15 3月の商談
1512年3月20日
「駕籠は前回ので宜しいですか?」
「というかそれ以外にもあったんですね、前回ので構いません」
平凡な一日が始まる。
さて今日は島木屋さんに行くために、いそいそと準備をしている。
ここは本当一階、第一寝室。プライベートスペース…とは名ばかりになっているが、とにかく普段僕が生活しているスペースだ。僕はここでアイボ内蔵のリュックサック(重量は軽減できるように改良を施している)に、必要なものを詰める。
具体的に言えば、紙と筆記用具、それから契約書面と万が一暇ができたときの歴史書、経済学の本。あとは王さん作成のレポート。
契約書面に関しては交渉係の青木さんが持っているので、実際は何も必要ないのだが、持っていたほうが安心するので、念のため持っていく。
ちなみに朝御飯(これは第一居間で食べた。基本的に食事はそれ専用の部屋で食べるが、今回のものはルームサービスのような物を想像していただければ宜しい)は、よくある軽い朝食…ふりかけご飯だった。ふりかけも塩からアミノ酸まで、よく気を使われた美味しい、小魚と若菜のふりかけだった。
「シャーペン良し、シャーペンの芯良し…あ、ホチキスの針がない」
ホチキスの針って、使う機会はそれ程多くないんですけど、持ってないと途端に使用する機会が出てくるんですよね。
以前それで不便したことがあるので、必ず携行する事にしていたのだが、携行するようになってからまともに使ったことは、数えるほどしかない。あれ、いつも不思議。まあ、さくっと作成しておく。
「今、鉄やそれから作る針金はecから交換しすぎてec換算価は暴落していますけど、ホチキスの針にすればまだまだ行けるものですね」
雨沢さんが言う。そう言われると確かにそうだ。ふと冊子の方を見やる。
【鉄 Lv110-12 1.03t 1ec】
【針金 Lv110-2 1km 1ec】
【ホチキスの針 Lv110-3 50針 6.4ec】
生産コストは、やはり加工の手間が多い方が沢山かかる。ホチキスの針もこれから作り続けるに連れて、針金や、もっといえば鉄並みに価値が暴落してしまうのだろうが。
ところでホチキスといえば、このホチキスは当然のごとく連続使用に耐えうるようになっている。
諸兄の中には、「ホチキスは針が入っている限りいくらでも連続使用できるでは無いか」とお思いの方も多いかと思うが、実際はそうでは無い。
僕がかつて使っていたホチキスは年季が入っており、一度針を差したら特殊な操作を施さない限り次の針を差すことは出来なかった。さて、どうしてこういう事が起こるのか。秘密はホチキスの中のバネにある。
正常なホチキスは、針を入れる際にバネを一度押しのけてやる必要がある。この時溜めた力をバネが少しずつ開放する事によって、一針一針力を入れ直す必要が無いわけだが…悲しいことに、普通のバネというものは使うごとに劣化してゆく。
僕のかつて愛用していたホチキスが特殊な操作を行う必要があったのは、バネが仕事をしなくなったところが大きい。やっぱり、事前に先取りして力を蓄えていたほうが便利ですよね。
で、今回作成したホチキスは、その反省を活かし、バネ面に大きな改造を施した。
[ホチキス Lv12-2
ごく普通のホチキス。カラーリングは黒に銀。バネは耐久性、耐薬品性、耐紫外線性に優れており、またコピー用紙50枚の連続綴じにも対応する。ホチキスとしては質量は比較的重め。]
さて、ホチキスの紹介もしたところで。
「お待たせしました。」
前室へ行くと、すでに幾人かが待機していた。
具体的に言えば、青木さん、田名川さん、藤山さん、大塚さん、瀬戸さん。佐間さんに氷川さん。要するにいつもの秘書班メンバーに、交渉係長、荷物持ち、それから商務係が来ている、という事だ。
「では、早速」
今回も同じ駕籠で出発する。やっぱり加速激しい。
大した事もなく、無事に美流にある島木屋さんに到着する事が出来た。早速エスカレーターで上へと昇り、事務所へとたどり着く。すると、
「遠路はるばるお疲れ様」
紺原さんが少し嬉しそうに出迎えていた。
「実はね、購入した茶葉が飛ぶように売れてね」
「ああ、それで嬉しそうだったわけですか」
まずは雑談からスタートする。雑談といっても、多分にビジネスの話が含まれているのはまあご愛嬌。
「で、お伺いしましたよ、試飲の件」
やはりこの話題は触れないわけにはいかないだろう。というか、この話の流れには「触れてほしい」という雰囲気すら感じる。すると、紺原さんが少しだけ驚き、ため息を軽くついた後、話し始めた。
「…やっぱり情報が早いね。少しだけびっくりしたよ。ありきたりな方法だと自分でも思ったけど、不思議な事に大橋、いや刺木方面を見渡しても、試飲をやっている所は発見できなかったんだよ。」
「まあ、短期的に見ればやるメリットは薄いですからね、試飲。いわゆる『試し飲み』需要を削いでいる面もありますし」
そういう意味では、日本で初めて試飲という概念を考えた人は誰なのだろうか。相当の勇気がないと無理だろう。
「まあ確かに。でも、うちはこの作戦を打って成功だったと思う。何せ茶販売経験ゼロのなかスタートした訳だから、とにもかくにも多少コストが掛かっても品質の良さをアピールせざるを得なかった」
「そうですね。美味しさを手っ取り早く知って貰う手段として試飲は有効な手段だと、僕も思いますよ」
「それはそれは。お墨付きを貰えて嬉しいね。さてではそろそろ商談に移りたいと思うのだけど、良い?」
「こちらは全く構いません、マスター」と、これは商務係氷川さんの弁。
「ええ、こちらは大丈夫です」そう言って紺原さんに同意する。
「では、早速始めさせてもらうよ。とりあえず、4月分の返済。ほい」
そういって5000両分の貸付札を受け取った。…?5000両?
「いや、今月の支払いは1000両だったはずですが」
「まとまった収入が入ったので、ある程度繰り上げさせてもらうよ。といっても、過払い分の利子を要求するつもりはないので、そこら辺はご心配なく」
しかし、4000両も余分に用意できるような取引ってなんだろう。まあ既にある程度アタリはついてるが、確証はない。
「さすが、分かってらっしゃる」
利子くらい、少し割引しても良いんですけどね。そこは卸売価格の割引で対応する。
「じゃあ、次に今回の買い取りに移らせてもらうよ」
そういって紺原さんが姿勢を正した。つられて僕も姿勢を正す。
「今回は、どのような物をご所望ですか?」
そう僕がいう傍らで、佐間さんが目録を提示する。
今回提示した目録は、食品を基調としながらも、少し衣料品に目を向けたラインナップとなっている。
具体的にいえば麻に綿、絹、レーヨン、とにかくその辺だ。
合成繊維は、作業工程が複雑になればなるほどec効率が悪くなる。ビニロンとか、鯛坂さんの科学大全で存在は予言されていたけど製造過程が複雑すぎて一部使用人棟工業フロアの手を借りたりして、どうにか完成までこぎつけた。
もちろん食品も、前回以上に持ってきている。
前回は基本的な食品のみを厳選したが、今回はデーツやチェリモヤといった、あまり一般的ではない(そして月頭に作ったような)果物とか、後はナンプラーとか豆板醤とかのマイナー調味料も少し持ってきている。
調味料棚というものは、結構好きだ。スーパーとかでも、冷蔵棚にズラッと並んだ肉や魚や、溢れんばかりにカゴに入っている野菜も良いが、一番好きなのは醤油や砂糖、スパイスなどが所狭しと並ぶ調味料棚だったりする。そんな棚が、島木屋にも生まれてほしいものだ。
あと持ってきたもので忘れてはいけないのは、金属だろうか。
金属は、前回の改良から若干進めて、少しだけ軽くするとともに、電気を通しやすいタイプと電気を通しづらいタイプを両方用意した。電気を通しやすいタイプは勿論電気輸送に適しているし、電気を通しづらいタイプも金は、うかつに軽くすると偽物と区別がつかなくなってしまうし、その他の改良要素を加えてもまずいのでそのままにしているが、そのせいで現在物凄く効率が良くなっている。
宝飾用に、もう少し便利な金を生産してもいのかもしれない。イリジウムいらずの金とか。
そして紺原さんが目録を受け取ると、ぺらぺらと捲りながら悩みだした。
「うーん……とりあえずあれと、これと…ああ当然これも必要か……うん。決まったよ。こんな感じで」
そういって紺原さんはさらさらと何かを書いたやいなや、万年筆書きの書類を渡した。
見ると、やはり食料品が多めに見える。どうやら豆腐や納豆も購入するようだ。
現在、納豆の名産地は疋田である。疋田は大橋から西に600kmほどにある都市で、大橋から疋田に最短距離で行くには、海をわたる必要がある。
現在はその航路(大江ー十塩航路)がまだ使えているので納豆を比較的簡単に入手することが出来るが、海の両岸が対立し始めたら、納豆の安定供給が危ぶまれるので、そのことを危惧したのだろう。
あとは新鮮さか。人々の中には「納豆はもともと腐ってるのだから鮮度管理はあまり気にしなくても良い」と考えている人もいるが、これは大きな誤解だ。
新鮮な納豆は、香りも良く美味しい。逆に腐った納豆は雑味が強く、匂いも変なのだ。関西の人に納豆が苦手な人が多いのは、新鮮な納豆をあまり食べられなかった人が多かったから、という説もあるくらいだ。
まあとにかく、大橋も例外でなく納豆は品質が劣化してからお店に並べられる。そこに新鮮な納豆を売り、ついでに独自のブランドも立てれば売れそうな気もする。
豆腐は大橋領内で生産されているので供給断絶の心配はないのだろうが、多分これも品質管理的な側面からだろう。
衣料品に関しては、合成繊維はごく少量で、大多数は綿と麻になっている。やはり慣れたものを着たい、という購買シグナルはあるのだろう。
あとは、綿や麻に隠れているが、絹も結構な量を購入している。絹は、コストが高く破れやすいが、肌触りは最高でファンも多い。こうした大名向け、貴族向けの販売もやっているのだろう。あるいは、絹を安価に流入させる事によって、庶民に絹を普及させようとしているのかもしれないが。
金属に関してもきっちりお買上げいただいた。特に低重量化された鉄をがっつり買っていくのは、少し想定を超えていた。少し軍事の匂いがする。民生品としても活躍してほしいところだ。他には紙と網を少々。網は、金網ではなく、紐で作ってあるタイプのものだ。少しだけ改良を入れている。こんな風に。
[網 Lv3
普通の網。漁師さんとかが漁を行うのに最適。あと実は猟師さんにも需要がある。塩分がしみると少しだけ強くなる。耐摩耗性がある。]
網は漁網としても使えるようにしてあるので、恐らくその需要を見込んでの事だろう。ただ、ここ大橋美流には海がないので、どうやって網を売っていくのであろうか?
「はい、では代金にして4500両になります」
「結構値が張る…と思ったけど、よく考えたらこれ市価の半分いくかいかないかくらいなんだよね。お米も結構買ってる訳だし。しかも利率が親切と来たもんだ。これ以上高望みするわけにもいかないね」
仕入れ値が0だからこそ出来る取引価格ではあるけどね。
「じゃあ、ここにサインをお願いします」
「万年筆で良いね。はい」
そういって紺原さんはさらさらとサインをした。…うん。これで良かろう。
「じゃ、今回もこんな感じで失礼致します」
そうして立ち去ることとする。
「あ、ちょっと待って。議題がもう一個だけ」
立ち去ろうとしたら、紺原さんに引き止められた。何か他に議題があっただろうか。
「今後の商談なんだけど、毎月同じ日に…20日に設けて良い?」
何かと思ったらそれか。確かに、毎月同じ日に設定したほうがアポイントメントも、経営計画も販売計画も立てやすいだろう。特に反対する理由はない。
「ええ、全く構いませんよ。では、次は来月20日に来ます」
「有難う。じゃ、準備しておくね」
こうして取引が終了していった。
いつもお読み頂き有難うございます。
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