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75 パクス・クライヴ

 そして半年が過ぎた。


 帝都が崩壊した上、皇帝が死んだことにより、朧帝國は内戦状態に突入していた。

 皇帝家の血を引く者たちが複数の勢力に分かれて戦っているらしい。

 また、あちこちから独立を宣言する声も上がっていた。


 帝國の崩壊は、この星に住まう全ての人々にとって他人事ではない。

 なぜならエネルギーのほぼ全てを、帝國の人造神に依存してるのだ。

 今更、旧来の発電所を動かせと言われても不可能だ。

 しかし今の朧帝國には、人造神をまともに運用する余裕がない。

 つねに人造神を巡って戦いが起きている。

 しかも燃料である白色血液が、今後、供給されないかもしれない。

 なにせ白色血液は禍津の血液だ。

 その禍津の発生源である白銀結晶は、既に失われている。

 無論、白銀結晶が消えても、禍津の生き残りが即座に消滅するわけではない。

 だが、いつかは刈り尽くしてしまう。


 白銀結晶の破片ならば、白色血液よりも遥かに長持ちするらしい。賀琉わいく、禍津なしでも数百年は持つという計算だった。

 もともと朧帝國の目的は、白銀結晶を破壊して禍津を根絶やしにし、地上に平和をもたらし、その上で白銀結晶の欠片を使って覇権を維持するというものである。

 賀琉の乱心によりご破算になったが、今からでは遅くない。誰かが白銀結晶の破片を取りに行けばいいのだ。

 問題は、内戦にあけくれる朧帝國に、白の大陸(アルビオン)まで行く余裕のあるものがいないということだ。


 ゆえに一時期、エネルギー供給が非常に不安定になっていた。

 だが、今は安定した灮輝力が全世界に行き渡っている。

 帝國の内戦が終わったわけでもないのに、不思議な話だ――と誰もが首を捻った。

 もっとも、人造神で何が起きたのかを確かめるため、紛争地帯と化した帝都に行く物好きはいない。

 まあ、いつか誰かが説明してくれるだろう――。

 そんな調子で、世界は回っている。



 そしてミュウレアたちは答えを知っていた。

 クライヴのせいなのだ。

 彼が神滅兵装を改造し、勝手に全世界に灮輝力を送っている。

 つまり今現在、この地上の全てのエネルギーをクライヴという個人が賄っているということになる。


「まったく、クライヴがクライヴるのはいつものことだが、それにしたって凄まじい。このままだと世界はクライヴに支配されてしまうぞ!」


 ミュウレアは、クライヴの家のソファーに寝転びながら叫んでみた。

 すると一緒に座り、お菓子を食べている琥珀が呆れた声で呟く。


「もう支配されているような気がしますけど……」


「にゃーん」


 ついでにクロちゃんも鳴いていた。


「クライヴると言えば、やっぱり人造神が破壊されそうになったときが一番凄かったですね。私、あのときばかりはもう駄目だと思いました」


 そしてレイは、あのとき(、、、、)のことを話題にした。

 アークの最終兵器が人造神へトドメの一撃を放とうとした瞬間。

 あの場にいた全員が諦めていた刹那。

 クライヴが、こともあろうに空間を切り裂いて現われ、即座に戦いを終わらせてしまった。

 あれはもう、笑うしかない。


「たしかに、あのときのクライヴさんは過去最高に格好良かったです! もうしびれちゃいました!」


「ですよねですよね! クライヴるのもほどほどにして欲しいものですよ。こっちの体が保ちません」


 琥珀とレイは、好きなアイドルでも語るような熱狂的な声を出す。

 実際、ここのいる者にとってクライヴはアイドルだ。

 ただし、手に届く範囲にいるアイドルである。

 誰が彼を攻略するか、それは競走だ。


「ところで琥珀。他の巫女は元気にしているのか?」


「はい。新しい環境に戸惑っているようですが、かなり慣れてきたみたいです」


「そうか。妾も遊びに行こうかな」


「ミュウレア、先週も遊びに来ていませんでした?」


「毎日でもいいぞ」


 大勢いた巫女たちは、帝都の崩壊とともに、そのほとんどが失われてしまった。

 しかし人造神の内部にいた三人はクライヴによって救助され、今はガヤルド王国ケーニッグゼグ領で、琥珀とともに暮らしている。


 彼女らは『人造神の制御』というたった一つの目的のために作られた存在だ。その役目を失い、自由を得ても、どうしていいのか巫女たちは分からなかったらしい。

 しかし元気な琥珀と過ごし、おまけにミュウレアがちょくちょく押しかけているので、巫女たちもかなり明るくなってきた。


「殿下……巫女様たちと遊んでくれるのはありがたいのですが、無茶はやめてくださいよ。こないだもスポーツカーで信じられない速度で爆走して……」


「なんだよぅ。あいつら凄く喜んでくれたぞ。時速三百キロくらいだしたな。ぶいえいと!」


 ミュウレアは両手の指を使ってV8エンジンの形を作る。

 すると琥珀も一緒に「ぶいえいと!」と真似してくれた。ノリのいい奴である。


「あのですね! 私はクライヴから、巫女様たちの護衛役を任されているんです! あまり危ないことをしないでください!」


「護衛といっても、ケーニッグゼグ領は世界で一番治安のいい場所じゃないか。護衛なんかいらないだろ。自宅警備員みたいなもんだ。やーい、ニート!」


「ぐぬぬ……言い返したいけど言い返せないわ……!」


 事実、レイは朝から晩まで巫女たちと仲良く過ごしているだけだ。

 琥珀に加えて、愛らしい巫女が三人もいるのだから、もはや楽園であろう。

 そんな生活を送るだけでクライヴから給料をもらえるのだから、羨ましい限りだ。


「ところで、クライヴさんはどうしたんです? 今日は姿を見ていませんけど」


「うん。あいつ、どっかに出かけたらしい。コルベットもいないしな。仕方がないから勝手に上がらせてもらった」


「え、勝手に!? いいんですか……?」


「あいつは公爵で妾は王女だぞ。こっちのほうが偉いんだから、いいに決まっている。それに琥珀だってこうして勝手に上がっているじゃないか」


「だってそれはミュウレアが招き入れてくれたからで……」


「ふぅん? 言い訳をするとは悪い子だな。お仕置きだ!」


「ひゃん! へ、へんなとこ触らないでください!」


「殿下! 何をうらやましいことを!」


「レイ! うらやましいって何ですか!?」


「あ、間違えました。けしからんことをしないでください、殿下!」


「いや、でも。琥珀もまんざらじゃなさそうだぞ。レイも少しくらい触って見ろよ」


「で、では少しだけ……」


「レイ! 見損ないましたよ!」


 などと騒いでいると、そこにクライヴとコルベットが帰って来た。


「……三人とも、人の家で何をしているんだ?」


 クライヴは呆れかえった顔で呟く。

 その後ろに控えるコルベットは、無表情のままジッと見つめてくるだけだ。しかし内心では「アホであるカ」などと思っているに違いない。


「何って……あれだよ。琥珀のおっぱいがまた少し大きくなったみたいだから、どんなもんか触って確かめてたんだよ」


「わ、私は琥珀様の護衛だから! 琥珀様の成長を観察する義務があるのよ!」


「そんな義務はありません!」


 琥珀は頬を膨らませ、ぷんすかと怒っている。

 なんと可愛らしい。

 しかし、胸がすくすく成長しているのは許しがたい。

 今度、一緒にお風呂に入ったときに、ちゅーちゅー吸い取ってやろうとミュウレアは企む。


「ところでクライヴ。あなたどこに行っていたの?」


「巫女たちの家だ。解析を手伝って欲しいことがあってな」


「へぇ。じゃあ私たちとは行き違いだったのね……」


 レイは残念そうに呟いた。

 行き違いにならなければミュウレア抜きでクライヴと会えたのに、と考えているのだろう。こいつもあとでお仕置きだ、とミュウレアは記憶しておく。


「しかしクライヴ。解析を巫女に手伝わせるということは、よほど膨大なデータなんだな。大抵のものはお前とコルベットがいれば十分だろ」


 ミュウレアがそう尋ねると、今まで無言だったコルベットが口を開く。


「その通リ。我一人で十分だと言ったのダ。なのに主様は……」


 コルベットは不満たらたらの様子だ。

 アンドロイドのくせに制作者の方針に口を出すとは悪い奴。これもお仕置き案件だ。


「コルベット。お前の性能は俺が保証するが、それでも時間がかかる。それに、他人と一緒に演算するというのも楽しかっただろ?」


「うむ……確かニ」


 頷いたコルベットは少し照れくさそうだった。

 完成したばかりの頃からは想像も出来ないほど感情が豊かだ。


「で、何を解析してきたんだ? 妾が大きくなれる薬の成分か?」


「いや。それは何をやっても無理だと思います」


「クライヴ! 少しは夢をみさせてくれよぉ!」


 にべもなく否定され、ミュウレアは本気で泣きそうになった。

 冗談めかしているが、真剣に悩んでいるのだ。

 背はともかくとして、胸は死活問題である。

 将来、クライヴの子を産んだとき、ちゃんと母乳を出せないかもしれないではないか。

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