74 当然の結末
賀琉はゴッドレイの次元回廊機関の出力を上げていく。
次の一撃で人造神を破壊する。
中にいる連中は無論のこと消滅だ。
一欠片も残さない。
強大な力を使って他者を蹂躙するという行いに、賀琉は今、至福を感じている。
それはアークの影響なのか。あるいは賀琉自身の内から沸くものなのか。
分からない。
しかし、賀琉は如月愛華と同じ衝動によって動いているのだ。
圧倒的暴力とは、こうまでも素晴らしかったのかと感動を覚える。
「この星の先住民アークよ。この力をくれた礼だ。お前たちの望みを叶えてやる。人類を滅ぼしてやるぞ。そして余は愛華を求めて宇宙に行く。宇宙になければ別次元へと。余は愛するの者を諦めたりしないのだ!」
かつてない高揚感だ。
人造神の屋上で絶望し膝を付いている少女たちの姿も心地好い。
次の一撃は、何をどうやっても防げないと彼女らは察してしまったのだ。
いまやゴッドレイが溜め込んだエネルギー量は、人造神の最大出力の五倍以上。つまり、全人類が消費するエネルギーの五倍以上ということだ。
それをこれから解き放つ。
奇跡が起きたとしても、助からない。
祈っても無駄。
彼女らが縋るものなど、どこにもないのだ。
と、賀琉が興奮の絶頂に昇っていた、そのとき。
声が聞こえた。
「次元回廊――展開――」
人造神の上にいた少女たちの表情が輝いた。
無敵となったはずの賀琉に悪寒が走った。
そして何もない空間がひび割れて、蒼く輝く刃が伸びた。
「神滅兵装――起動――」
刃はそのまま振り下ろされ。
空間、切り裂いて。
空いた穴から現われたのは、あの男。
次元回廊に飲み込まれ、この世界から消失したはずの、クライヴ・ケーニッグゼグ。
それが人造神を守るように、空中に立っている。
「すまんな、皆。少し遅れた」
――そんな馬鹿な。
賀琉が愕然とした次の瞬間、ゴッドレイが膨大な量の警告を放ってきた。
攻撃される、のではなく。もう攻撃されていた。
ゴッドレイのセンサーですら追うことが出来ない速度で光の刃が振り下ろされ、深々と斬られていた。
船体の三分の一ほどが地上に墜ちていく。
いまやゴッドレイは円盤とは呼べない姿だ。
「馬鹿な……馬鹿な! このゴッドレイのシールドと装甲を切り裂いたというのか!? 帝都防衛システムの集中砲火でも無傷だったというのに! いや、そもそも何故ここにいるのだクライヴ・ケーニッグゼグ! お前は異次元に行ったはずだ!」
「ああ、そうだ。確かに不覚をとった。おかげで戻ってくるのに時間がかかった。しかし、次元回廊の開き方は、飲み込まれるときに見て覚えた。幸いにも俺の胸には神滅兵装が埋め込まれている。異次元空間であってもエネルギー源に困らない。そして今や、次元回廊機関を模倣することも出来るぞ」
何を言っているのだこいつは。
次元回廊の開き方を見て覚えた?
異次元空間でも困らない?
次元回廊機関を模倣する?
そんな馬鹿げた理屈が通って良い訳がない。
「貴様それでも人間かッ!」
「失敬な。れっきとした人間だ」
クライヴは断言し、二本目の刃を作り出す。
「お前がどんな野望を持っているのか知らないが、正直、興味がないのでな。これ以上の問答は時間の無駄だ。死ね――」
「ふざけるなァァッ!」
賀琉は狂ったように雄叫びを上げ、ゴッドレイの残った機能をフルに使い、次元回廊機関が生んだエネルギーをクライヴへと叩き付ける。
だが、嘘のように掻き消された。
振り払うことすらされなかった。
ただクライヴが一睨みしただけで、超古代文明の技術が無力化される。
そして、彼の左右の手に握られた光の剣は、剣舞のようにきらめいて。
アークが残した最終兵器へと無慈悲に襲いかかる。
灮輝力で生成された二本の剣から放たれる、無双にして無敵の剣。
絶技としか言いようのない剣術の極み。
次々と放たれる斬撃の数々は、速すぎて同時に打たれたようにしか見えないほど。
人間でも機械でも知覚できない間隙に放たれるその技名は――。
「涅槃寂静・百八連斬」
それは終わりを告げる言葉。
ゴッドレイは木っ端微塵になり、たんなる破片と化し、帝都の瓦礫に混じっていく。
となれば当然、ゴッドレイと融合している賀琉もまた、死ぬしかなかった。
消えてなるものか。そう強く思っても、足掻くことすら叶わない。
船体が消え、動力も消え、あとはコンピュータが地上に落ちてバラバラになるのを待つばかり。
そんなわずかな猶予の中。
「陛下。私は愛華様になることは出来なかったが、最後まで一緒にいるよ」
翡翠の囁きが聞こえ、ふと温もりのような感覚が賀琉をつつんだ。
全く何の慰めにもなっていない。
賀琉が欲しいのは愛華なのだ。
この星を、宇宙そのものを犠牲にしてでも愛華を取り戻す。
消えてなるものか。
必ず帰って来てやるぞ。
そんな怨念を撒き散らし、賀琉の意識は消滅していった。




