13 絨毯騒動、島木屋の新戦略
少しフライングしてお届けします。
1512年3月17日
「おはようございます」
「おはようございます、マスター」
平凡な一日が今日も始まる。
あまり文筆には上がらないが、この屋敷には公務棟という建物がある。
ここは公務隊の仕事スペースを確保する目的で作られた、4000階建ての建物だ。といっても、公務隊は現在決して多いわけではないので、特に高層階においては使用されていない部屋も多い。これは、使用人棟にかぎらず、本棟でも見られる光景ではある。
そんな公務棟の1672階の事である。
「ちょっと絨毯が多すぎませんかね」
「やはりそう思いますか」
僕は、第二秘書班の橋爪さんとともにそこにいる。
このフロアには、今現在機能している部屋が1部屋もない。その中で、至る所に貼られている絨毯は、確かに品の良く、質の良い物ではあったが、いかんせん量が過剰すぎた。
部屋という部屋の入口には靴を拭くための絨毯が置かれ、壁にはまるで絵画のように絨毯が配置され、天井からは万国旗のように絨毯がぶら下がっている。少し狂気すら覚える。
「一体誰がこんなことをしたんでしょう。マスター、心当たりはありますか?」
うーん。これだけ絨毯を作る事が出来て、かつ絨毯に並々ならぬ興味を持っている人といえば…あの人か。一人心当たりがいる、というか一人しかいない。
「黒田さんはどこにいます?」
橋爪さんに質問してみる。といっても、彼のいそうな所なんて限られているが。
「黒田さんですか。まさか黒田さんにそんな絨毯趣味があったとは。恐らく、経理係で電卓を叩いているかと」
「まあ、そうでしょうね」
経理係総本部のある、公務棟4階に急ぐ事にする。
5000mレベルを急に下っているので、多分絶対これ健康に悪い。実際、いきなり高く上ると、高山病のような症状が出て来るし。途中から橋爪さんに抱えられながら、経理係総本部に到着した。
「く、黒田さん…」
「マ、マスター?大丈夫ですか?」
黒田さんが、その巨体に若干不釣り合いな、心配そうな声をあげる。
「あんまり大丈夫ではないです…」
「で、どうかされましたか?」
「えーっとですね…」
駄目だ、あまり降りた直後だから、あまり頭が働かない。
「マスター、ここからは私が」
橋爪さんが説明を買って出た。よろしくお願いします。
「黒田さん、貴方絨毯を作るのがお好きでしたよね」
「ええ」と、黒田さんが返す。この反応に橋爪さんがさらに言葉を続ける。
「実は、この棟の高層階が絨毯で埋め尽くされているのですが、黒田さんのものですか?」
「…ええ、使っている部屋はわずかですが、それらは確実に私の作品です」と、黒田さんが少しだけ時間をおいて答えた。その解答が、橋爪さんの確信に裏付けを持たせた。
「単刀直入に言うと撤去してほしいのですが」
その橋爪さんの言葉に、黒田さんがあからさまに狼狽える。
「そ、それは……あれはどれも思い入れのある作品なんです」
「仮にそうだったとしても、高層階が絨毯で埋め尽くされていいるという事実は覆りません。すぐにでも撤去します。マスター、構いませんよね?」
橋爪さんが聞く。うーん……でもなあ…このまま撤去するべきかなあ…
「ちょっと撤去するのは勿体無いくらいのクオリティーですよね、これ」
その言葉に驚いたのは、橋爪さんだった。
「マ、マスター!お気を確かに!マスターが仰りたい事は分かります、でも、こと絨毯に関してはあれだけ多いと気味悪いですよ」
「まあ、たしかに気味が悪いことは確かですが……」
でも。憤慨する橋爪さんと顔を俯けたままの黒田さんに向かって言う。
「彼の情熱も、少しは汲んであげましょう」
「しかし、これだけ多いと、本来の使用用途には使いづらいですよ」
橋爪さんが反論する。まあ、その意見ももっともだ。それならば。
「なら、部屋を設けましょう」
「部屋、というと?」
橋爪さんが聞き返す。まだ少しピンと来ていないようだ。それは黒田さんも同じなようで、彼は顔を俯けたままだ。
「ですから、本棟に絨毯の展示室を一室設けましょう。そして、展示しない絨毯も保管室として部屋を作るとともに、外付けアイボを支給します」
黒田さんが顔を上げる。
「えっと、それは…?」
「言葉通りの意味です。僕が…僕自身が、黒田さんの絨毯を、芸術的な価値があると認めたため、それを保護するために部屋を一室、いや何室か手配します。いつでも絨毯を展示できるようにする展示室、絨毯を保管する保管室、それから他の国や地域の絨毯を収集する資料室、後は絨毯を制作する絨毯制作室ですね。これらを黒田さんに供与します。幸いなことに部屋はたくさん余っていますし」
「有難うございます!」
黒田さんがこちらに頭をすごい勢いで下げる。
「いえ。ただし、条件があります」
「条件、といいますと…?」
黒田さんが首をかしげる。よくぞ聞いてくださいました。
「条件、といっても簡単です。一つ、絨毯は全て絨毯制作室で作ること。一つ、作った絨毯は一旦全て保管庫に収めること。一つ、そこから絨毯系の部屋以外に持ち出す時は、必ず僕の許可を取ること。以上を守れると誓えるのであれば、絨毯の制作続行と現時点の作品保存を認めます」
「有難うございます!この黒田、仰った3つの事を守るとお誓い申し上げます!」
「なら良し」
こうして、絨毯騒動は幕を閉じた。
部屋に戻る前に、橋爪さんとともに本棟に有る第七喫茶室に寄ることにする。
第七喫茶室は19階にあるので、結構な遠回りだ。
「カフェオレを。あとフルーツタルトをお願いします」
「では私はホットブレンドコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」
ここでは女中隊第一喫茶班7係が取り仕切っている。最近屋敷内でフルーツが充実してきたので、そんな料理や菓子も多数製作されているのだが、第七喫茶室はその中でも特にフルーツを使ったケーキが美味しい。
「お待たせしました」
この時間は新駿河さんがワンオペで回しているらしい。まあ、需要もさほどこの時間なら多くないのかもしれない。午後の2時だと、昼食にもカフェタイムにも少しずれている時間帯だ。
「ごめんください…ってマスターじゃないですか!」
「あ、氷川さん」
商務班商務係の氷川さんが入ってきた。
「ご休憩中ですか?」と氷川さんに聞いた。
「ええ。今は非番なので、第二商務班に任せています。使用人の数が多いので、適度に非番を設けて交代制にしない事には人手が余っちゃうんですよね。なので、本来の業務再開は明日の午前11時からなのですが…少しマスターに取り急ぎお伝えしたいことがございまして」
「なんですか?何かイマージェンシィ…失礼、緊急事態でも発生しました?」
氷川さんが取り急ぎ伝えたい事なんて、余程の事だろう。読んでいた単語集が頭のなかに混ざる程度には焦ってしまった。そんな僕を見て、氷川さんが慌てて否定する。
「いえ、そんな事はないです。島木屋さんについてなのですが…」
何だろう。島木屋さんに関しては、今月6日の取引からあまり情報を仕入れていない。どういう販売手法、経営戦略をとるのかについては普通に興味がある。
「大胆な茶販売戦略で、人だかりが出来ています」
「と、いいますと?」
どんな方法を使ったのだろうか。気になる。
「まあ、大胆な戦略といっても、平成日本ではありふれた話です…試飲です」
~島木屋にて~
「いらっしゃいませ、ご試飲はいかがですか?」
島木屋の店員が店頭で茶を淹れている。見習いの少年少女の他にも、彼らを指導監督する手代クラスの青年もいる。
「これは…番茶?」
一人の老婦人が足をとめ、質問をする。
「ええ、ぜひお召し上がりください。」
そういって丁稚の少年が、老婦人に緑茶が1/4ほど入った湯呑みを差し出した。
「有難う…といっても、お茶で有名な鶯屋も、最近味がかなり落ちてきたし、まさか島木屋がそれを上回ることが出来るとは思え…ってうまっ!」
老婦人が、茶を少し口を含んだだけで、目を丸くし、感想を口にした。
「そうでしょう?実はこれ、特殊な営業ルートで仕入れてまして、普通の番茶より品質の高い、安心安全なものなんです。」
「お客様にもこんな美味しいお茶は今まで中々出せなかったのに、これを島木屋が出すなんて…でも、これだけ美味しいと、さぞお高いんでしょう?」
あくまで老婦人は訝しげな目でお茶を見たままだ。
「とんでもない。今ならなんと半合で12文でございます。」
「あらまあ、何てお買い得。鶯屋よりずっと安いわね。じゃあ、1合頂こうかしら。」
「有難うございます。」
この老婦人だけではない。多くの人が試飲をし、そして茶葉を買い求めていった。
~島木屋にて 終~
「こんな感じです」
なるほど。確かに、茶販売の経験の無い島木屋のお茶に対して安心感を与えるためにはこれが一番効果的だろう。それに…
「話題作りの面もあるんでしょうね」
世間まるごと広告にしよう、というわけだ。
「恐らくその通りです。これによって、鶯屋…茶販売大手にしてカルテルの盟主である鶯屋は、販売戦略の大きな見直しを迫られることになるでしょう」
「それは何よりです」
大橋中、いや中島中に流通する島木屋ブランドを少し想像した。
ところで、今日は少し羊毛を生産してみた。断熱性を高めてあるので、毛布に最適なほか、衝撃吸収性を高めており、救命バッグ(エアバッグとか)にも使える。
他にも、ダニ繁殖耐性や防滑性を高めており、一時ec消費量は1ng、つまり1gの10億分の1で94億ecにまで達していた。要するにどういう羊毛かというと、とにかく絨毯の製作に適している羊毛だ。
断熱性を高めていれば床からの冷気を通しづらく、衝撃吸収性を高めていれば万が一壊れやすいものを落としたとしても、物も床も壊れる心配をしなくても良い。防滑性を高めることによって転びにくくすることも大事だし、絨毯の天敵であるダニの繁殖も抑えている。
後はこの羊毛を使って如何にして絨毯を紡ぐかは、黒田さんのセンスにかかっている。あとでこの羊毛を贈っておこう。
こうして平凡な一日が終わる。
いつもお読み頂き有難うございます。
次回更新は3/11を予定しています。




