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ec経済観察雑記  作者:
23/66

16.5 島木屋と寺子屋(別視点)

今回は、紺原の他に一名、転移メンバーが登場する、別視点です。

1512年3月24日


ー別視点ー


「今回も当たったか…」

 前回暖ちゃんから購入した茶は、大盛況のうちに売り切った。そう、売り切ったのだ。

 試飲の分を計算にいれても、暴利といって差し支えないほどの利益率で捌き切ってしまった。これでもう、鶯屋と競合することは避けられない。

「先手は打った。後はあちらがどう出るか…」

「部長」と、ここで仁助さんが来た。


 仁助さんは、40をすこし回った中年男性だ。最近妻帯を店長(早い話が番頭だ)に許され、お熱い新婚生活を送っている。社内では、マーケティングを担当している。

 マーケティングといっても、商業環境の調査をしたり、双田陣営との下交渉を進めたり、ライバル商店の動向を探るだけだったりするのだが。


「鶯屋の内部情報が、少し入ってきたので、お知らせ申し上げます」

 それは助かる。早速どんな情報なのか確認したい。あちら側の情報が少しでも分かっていれば、対策も早いうちにたてられる。

「で、どんな情報なの?」

その質問を受けて、仁助さんは話し始めた。



~~~

「番頭、島木屋の事なのですが…」

「分かっている。茶の販売の件だろ?流通ルートの洗い出しは終わったのか?」

「そ、それが…」

「それが?」

「全ての鶯屋系列の通商経路を辿っても、島木屋に茶を売却した痕跡は見えませんでした」

「まあ、想像の範囲内か。じゃあ、どこから仕入れてきたと考える?」

「恐らく、迷宮産品かと」

「ふ、何を馬鹿なことを。迷宮産品のみで、あれだけの量の茶を安定的に供給することは出来まい。そもそもの経営合理性が悪すぎる。あんな価格設定だと、我々への嫌がらせにしかならない」

「もし、嫌がらせのためだけに、大量のecを拠出出来る人がいたとしたら、どうします?」

「…何が言いたい?」

「つまり、虎井南が一枚噛んでいる可能性についてです。どうやら虎井は、島木屋内部の人間の一人と個人的な付き合いがあるようです」

「あの、領主お抱えの自主独立型天才迷宮探索士の虎井南が、島木屋に、大量のecを収益度外視で流入させている、と。そういいたいわけか」

「さようでございます。当然、収益を度外視しているのが島木屋なのか、虎井なのかは、よく分かりませんが、恐らく島木屋の方が特損を上げているものと思われます。島木屋は最近利益を上げてきているので現金は比較的豊富でしょうし」

「…分かった。お前の言っていることは、確かに一理あるようだ。真剣に対策を検討しないといけないようだな。具体的に言うと事業者内の連携強化の徹底とあらゆる販売戦略の、抜本的な見直しを含めた強化だ。これをやらずとして鶯屋の恒久的な繁栄はありえない。すぐに準備にうつせ!」

「了解しました」


~~~



「……といった感じです」と、ここで仁助さんは話を切った。凄い臨場感。

「ちなみにこれ、確かな筋の情報なんだよね?」

 偽情報でも掴ませていればたまらない。

「ええ。複数の関係者から、独立して仕入れた情報ですので」

 では、この情報はある程度信用して差し支えないだろう。



 さて、今回分かった事は何個かある。一つに、島木屋の茶の大量販売については、もう上層部の耳に入っているという事。

 もう一つに、その入手ルートについては、未だ間違った憶測を建てている事。さらに、その憶測が正しかろうが正しくなかろうが、鶯屋が、カルテルを強化もしくは規制緩和を実行その他で、本格的に全面競争に晒そうとしているという事。


 好材料と難材料が入り交じっている。暖ちゃんではなく南ちゃんから仕入れていると勘違いしてくれれば、こちらとしても色々な事ができそうだ。

「では、きたるべき全面競争に備えて、出来ることをやっておきましょう。まずはコストの削減と、顧客の新規開拓からやっていきましょう」

「はい」

 こうして、色々な対策が組まれていくのだが、それはまた今後のお話。



 そして仁助さんが退室してから15分ほど経ってからの話である。

「部長、お客様です」と、扇丸くんが知らせてきた。


「どちら様?海ちゃんか、鈴ちゃんか、はたまた暖ちゃん?」

 最近良く来るのはこの三人な気がする。あとは文ちゃんか。澄ちゃんとかはあまり見ないような気が。


「いえ、古川さんです」

 古川さん、というと雪ちゃんか。かなり珍しい来客な気がする。

「ああ、雪ちゃんか、通して」

「かしこまりました」

そうして扇丸くんが、外へお客さんを呼びに行った。



2分ほど経っただろうか。扇丸くんが、雪ちゃんを連れてやって来た。そして、雪ちゃんが私を視認するや否やすぐに私の方へと酔ってくる。


「お久しぶりー」と、寄ってきた雪ちゃんは、懐かしそうに声をあげた。

「お久しぶり、雪ちゃん。あれから変わりない?確か、海ちゃんところで教育関係の仕事をしていたっけ?」


「うん。計画をすすめていた公営寺子屋なんだけど、ついにこの春開くことになってね」

 公営寺子屋の話自体はかなり前から出ていたが、政情が安定するまでは、雪ちゃんもおいそれと手を出すことが出来なかった。海ちゃんや文ちゃんが政情を安定させているうちに、雪ちゃんは教育理論や各種技術を学んでいたらしい。

 それで、やっと政情と藩の懐事情が安定してきたので、この春から公営寺子屋を開こう、という話らしい。結構根回しは早い段階からやっていたらしく、同僚の子供も、春から通い始める、との噂がたっていた。ついにか。


「おお、聞いてはいたけど、実際当人の口から聞かされると実感が湧くね。学生さんの集まりは?」

 学生さんがどれだけ集まるかによって、学費収入とかも変わってくるだろうし、教育的な影響も、学生さんが多いほど大きくなるだろう。そういう意味では、あんまり人数が少ないと不安になってくる。


「むしろ多すぎるくらい。特に夕方コースとか夜コースは、商人や武士の子供だけじゃなく、近隣の農民の子供も、少しだけど入ってきてる。

 全日制の方は、今は教育の重要さに十分気がついた、先見の明があってかつ比較的富裕な家庭の子供に限られているけど、それこそ農村部に建設したり、あるいは気長に続けて大衆に教育の重要性を啓蒙できれば、教育を公共で管理することも可能になるはず。

 今でこそ寺社が初等教育を担っているけど、将来的に宗教が先鋭化してしまったり、あるいは教育に宗教が露骨に、良くない方向に絡んできたら問題だしね」


 雪ちゃんは、私のそんな心配を払拭するように、目を輝かせながらそう言った。そこには、夢を追い続ける少年のような瞳があった。


「順調そうで何より。資金繰りはどう?」

「あんまり良いとはいえないね。教育の発展のために各方面に寄付をお願いするのは勿論なんだけどね。卒業生が成長して、成功すればそこからの寄付も期待できるし。

 まあでも資金繰りについて気にしすぎなくて良いのは、公的教育の特権だね。社会にとって必要なことをこれからもやっていくつもりだし、そのためにあんまり教育を商業ベースには乗せたくないかな」


 そんないかにも教育者らしい事を呟く。私は結構商業的な考え方に寄ってしまう事があるのだが、こと教育に関しては必ずしも商業ベースに乗せるのが正しいとは限らない、と彼女は言いたいわけだ。

「じゃあ、島木屋からも追加で寄付できるように、社長に進言しておくよ」

「ありがとう。でも良いの?今でさえ島木屋は比較的多額の寄付をくれているというのに」


 雪ちゃんが疑問を呈する。その疑問は分からないでもない。多額の寄付には、何らかの裏がある、と警戒して当然だろう。

「大丈夫。公営寺子屋の必要性については、私も常々痛感していいるし、最近利益もかなり計上しているし、それに…」

「それに?」

「…節税にもなるし」

 寄付の大きな目的はそれだ。今、私達の会社は暖ちゃんとの取引でとても儲かっている。が、利益率ばかり上げても、税金でごっそり抜かれてしまう。

 それなら、こういった形で社会貢献にお金を費やしたほうが、節税にも、売名にもなる、という話だ。あんまり積極的に口に出したくない理由ではあるけどね。


「やっぱりそういうと思った。空ちゃんに、教育関係の公的機関への寄付に控除を作ってもらって正解だった」と、雪ちゃんが言った。最初から読んでいた、と言うかのようなその言葉に、私は苦笑いする他なかった。

「そうか、読まれちゃったか。少し恥ずかしいね」


「いやいや、動機がどうであれ、寄付はそれだけでありがたい話だよ。少額で構わないから、これからも寄付を続けてほしい。少し図々しい感じだけど」

 そういって雪ちゃんも苦笑いした。その苦笑いからは、資金繰りに苦労していそうな感じも漂ってくる。


「言われなくても、島木屋に利益がある限り、ペースよく寄付は続けていく方針だよ。これからの商業展望を考えると、あんまり多額には出来ないかもしれないけど」

「ありがとう。では、これからの島木屋の発展と」

 ここで湯呑みを持ち、言葉を区切る。じゃあ、こちらはこんな言葉で返そうか。やっぱりあれしかないだろう。

「公営寺子屋の成功を祈って」

「「乾杯」」

 こうして、日が沈んでいった。

いつもお読み頂き有難うございます。

次回更新は4/6を予定しています。

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