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08 焔 零

 禍津の撃墜数、十四。

 これは焔レイが帝國軍輝士団に入団してからの二年間に打ち立てた数字であり、帝國がこの二年間に撃墜した禍津の約二割に相当する数である。


 天才にして英雄。

 華麗であり聡明。

『紅蓮花』の二つ名を持つレイは、帝國の守護者として祭り上げられた。


 しかしレイ本人は、周りからの評価にあまり感心を払っていなかった。

 メディアの取材は最低限に。

 届いたファンレターは段ボールに入れたまま。

 同僚からの求愛は完全に無視。


 明け暮れるのは、絶え間ない努力。

 目指す背中は、クライヴ・ケーニッグゼグ。


 立つ場所は最前線。

 身にまとうのは輝士の制服。

 手に持つのは鋼鉄の刀。

 灮輝力を炎に変えて、ひたすらに禍津を伐つ。


 かつて父もそうしていた。

 かつて父も輝士団だった。

 そして四年前、帝國を守って帰らぬ人となった。


 ゆえに焔レイは〝復讐〟のために戦う。

 しかし、その復讐は、いったい誰に向けたもの?


 父を殺した禍津が憎い。ああ、これは確かだ。絶対に許さない。

 けれども――

 本当は、父がいなくなって少しホッとした自分がいたのだ。


 幼い頃から、強者になれと言われて育った。

 幼い頃から、輝士になれと言われて育った。

 幼い頃から、帝國を守れと言われて育った。


 そのための父の手ほどきは、三歳のときから始まる。

 まだ読み書きもこれからという幼子に、父は輝士団の立場を利用して人造神のアカウントを発行させた。

 身の丈より遥かに大きい刀を娘に持たせ、光輝発動者なら持てるはずと怒声を飛ばす。

 レイの涙に、父を止める効果はなかった。

 

 剣を手に持ち――特訓特訓特訓特訓特訓特訓特訓特訓特訓。

 父を相手取り――研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽研鑽。

 人造神と接続――灮輝力灮輝力灮輝力灮輝力灮輝力灮輝力。


 レイの父親は、自分の娘を『零』という人格ではなく、焔家の跡取りとして認識していた。そういう認識しか持てない人間だった。


 怖い人。厳しい人。

 強い人。正しい人。

 それが焔家の当主『零路』という人。


「よいか零。焔家の人間に自我は不要である。焔家は代々、武者の家系。その血を、肉を、魂を、己の全てを帝國にささげるのが定め。無となれ。零となれ。燃え尽きるそのときまで滅私奉公。これぞ焔の生き様よ」


 レイはその価値観しか教えてもらえなかった。

 苦しくても逃げ出せなかった。だってそれしか知らないから。


 ――私は努力した。

 ――私は強い。

 ――私は帝國のために燃え尽きる。

 ――それが私、焔零。


 その価値観が、今から五年前、突如として木っ端微塵にされた。

 一撃で――

 焔零を一撃で倒した、彼。

 それは神威学園に入学してから一週間が過ぎた頃。

 授業の一環として行なわれた試合で、完膚無きまでに私を倒した、彼。


 名門『焔家』と、どこかの外国から来た『田舎者』の対戦。

 誰もが結果を予想していた。

 強いというのはどういうものか――灮輝発動者とはどんなものか――帝國に尽くすとはどういうことか――皆に教えてあげるつもりだったのに。皆も見たがっていたのに。


 なのに、一撃で敗れた。

 彼。クライヴ・ケーニッグゼグに。


 闘技場で尻餅をつき、唖然とする零に彼は手を伸ばして言った。

「受け身をとったか。凄いな。君は俺が出会った中で一番強い。焔レイ」

 なんて、いけしゃあしゃあと。


 ああ、なんてムカつく男。

 ムカムカムカムカ。

 ぷんすか。


 絶対に倒す。


 だから百回挑んだ。

 そして百回負けた。


 それでも戦う。腹が立つから。並び立ちたいから。認めて欲しいから。

 ――好きになってしまったから。


 滅私奉公って何だっけ?

 無我……?

 はて、何のことやら忘れてしまった。もう思い出せない。


 もう零じゃなくなった。

 レイ。

 自我を持った焔レイ。


 そして入学から一年が過ぎた、あの日。

 父の訃報が届いた、あの日。


 当然、泣いた。部屋に閉じこもって泣いた。

 誰にも涙を見せたくない。

 先生にも友達にもクライヴにも。


 けど、本当に悲しかった?

 実は、安心していたかも?


 だってレイはもう、父についていけない。共感できない。

 滅私奉公より強いものがあると知ってしまったから。

 それは〝恋〟――恋の魔法。

 あの人に追いつきたい。クライヴと並んで戦いたい。

 その想いが深まるにつれ、強さへの欲求は桁違いになっていく。


 自分を縛っていた焔家の呪縛がこれで消えたと、父の死を歓迎すらしていたのではないかという疑惑。

 しかし、クライヴが神威學園を去り、その一年後にレイも飛び級で卒業し、輝士団に入ってから――。

 焔レイは再び焔零に戻りつつあった。


 襲いかかる怪物、禍津。

 逃げ惑う人々。破壊される家屋。

 真っ二つにされる軍艦。突破される防衛線。


 守らなきゃ。護らなきゃ。

 私が強くなって、無我になって、滅私して、倒さなきゃ。


 そうしてレイは英雄と呼ばれた。

 クライヴのいない帝國で、レイより強い者は誰もいなかった。


 レイ? 零?


 変ね――〝恋〟してたはずなのに。

 いつの間にか――〝國〟のため戦ってる。


 今でもクライヴの背中、追いかけているつもりだけど。

 あれ? どんな背中だったかな?


 少しずつレイが零に戻っていく日々の中。

 出会った。


 銀髪の、赤瞳の、少女。

 新型の、試作の、巫女。


 琥珀に出会った。

SFのつもりで書いていましたが、あまりSFっぽくないのでジャンルを冒険に変えました

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