの商会も少なからぬ損害を価格変動で被ったらしい。
「…なら仕方ねえや。これは国に持って帰る事にする。子供もきっと甘味を欲しがっているはずだ」
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「といった具合です。供給があっても需要がなくては、経済は回らないと愚考します」
ここで白咲さんは言葉を切った。なるほど、その経験から基づいているのか。
「ところで、その武士の方はその後どうされたんですか?スプーン1杯の砂糖を手土産に、国に残した家族の元へ帰っていったわけですか」と、串岡さんがそう疑問を口にした。
聞くところによると、普通、迷宮探索の効率というものは、とても悪いらしい。倒すのに体感時間15分くらい魔物を1匹倒して、やっと0.02ecということは、比較的技量が上がってもザラらしい。
つまり一時間あたり0.08ec。米1kgが1ecであるから、12時間で48匹の魔物を倒しても米1kgしかもらえないので、生計なんて立てられないんじゃないか、とも思うかもしれない。だが、実際には少数ながらも「迷宮士」として生計を立てているものもいる。一体何故だろうか。
実は、迷宮に潜っている間は時間が極端にゆっくり進むのだ。
具体的に言うと2000分の1で進み、また食事や排便、睡眠などの一次的欲求は実時間なみに抑えられる…たとえば、6時間ごとに食事をとれば良い人は、12000時間は食べずに活動が出来る…らしい。
つまり迷宮士として生計を立てるには、体力切れと戦いつつ、常に臨戦状態で、内時間16000時間もの間、迷宮にいる必要がある。
しかし、そんな事は生半可な人間にはまず不可能だ。なので、迷宮は殆ど、ec確保や収入確保の手段というよりは、精神や肉体の鍛錬の場として使われている。
ただ、こうやって小銭を稼ぐことを迷宮士の矜持としている人もいて、どうやらこの武士もその一人だったらしいが。とにかくこの武士はろくな収入も得ることが出来ず、定められた訓練期間が終了してしまったようだ。その徒労感は計り知れない。
「いえ、実はこの話、続きがありまして」
そういって白咲さんが、先程の話の続きを始めた。
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「因みに、どこからいらっしゃったんですか?」
「膠田からだ。まあざっと200里(800km)ほど離れていると思うが」
「膠田ですか。実は私も友人がいるのですが…」と、受付のお兄さんが半ば上の空で言った。
彼は、話しながら何かを考えているようにも見える。
「どうかしたんだい?兄ちゃん。何か伝言でもあれば伝えておくぜ」
あまり考えたままなので、武士の男が少し茶化して聞く。
「いや、それは大丈夫なのですが…そもそも彼女は今膠田郊外で隠遁生活を送っているはずですし…一つお願いがあるのですが。あ、お市さん、あれを」
そういって受付のお兄さんは若い事務の女の子を呼び、耳打ちした。女の子はそれを聞いて奥の方に消えていった。
「…なんだ?俺に膠田で出来ることがあれば、何でもやるが」
「実はですね」
そう受付が話始めようとした時である。
「浪彦さん、こちらで宜しいでしょうか」そういって、若い女の子が再び奥から、今度は大きめの袋を持ってやってきた。
「有難うございます、お市さん。で、これなのですが」
「なんだい?これは」と、訝しげに武士の男は言った。
手紙にしては大きいし、他の、例えば呉服の生地とかだとしたら少し小さいようだ。大きさとしては本だろうか。そう武士の男が思ったところ、受付が答えた。
「これは、ecで生産された白砂糖です。500匁ほどあるのですが、買い取って頂けますか?」
「砂糖を500匁?何かの冗談だろ?俺は大武士でも何でもなく、一介の下級武士だ。そんなものを、いくら安いからと言って、道楽で買ったり、あるいはそんな見栄を張れるほど金は持ってねえ」
「いえ、貴方になら出来ます。膠田までの道中で、これを売っていって欲しいんです」
そういってお兄さんが再び頭を下げた。しかしなおも武士の疑問は尽きないようだ。
「いや、たとえそうだとしてもだ。確かこの町での砂糖の販売価格は1貫目(約4kg)で520文(20800円)、いや今の価格は1/5になっているだろうから、一貫目104文として、それでも52文?生憎、旅費が結構カツカツで買い取れねえ。そもそも500匁分の荷物を増やして歩くのは非合理極まりない。すまないが、他を当たってくれ」
そういって武士が無下に去ろうとする。その時の事である。
「待ってください。販売価格は40文でいかがでしょう」
そう受付が言うと、武士が歩みを止め、振り返る。
「…すまねえが、もう一度言ってくれないか?」
「販売価格は、砂糖500匁で、40文でいかがでしょう」
「それなら、帰りの旅費を少し取り崩しても安全マージンは確保できる。分かった、購入しよう」
「有難うございます」
うやうやしく受付のお兄さんが頭を下げた。そして、商品と金銭のやりとりが、無事終了した。
取引が終了した頃には、すっかり夕方になってしまっていた。武士風の男も、すっかりドアに手をかけ、夕日が建物の仲間で差し込んでいた。
「兄ちゃん、世話になった。ありがとな」
武士風の男が受付に向けて最後の別れの言葉を言う。
「いえ、こちらこそ。その砂糖、余ったらご自由にお使いください」
「有難う。道中で余ったら、膠田の商会に売っておく」
「いえ、そういう事ではなく」と、お兄さんが首と手首を振った。
「そういう事ではなく、という事は、どういう事だ?」
受付のお兄さんの言葉が上手く取れなかったらしく、不思議そうに、また少し不機嫌そうに受付に向かって言った。
それに受付のお兄さんは怯まず、一旦黙り込み、また不敵そうに口を開いた。
「お子様がいらっしゃるのでしょう?安全マージン取っても少々余るように計算してあるので、是非ご家族でご賞味ください」
「…馬鹿な事言うんじゃない。俺は自分の息子達には厳しく教育しているつもりだ。この砂糖は、予定通りきっちり売らせてもらう」
武士の男は、笑いながらそう言った。よくよく目尻を見ると、そこには少し水滴が付いていた。
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「といった感じです」
そう言って白咲さんが話を締めた。
「いい話ですね」
田名川さんが、ため息をついてからそう言った。
確かにいい話だと、僕も思う。きっとあの武士の男性は、砂糖を売りながら帰り、買った金額分を取り戻せたら、そのまま持ち帰って、奥さんや、何より子供たちに食べさせたのだろう。
あるいは、砂糖をそのまま食べさせるのは味気ないので、小豆を砂糖で煮てあんこなんかを作ったのかもしれない。心が温まる。
「えっと、話を戻しても宜しいですか?つまり、我々使用人が給料を得ることによって、おカネを回転させる事によって、経済が良くなる事を期待する、とそう言いたいわけですね」
青木さんが、脱線した話を戻した。そういう結論となっていたはずだ。
「そういう訳です。勿論、給料を得るからには、これまでと変わらず、いやこれまで以上に業務に励み、マスターを幸せにし続ける必要があるわけですが」
白咲さんがそう結んだ。
「…成程。悪くない提案ですね。もしそれをするなら、それに伴う整備が必要となりますが、そこも多分問題ないでしょう」
青木さんがそこまで言った時、小会議室の扉がガラッと開いた。扉の向こうには…
「少しお待ち下さい。財務面から、その提案は問題ありです」
公務隊経理班長、黒田さんがいた。…財務面。そこに問題があるのか。
「財務面…ですか?」
「ええ。今、この屋敷内にある、大橋領内で通用する貨幣は1万5000両と少々しかありません。
そして、今後の収入も、島木屋さんとの掛取引を参照すると、月々1000両しかないんです。100万人にそれを分配するとしたら、今ある財産を全て処分するにしても約60文、月々4文です。当然私達は月々4文で全く問題ないですが、資金が全てなくなる、というのは問題です。
マスターのご興味に合わせたものも買えなくなってしまいますし、そもそも一人頭で割ってそれだけの金額では、大した経済効果は得られそうにありません」
なるほど。確かに黒田さんの言うことももっともだ。お金が無いことには、給料が支払えない。無い袖は振れぬ、なんて言葉も悲しいけどある。
「…そうですか。すみません、必要な現金が集まり次第、すぐに給料のお支払をしますので、それまでしばしお待ち下さい」
申し訳無さで一杯のまま、僕は皆に向け謝った。
「頭を下げないでください、マスター。私達は、給料がなくても、あるいは少なくても、たまの食事と、マスターの笑顔があれば、それで十分です。趣味やら何やらは、副次的欲求に過ぎません」
謝る僕を、田名川さんが止めた。それと前後して、その場にいた人も次々と同じような事を言う。
やっぱり皆様、いい人なんですね、分かってましたけど。その姿に泣いてしまいそうになるが、こんな所で泣いてはいけない。
「有難うございます」と、今出来る精一杯笑みを見せながら言った。
こうして、会議は終了した。しかし本当に解決策を考えないとなあ…。
ところで。
今回は、武士の男性の話を聞いて思う所があったので、角砂糖を作った。
[角砂糖 Lv11
砂糖をブロック状にしたもの。好みの甘さの珈琲を、計量スプーン無しで簡単に作ることが出来る。外装として巻かれている紙は少しだけ耐衝撃性を持っている。]
迷宮で書類処理すると得られる砂糖は袋入りのようだが、もしかしたら角砂糖の形式で作ったほうが便利なのかもしれない。その方が、武士の男性が帰路につく際のバラ売りにも適しているだろうし。
そんな事を考えつつ、平凡な一日が、今日も終わる。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は4/26を予定しています。




