76 大団円。クライヴよ永遠に――
クライヴはソファーの空いている場所に腰掛けた。
大きなソファーなのでまだまだ余裕があるのに、コルベットは当然という顔でその後ろに立ち、いかにも従者ですという雰囲気を演出しだす。
どうやら当人が趣味でやっているらしいので、クライヴもソファーを進めることはしない。好きにすればいいいのだ。
「実は白の大陸から回収してきたアークの遺物や、世界各地にある遺跡の情報を分析していたのです。学術的な宝の山ですから」
そう語りながら、テーブルの上にあったクッキーを口に入れる。
既製品の味ではない。しかし、どこかで食べたことがある味だ。
「……これはレイが作ったのか?」
「そ、そうだけど……どうして分かったの?」
「いや。学園にいたときに、一度ご馳走になったことがあるからな。似た味だったから」
「覚えていてくれたのね……!」
レイはとても嬉しそうに目を輝かせる。
するとミュウレアが目を細め、不機嫌そうな声を出した。
「ふん。お菓子作りで女子力アピールとは小生意気な。妾だってクッキーくらい作れるぞ!」
「べ、別にそういうつもりで作ったんじゃないわ!」
「はいはい。ニートの言い訳は見苦しいな。それで何が分かったんだ、クライヴ?」
まだ言い足りなさそうなレイを遮って、ミュウレアが話を本題に戻した。
自分で煽っておきながら相手をしないとは酷い行いだ。しかしクライヴも早く本題を語りたかったので、可哀想だがレイには我慢してもらう。
「アークの歴史やら技術やら。一番興味深かったのは、禍津の正体にかんする考察ですね」
「禍津の正体? あれは宇宙からきた怪獣なんだろ?」
「宇宙から来たのは確かですし。怪獣と呼びたいなら別にそれは構いません。問題なのは、禍津の目的です」
クライヴが真面目に話しているというのに、ミュウレアは足元にいたクロちゃんを持ち上げ、がおーとポーズをとらせて怪獣ごっこを始めてしまった。
だが、誰も反応しなかった上、ひどく迷惑そうに「うにゃーん!」と鳴かれたので、しゅんとしてクロちゃんを床に降ろした。
「殿下、大丈夫ですか……?」
「ああ、妾はへこたれない。話を続けてくれ……」
「はぁ……それで、どうやら禍津は、高度な科学文明を狙って攻撃してくるらしいのです。アークの記録によると、発達した都市部ばかりが攻撃され、自給自足的な生活を送る田舎はほとんど無視されていた。禍津は別に人間を捕食しているわけではないので、人口密集地を襲う理由がない。それでも一心不乱に都市部に進撃してきた、と」
「え、でも、クライヴ。禍津って人間以外も攻撃するじゃない? 昔はそうじゃなかったの?」
レイが首を捻った。
彼女は朧帝國の輝士として最前線で禍津と戦ってきたのだ。
誰よりも禍津の獰猛さを知っている。
だからこその疑問だろう。
「いや、アークの時代も禍津はあらゆる生物を攻撃した。しかしそれは遭遇した場合であって、自分のほうから積極的に近づきはしなかった。今も同じだろう? 禍津の進撃は、おおむね都市部に限られている」
「言われてみれば、確かにそうね。科学文明しか狙わない……農村とかが襲われたって話、あんまり聞かないもんね。あったとしても小型の禍津ばっかりで。艦隊とかが襲われるのも科学文明だからか……」
「あと、文明の発達とともに禍津の襲来が増えているという現象にも説明がつくなぁ。倒すにたる科学文明になったというわけだ」
と、ミュウレアがしたり顔で言う。
事実、禍津が本気になって襲ってきていたら、人類は石器時代で絶滅していたはずだ。
そうならなかったのは、禍津が手加減していたからなのだが、ではなぜ手加減してくれたのか。
その理由は今まで何度も議論されてきたが、推測ばかりで結論は出なかった。
「まあ、これもアークの推測ですけどね。そして、ここからは推測というより妄想の類いになりますが。禍津というのは、どこか別の星から送り込まれた生物兵器ではないかとアークたちは考えていたようです」
「科学文明だけを狙う生物兵器かぁ。自分たちの星を脅かすような科学文明がよその星で育つ前に潰してしまおうという、SFによく出てくるあれか?」
「それです。アークは脅威だから攻撃された。そして人類も人造神を手に入れた辺りから本格的に禍津に攻撃されるようになった。証拠はありませんが、辻褄は合います」
なるほどなぁ、と全員が頷いた。
よりよい暮らしを求めて科学を発展させたことにより、敵を増やし生存を危うくしてしまったのだ。皮肉な話といえる。
もっとも、それが分かっていたところで、科学の発展は止められなかった。
そして既に禍津の脅威は去った。
まだ少数の禍津が残っているらしいが、白銀結晶がなくなった今、新たな禍津が生まれることはない。
しかし。禍津に狙われるような科学文明のある星は、何もこの星だけとは限らない。
白銀結晶と禍津を送り込んできた星は、おそらく宇宙全土に無差別にばらまいたのだろう。
となれば、第二、第三の白銀結晶がやってくる可能性がある。
このまま文明が発達していけば、その確率は増大していく。
今ならどんな敵が来ようともクライヴが倒す。
しかし、それが百年後、二百年後だったら――。
「うーむ、そのときに備えて、やはりクライヴの血は出来るだけ沢山残しておかないとな! ハーレムもやむを得ないか!」
「姫様。急に何を言い出すのです?」
「いやいや。お前は普通にしていろ。あとはこっちで何とかするから。な、お前ら」
などと意味不明なことを言いながら、ミュウレアは女子たちに目配せした。
琥珀とレイは赤くなってうつむく。
何故に赤くなるのか。女子の考えることは分からない。
「なぁコルベット。お前なら分かるのか?」
振り返り、後ろに立つアンドロイドに尋ねてみる。
しかし彼女は不機嫌そうにしていた。
「我には関係ないのでアル」
コルベットはクライヴから視線を逸らし、見て分かるほど頬を膨らませていた。
これは珍しい。かなり腹を立てている。
「あはは。すまんなコルベット。こればっかりは仕方がない。クライヴに頼んで、そういう機能をつけてもらうんだな」
「うむ。それもそうだ。というわけで主様。赤ちゃんを産みたイ」
「は?」
唐突極まるコルベットの台詞に、クライヴは硬直した。
彼女のAIが狂ったのかと思ったほどだ。
しかし、周りの女子たちは当然という顔で頷いている。
どうやら分からないのはクライヴだけのようだ。
「産みたいのでアル!」
コルベットはクライヴの肩を掴み、ガクガクと前後に揺らしてくる。
なぜ彼女がこうも必死なのか分からないし、おそらくクライヴの技術でもアンドロイドに人間の子を産ませるのは無理だろう。今のところは。
「おいおい、コルベット。ちょっと強引すぎるぞ。お前も乙女なんだから、もう少し恥じらえよ」
「……はっ! 我としたことガ。主様、申し訳ないのでアル!」
ミュウレアの一言で正気になったコルベットは、クライヴを突き飛ばした。
するとソファーが後ろに倒れてしまう。
クライヴは面倒なので、ソファーと一緒に床に転がった。
たったそれだけのことなのに、コルベットは青ざめ、この世の終わりのような表情でクライヴを抱き起こす。
「主様! ああ、我は何ということをしてしまったのだ。メイドとして失格なのでアル。腹を斬って詫びるしカ……」
「お前の腹はちょっとやそっとじゃ斬れないぞ。別に怪我もしていないから気にするな。というか、斬られたら困る。お前の体を作るのにいくらかかったと思っているんだ」
「そ、そうであっタ! 我の体は主様のもの。それを主様の許可なく傷つけるなど言語道断!」
「まあ……そういうことだ……」
いちいち言うことが大げさだ。
レイやミュウレアと話しているときはそうでもないのに、なぜかクライヴと話すとこうなるのだ。不思議な現象である。
「ところで皆さん。せっかくこうして集まったんですから、どこかに遊びに行きませんか? 天気もいいことですし。どうせなら他の巫女たちも誘って……」
「流石は琥珀様! いいアイデアです!」
「妾の運転でドライブとかどうだ? 昔のレシプロエンジンを改造して二千馬力にしたんだ」
「ミュウレア殿の運転は安全が保証されていないので駄目でアル」
と、少女たちが楽しげに今日の計画をたてていた、そのとき。
海の方から、轟音が鳴り響いた。続いて地響き。
まるで空の彼方から巨大な物体が落ちてきたかのような衝撃だった。
「お、おお!? 何だ、この音は!」
「主様、あれを見るのでアル!」
コルベットが窓の外を指差す。
その先には、天高く伸びる結晶体があった。
全長は約千メトロン。
表面はきらびやかで、研ぎ澄まされた刃のようだ。
かつて白の大陸で見たのと全く同じ物体。
すなわち白銀結晶が、ケーニッグゼグ領の海に突き刺さっていた。
「ちょ、ちょっとクライヴ。あれって、もしかして……」
「ああ。人類を、というより、俺を狙って来たのだろうな」
遅かれ早かれこうなるとは思っていたが、まさか今日来るとは思わなかった。
しかし、問題ない。
いますぐ破壊する。
「琥珀。すまないが血を一滴分けてくれ」
「は、はい! 一滴と言わず、いくらでもぺろぺろしてください!」
「いや、一滴でいい……」
「そうですか……」
そしてクライヴは胸に手を当て、あの言葉を口にする。
ありとあらゆるものを滅する、神すらを超えた人の力を。
神滅兵装――起動――
完結です。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!
クライヴさんの物語は終わりですが、皆さんもピンチの時は
「神滅兵装――起動――」
と心の中で呟いてみましょう。
きっと強くなれます!




