6.5 デパート島木屋の新作筆(別視点)
今回は、蓮葉の友人にして島木屋総務部長の、紺原光視点です。
「やっぱり筆以外の筆記用具欲しいなあ」
私は紺原光。島木屋の総務部長だ。総務部長、というのも現代的な役職だと思うだろう?この時代なら、番頭とかいう役職の方が適任なんじゃないか、ですって?実際その通りで、私がまだ下っ端、丁稚だった頃は、当然こんな役職はなかった。
それが改革を行ったのは…いや、これを話していると長くなるから割愛する。ついでに言えば、そんな話、興味ないでしょう?
まあ、そんなこんなでなんとやらだが、とりあえず喫緊の課題として筆記用具が欲しい。
「扇丸くんや、試作品はできてる?」
「あ、はい。こちらになります」
そういって扇丸くんが取り出したのは、丸みを帯びたフォルムが印象的な、ごく普通の筆記用具だった。といってもこれは何回も突き返しているので、そろそろ使い物になっているだろう。
「うん、うん。ちゃんとインク漏れも無いし、書き味も悪くない。商品としてそこそこ使い物になるんじゃない?」
うちは狭いので、何でもかんでも陳列する訳にはいかないが、これ位の品質であれば、商品棚に入れても良いだろう。今までの不十分な点が十分フィードバックされ、筆よりも断然使いやすい筆記具になったのではないか。
「おお。では、そのように伝えて来ます」
扇丸くんが顔色一つ変えず返事する。でも、嬉しい時につま先を立てる癖、止めといたほうが良いと思うよ。
「よろしく。あ、インクは何を使っている?今までで一番発色が良いけど」
ひょっとしたら平成日本の、ボールペン等のインクより高品質かもしれない、発色の良いそれに私が興味を持つと、扇丸くんが危なげなく答える。
「ああ、それは墨を溶かしたものです。大原家の鯛坂殿が考案したとか」
「ああ、墨汁。良いね」
後で知った話だが、かの墨汁、日本では発明を明治20年代まで待たないといけない。その墨汁を作る技術もある鯛坂鈴という友に、改めて戦慄を覚えた。
そしてその試作品を耐久テストにまわし、経費計算と財務書類の作成をしていたら、いつの間にか日が明けてしまっていた。確かに少しまぶたが重い。あんまり遅くまで起きていると油代も勿体無いし、次からは夜更かしを控えるべきかもしれない。
「どうやって売っていくかな…」
そう思案しながら、私は太陽と入れ替わりで眠りについた。
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しばらくしてこの新作の筆は1貫文(約4万円)で売りだされた。
最初こそ毛筆との使用感の違いや価格の高さから「万年筆」を使用する人間は少なかったが、徐々に愛好家が多くなり、発売5年目には、上流階級の屋敷は大体万年筆を備える様になり、一般庶民、都市部は勿論のこと農村部でも万年筆を持つことは一種のステータスとなった。
役所や事務所は万年筆を置いていない所が無いほどとなり、そこでの使用感に虜になった人が万年筆をこぞって買い求めたことも、普及を後押しした。
それに伴い洋紙の発売も始め、人気を博す。販売者である島木屋は勿論のこと、製造者である大原家も多大な利益を得た。当然考案者、主製造者である鯛坂鈴は分家である「鯛坂家」を作ることを許される。
万年筆の利益は5割鯛坂家にまわり、それをもとに改良と魔改造を繰り返すのだが、それはまた別のお話。
「さて、これをどう販売していこうかな…」
そんな事を露とも知らず、紺原は販売計画を組むために思索を巡らせていた。
いつもお読み頂き有難うございます。
若干短いので、近日中(出来れば明日)にもう一話投稿します。