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09 第四世代型

 西方戦線から帝都への召還命令。

 それは二十(メトロン)級の大型禍津を一刀両断にした次の日だった。


「昇進ですか? 勲章の授与ですか? 今はそんなことをしている場合では……」

「いや、どうもそういった類いのものではないらしい。とにかく今から帝都に行け。既に迎えが来ている」


 レイにそう告げた上官も困惑していたが、正式な命令なら無視するわけにもいかない。

 そして、用意された超音速機で帝都に帰ったレイは、護衛任務を言い渡された。


 巫女の護衛――。


 なるほど。確かに巫女は帝國にとって重要な存在だ。

 なにせ、人造神の〝制御〟を行なう『生体ユニット』なのだから。


 世界の電力のほぼ全てを担う超大型動力装置。

 人類の最大戦力たる灮輝発動者の力の源。

 それが人造神。


 無論、その制御は困難を極め、人間の判断力と機械の精密さが同時に求められた。

 だから巫女が作られたのだ。

 生きたコンピューター。肉で作られた演算装置。

 親を持たず、自由を持たず、カプセルで産み落とされ、滅私奉公をしいられる少女の形をした部品。


 帝國の人々は、それに対し敬意を払う。崇拝もする。

 広い居住施設を与え、きらびやかな衣装を着せ、護衛を配置し、偶像(アイドル)として愛でる。

 されど、選択肢は与えない。


 帝國のために――祈れ。演算せよ。制御せよ。


 巫女たちは微笑み、与えられた役目を忠実に守る。

 その神経が焼き切れるまで。


 人造神を動かすには、最低一人の巫女が必要だ。

 だが巫女が連続で演算し続けられる時間は、四十八時間が限界だと言われている。また限界まで働かせた場合、三日の休憩を挟まなければ、その寿命を大きく縮めてしまう。

 ゆえに巫女は複数存在する。

 最低三人。

 可能であれば四人以上を可動状態に持ち込むべし。


 そうやって交代で使えば、五年程度は保つ(、、、、、、、)


 耐久限界を超えた巫女は廃人となり、廃棄される。

 そして次の巫女。また次の次の巫女が生産され、人造神を制御し、世界にエネルギーを供給し、死んでいく。


 それらの残酷な事実、レイも把握していた。

 帝國民なら誰もが知っていることだ。


 悲しんだことはなかった。

 なぜなら彼女らは部品だから。

 そもそも、死ぬとか生きるとか、考えたこともない。


 それは現物を目の当たりにしても同じだった。


 巫女たちの住居。寝殿造の屋敷には、そのとき、六人が住んでいた。

 全員が十歳の外見。

 全員が白装束に緋袴。

 全員が銀色の髪。

 全員が赤色の瞳。

 あまりにも美しい。一目で人ではないと分かってしまう人外の美。


 新しい護衛としてやってきたレイに、五人(、、)の巫女が、微笑みで向かえた。

「初めまして、焔零。あなたが新しい護衛ですね。これからよろしくお願いします――」

 同じ容姿。

 同じ笑顔。

 同じ仕草。

 同じ声色。

 まるで合わせ鏡の中に迷い込んだような錯覚を与えるほど、巫女たちは機械的だった。

 そのように感情を〝調整〟されているから、当然といえば当然。

 彼女らに罪はない――が、不気味に感じてしまうのは止められなかった。


 しかし、そんな中、現われた六人目(、、、)にレイは視線を奪われた。

 その一人だけが、違う顔をしていた。

 なぜなら彼女は、新型の巫女。およそ二十年ぶりのフルモデルチェンジ。第四世代型。その試作品。


 だがレイにとって、巫女の性能などどうでもよく、新型だろうが試作だろうが、興味の外だ。

 視線を奪われた理由は――表情があったから。

 他の巫女とは明らかに異なる。

 仮面のような微笑みではなく、血の通った、暖かみのある、本物の笑顔。


「あなたが焔レイですね? 初めまして、琥珀です。これからよろしくね――」


 それは禍津との戦いに明け暮れていたレイにとって、久しぶりに見た優しい笑顔。


「はい。よろしくお願いします、琥珀様。何があろうとも、私が必ずお守りします――」


 差し出された小さな手を握り返し、レイは自然と微笑んだ。


 相手が部品であると一瞬で忘れてしまう。

 新型の試作という、最大級の機密であると、意識さえできなかった。


 レイは琥珀の専属を命じられ、二十四時間つきっきりで守護することになった。

 重大な任務だが、むしろ喜ばしく思え――そして琥珀も喜んでくれた。


「ああ、嬉しいです。レイがそばにいてくれて。だって他の巫女は……よく分からないの。話していても、反応が薄いの。皆、感情を調整されてしまっているから……ちゃんと答えてくれるのはレイだけです。ねえ、ずっとここにいてくださいね」


 逆に言えば、琥珀は感情を調整されていない。

 試作品であるがゆえ、体だけが仕上げられ、脳はまだ完成していないのだ。

 そして今、琥珀のデータを元に、二号機が作られているという。


 それはきっと、琥珀と同じ顔をしていて、琥珀とは違う仮面の笑顔を浮かべているのだろう。


 レイにとっての琥珀は、この琥珀だけ。


「ねえ、レイ。美味しいカステラがあるんですよ。一緒に食べましょう」

「レイ。私たちって死ぬまで歳をとらないらしいですよ。残念です。レイみたいな『ないすばでぃ』になってみたいです!」

「レイ、見て下さい。こんなにお手玉が上手になりましたよ。もうレイよりも上手かも知れません」


 そしてレイが屋敷に来てから二週間が過ぎた頃。


「木がつぼみをつけましたね。咲くのがとても楽しみです。いったい、どんな花が咲くのでしょうか?」


 庭の桜を見上げて、琥珀がニコニコとそう言った。

 どこにでもある、何の変哲もない染井吉野の木を見て、「どんな花」と。


「琥珀様は……桜を見たことが……?」

「ああ、これが桜の木なんですね。見たことありませんよ。だって、私は一ヶ月前に製造されたばかりですから」


 そうだった。

 この子は他の巫女と違って人間にしか見えないけれど、製造された存在だった。


 そのことが、なぜだかとても悲しくて悲しくて、レイは泣きそうになってしまう。


「ど、どうしましたか!? レイ、どこか痛むのですかッ?」

「いえ……目にゴミが入っただけです。それより……桜が咲いたら、一緒にお花見をしましょう」

「お花見……? はい、分かりました! 是非とも!」


 それは楽しい日々。

 かつて自分が殺伐とした前線にいたことを忘れてしまうような、ほがらかな毎日。

 少なくとも、レイはそう考えていた。


 琥珀に自由はないけれど、それなりに楽しく過ごしていると、勝手に思っていた。だって笑ってくれるから――。


 琥珀が〝お勤め〟のために人造神に赴く日さえ、レイは気軽に構えていた。


 三日に一度。

 通常の巫女のローテーションとは別に、琥珀専用に用意されたスケジュール。

 新型巫女の〝試験用〟灮輝力制御機構。


 ある日突然、琥珀はそれに「行きたくない」とわがままを言い出した。


「いけませんよ琥珀様。あなたは帝國のため、世界のため……重大な使命があるのですから。さあ、行きましょう」

「でも、でも……怖いの……嫌なの……!」


 震えながら訴える琥珀を見て、レイは思った。

 辛いことから目を背けちゃいけないとか、立ち向かっていかなきゃ、とか。

 そんな常識的なことを思い浮かべ、偉そうに言う。


「分かりました。では私もお供します。琥珀様がお勤めを果たしているところをずっと見ていますから辛くなったら、私がそばにいることを思い出して下さい」


「本当? レイはずっとそばにいてくれますか――?」


「ええ。もちろん――」


 今にして思えば、何という安請け合い。


 禍津との戦いで、この世界の修羅場は全て経験したと思い上がっていた。


 だから気軽に、琥珀の〝お勤め〟を見学した。


 そこには――『地獄』が存在していた。


「遺伝子操作のたまものなのです、はい。第三世代型の巫女をベースに、大型禍津『白龍』の遺伝子を配合し、改良に改良をかさね、ようやく試作にこぎ着けました。今までの巫女を凌駕する演算能力に加え――『白色血液』の精製能力まで有しています。それが第四世代。人造神の燃料となる白色血液を、巫女様が生み出す。これで人類は禍津から完全に解放されます。まだ試作段階ですが、はい。完成した暁には――平和な世界が訪れるでしょう」


 人造神の技師は、レイにそう説明していた。

 バックミュージックは、琥珀の悲鳴。

 耳をつんざく、獣のような悲鳴。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」


 琥珀は絞られていた。

 文字通り。

 比喩ではなく。

 雑巾のように。

 絞られていた。


「お喜び下さい。琥珀型の巫女様は、自らが白色血液を生み出すのです。つまり永久機関に等しい。ご覧なさい。あの再生力を! 絞ったそばから元に戻っていく……ああ、人類の夜明け! 今はまだ試作品ゆえに洗脳が緩く、苦痛に対する耐性がありませんが……二号機は万全です。二号機は絞られながら、同時に演算も行ないますぞ」


 そう、技師は自慢げに語る。

 ガラスの向こうで機械に繋がれ、手首と足首を逆方向に回されて、絞られる琥珀を前にして。嬉々として己の業績を誇っていた。


「琥珀型の巫女様がいれば、前人未踏の白の大陸(アルビオン)を制覇することも叶いましょう! 遺跡(、、)の記述いわく、あそこには白銀結晶という白色血液の塊があるそうです。それが手に入れば、帝國の覇権は千年に渡って盤石なものとなります。ああ素晴らしい! 科学者としても帝國民としても誇らしい!」


 説明なんて、全然、聞こえない。


 聞こえるのは――


 ブチブチ。ブチブチブチブチ。

 肉が千切れる音。

 破裂した琥珀の体から、血液が噴き出した。


 白色の血液。

 それは人造神の燃料となって人類に貢献する。


 ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ。


 遺伝子操作によって獲得した、脅威の再生力が琥珀を蘇らせる。

 琥珀の口に差し込まれたパイプから、ドロドロしたタンパク質のヘドロが流し込まれる。それを元に、琥珀の細胞が、琥珀の意志を無視して、ぶっ壊れた体を再生させていく。


 もう一度上がる悲鳴。

 何度でも上がる悲鳴。


 耳を塞いでも、目を閉じても、レイが楽になるだけ。

 琥珀の苦痛はそこにある。


 これが第四世代巫女。

 人類の夢。

 禍津なしの人造神。

 これで世界は平和になる。


 ――

 ――――

 ――――――――


 どうやって屋敷まで帰ったのか、記憶がない。

 ふと気が付けば、夜。

 腕の中には、泣きじゃくる琥珀がいる。


「嫌なの……もう嫌なの……! あんなのは……嫌! 私、巫女なのに……悪い子です……でも、耐えられない! 死にたい死にたい死にたい! 死にたいのに死ねないの! 体が勝手に再生するの! ねえレイ、助けてください。殺して下さい! 私はもう…………停止したいのっ!」


 超、再生、能力!

 それは禍津の力!

 ああ、確かにレイも、それに手を焼いた!


 それが何十倍にも高められ、少女に搭載され、人造神の部品になっている!


 大局的に見れば、理想のユニット。

 誰もが夢に描いた永久機関。

 少女を絞るだけで燃料が『無限』に湧いてくる『夢幻』の装置。


 ――くそったれ! ふざけないで!


 今まで何度、琥珀を人造神に送り出した?

 何度、帰ってきた彼女を何も知らずに受け止めた?


 あれが人のやることか。

 ああまでしなければ帝國は生存できないとすれば。

 こんな小さな子を犠牲にしてまで繁栄したいのだとすれば。


 ――帝國など滅びてしまえばいい。


「逃げましょう、琥珀様」


 やっと分かった。

 何のために自分が強くなりたかったか。


 復讐のためではない。

 好きな男を越えるのも、今は二の次。


 守るために――力なき弱き人々を守るために強くなりたいと、そう思っていたのではなかったか?


 ――ねえ、そうでしょうクライヴ。私たちは元をただせばそうだった。復讐心は、オマケだった!

「あなたをお守りすると、出会ったその日に私は言いました。行きましょう。遠くに。私を頼って下さい、信じて下さい。守らせて、下さい……!」


 帝國を敵に回しても。

 祖国を裏切っても。

 私はこの子を守るの――。


 卑怯者と言われてもいいから、ねえ、お願い、クライヴ――どうか力を貸して――。

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