表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/76

73 如月愛華

 賀琉はアークからの侵食に晒されながらも、かろうじて自我を保っていた。

 そして、恐るべき密度の負の感情に支配されていた。


 怒りと憎しみと悲しみと怨みと恐れと焦りとが渦巻いて溢れ出し、全世界に放つ。


 なにせ見つからなかったのだ。

 ここに来るまでのあいだ、この最終兵器『ゴッドレイ』を完全にスキャンしたのだ。

 翡翠と協力して、幾度も幾度もスキャンし直した。

 そして結論。

 ――アークですら死者蘇生の領域には達していなかった。


 ゆえに滅びよ。

〝あの人〟がいない世界に価値などない。


 そのあまりにも極端な思考の流れに、賀琉は自分でも異常だと気付いていた。

 おそらくアークの干渉を受けている。

 だが、抗おうという気にならない。

 人類を滅ぼしたいというのがアークの意志だとしても、滅んでもいいと思っているのは賀琉の意志だった。


 実のところ、今までも不安になったことはあった。

 なにせ、死者蘇生である。

 夢物語の筆頭とすらいえる願いだ。

 本気で目指すなど狂人の戯言。


 それでも賀琉は、兄弟を殺して皇帝の座を勝ち取り、遺跡の技術で延命し、今まで生きてきた。

 朧帝國の力を使い、ここまで辿り着いた。

 辿り着いた先には何もなかった。

 超古代文明以外に縋るものなど存在しない。よって、ここが終点。


 あとは嘆き悲しむことしか出来ない。

〝あの人〟が亡くなったときと同じ絶望が駆け巡る。

 こんな想いを味わいたくて人生を賭けてきたわけではなかった。

 これなら最初から諦めていればよかったのだ。

 無論、諦めるなど不可能だからこそこうなったのだが。



 そもそも賀琉があの人――如月愛華という少女と出会ったのは十二歳の頃。もう七十年も前のことだ。

 彼女は朧帝國の敵だった。

 かつて朧帝國に敗北し併合された如月王国。その王家の血を引く彼女は、帝國からの独立を目指す勢力に担ぎ上げられ、先陣を切って戦っていた。

 まだ人造神がなかった時代だ。

 ゆえに灮輝発動者もいない。

 戦場の主役は鉄と火薬であり、そこに個人の武が入り込む余地がなかった。

 だというのに、如月愛華は武人であった。

 当時、十歳という若さでありながら、刀を握りしめ最前線へ単騎で殴り込むという非常識な存在だった。


 弾丸を目視してから回避した。機銃掃射をかいくぐって戦車に接敵してハッチをこじ開けた。毒ガスが効かなかった。

 数々の逸話が流れ、その全てが荒唐無稽。

 しかし、それを事実と認めなければ、如月軍の快進撃を説明できない。


 如月愛華は人の姿をしているが、人ではないらしい。

 そんな話まで出てくる始末。

 今にして思えば、クライヴ・ケーニッグゼグと同種の存在だったのだろう。

 生まれてくる世界を間違ってしまったような、明らかにズレた力。

 それをぶつける対象を求めて、彼女は戦場をさまよっていた。

 朧帝國の兵士を殴殺するとき、如月愛華は心底楽しそうに笑っていたらしい。


 賀琉もその笑顔を見たことがある。

 学校に向かう途中、乗っている車を彼女に襲撃され、誘拐されたのだ。

 車両が刀で両断された。護衛の首が飛んだ。

 賀琉は震える手で、護身用に持っていた小型拳銃で彼女を撃った。

 すると彼女は弾丸を歯で噛み砕いてしまった。


 ――ああ、噂どおり、人間ではない。


 幼かった賀琉はガタガタと震えながらも、その圧倒的な姿に見とれていた。

 巫女装束に千早を羽織り、美しい銀髪をなびかせ、返り血を浴びながらも愉快そうに笑う彼女は可憐だった。


 そして賀琉は如月愛華によって連れ去られ、ていのいい人質として使われた。

 なにせ賀琉は当時の皇帝の息子だ。

 一般市民が万単位で人質にされたよりも深刻だ。


 如月軍は賀琉の命を盾に、如月王国の独立を要求する。

 無論、帝國がそんなものを飲むわけがなかった。

 皇帝は悩み抜いたすえ、賀琉が死んでもいいから如月軍を撃てと命令を下した。


 少し考えれば分かりそうな結論だ。

 なのに如月軍は分かっていなかった。

 賀琉を人質に取りさえすれば独立できると根拠もなく信じ切っていたので、帝國軍のかつてない規模の大攻勢にパニックに陥った。


 そんな如月軍の大人たちを見て、如月愛華はケラケラと笑う。


「愚かしい連中だろう? 我が同志ながら情けない。お前に人質としての価値がないなら、見せしめのために殺せと言っている者もいる。そんなことをすれば、帝國の怒りをますます買うばかりなのにな」


 如月愛華は、賀琉が閉じ込められている部屋に、ちょくちょく顔を出していた。

 特に用件はなかった。ただ雑談をして帰るだけ。

 賀琉は不思議に思ったが、思えば自分と彼女は同年代。

 鬼神たる如月愛華も話し相手が欲しかったのかもしれない。


 如月愛華は、いつでも誰にでも殺気を放っていた。

 それは賀琉に対しても同様であり、見つめられると、全身を氷柱で突き刺されたような恐怖が走るのだ。

 なのにどうしてか、賀琉は愛華に会いたくてたまらなかった。


「なあ、賀琉よ。お前は私と話していて楽しそうだな。怖くないのか?」


「……怖いよ。けど楽しいんだ」


「ほう。珍妙な答えだな。一体どういうわけだ?」


「多分……余は君のことが……好きなんだと思う」


 賀琉は真っ直ぐ見つめて言い放った。

 どんな反応が返ってくるのかと興味津々だった。

 失笑されるかもしれない。

 怒り狂った彼女に殴殺されるかもしれない。まあ、それはそれでいい。あの小さくて白い手で殺されるなら、むしろ本望だ。

 そう考えていたのに。


 しかし愛華の反応は想像していたどれでもなかった。


 目を丸く見開き、そして頬を赤くしたのだ。


 あまりにも意外で、可愛くて、賀琉は固まってしまう。

 だが愛華は賀琉にお構いなく、追撃のようにして言葉を紡ぐ。


「そうか。うん、よかった。実は私もお前のことが好きなんだ。自分から言い出すのが照れくさくてな。賀琉が言ってくれて助かった」


 帝國軍はおろか、味方からも恐れられる如月愛華が、照れくさそうにそんなことを言ったのだ。

 もはや賀琉の頭に祖国のことなど一欠片も残っていなかった。

 何でもいいから彼女とずっと一緒にいたい。それしか考えられなかった。


 愛華のおかげかどうか知らないが、賀琉は殺されることなく監禁され続けた。

 度重なる帝國軍の攻勢は全て愛華が押し返しているらしい。

 戦いが終われば血の臭いとともに賀琉のところに遊びに来てくれた。


「なあ賀琉。お前、祖国を愛しているか?」


「……いや。別に」


「そうか。実は私もそうなんだ。正直、如月王国の再建だの独立だのに興味がない」


「意外だな。じゃあ愛華は何のために戦っているんだ?」


「改めて聞かれると答えにくいが……そうだな。私は暴力が好きなんだ。殴り殺すのも斬り殺すのも好きだ。なぜなのか分からないが、生まれたときからそうなんだ。狂っていると言われたら反論できないし、私自身がそう思っている。けどれ、好きなのだから仕方がない。実は賀琉のことも破壊したくてたまらないんだが、我慢しているんだ。お前は殺すよりも、こうして話していたほうが楽しいからな」


「それは光栄だ。大好きな君にそう言ってもらえて嬉しいよ」


「賀琉は女を喜ばせるすべに長けているな。初心な私がそんなことを言われたら、ときめいてしまうじゃないか。心臓がドキドキだ。まぁ、それはさておき。私はさっき言ったように如月王国のことはどうでもいい。けれど権力に興味がないわけでもない」


「それこそ意外だ。権力なんて言葉、如月愛華と結びつかないよ」


「おいおい。これでも私は王家の血を引く身だぞ。私は、私の力でグチャグチャになった死体を見るのが好きだ。それを見て恐怖している者を見るのも好きだ。私の力にひれ伏す人々も大好きだ。私はな。暴力でこの世を支配したい。私の力がどこまで通じるのか試してみたい。逆らう者は皆殺しだ。重税。圧政。独裁。私の思うがままに振る舞いたい。私は赤子を慈悲なく屠れるぞ。完全武装した兵士も素手で千切ってやる。砲撃も爆撃も私を殺せない。誰も私には勝てないのだ」


 如月愛華はとても楽しそうに語っていた。

 まるで獣のような笑みだった。

 賀琉はそんな彼女をじっと見ているのが好きだった。

 彼女に支配されたいと思った。


 如月愛華ならば、いずれ本当に世界を暴力で征服してしまうだろう。

 賀琉は狂信者のようにそう信じていた。


 だが、賀琉が彼女に誘拐されてから半年ほどが経ったある日。

 前触れなく。

 呆気なく。

 如月愛華は倒れた。そして床に伏して二度と起き上がらなかった。


「ああ、うん。ついにこうなったか。いや、実は私。体のあちこちがガンなんだ。あと脳腫瘍もある。まあ、ほとんど全部駄目で、痛くて苦しくて泣きそうだった。気合いで頑張ってきたんだが、ここまでだな。済まないな賀琉。先に逝くぞ」


 それが愛華の最後の言葉になった。

 次の日、息を引き取った。


 愛華を失った如月軍は、今までの活躍が嘘のように敗退し、あっという間に消滅した。

 そして『救助』された賀琉は帝都に戻り、かつてと同じ日常に戻っていく。

 そこに如月愛華はいなかった。


 あの少女は結局のところ、何だったのだろう。

 まるで神に選ばれたとしか思えないほど狂った力。

 そして、それに怖じ気づいた神に殺されたような突然の死。


 運命。定め。摂理。

 何でもいい。糞喰らえだ。抗ってやる。

 必ず如月愛華を生き返らせる。

 そのためなら何だってやる。


 幼少の賀琉はその決意を固め、そして今に到る。

 野望はついえた。

 あとは破壊あるのみだ。


「幸運だったな人類よ。愛華がここにいれば、余のように楽には殺さなかったぞ」


 最終兵器『ゴッドレイ』が次元回廊から組み上げたエネルギーを周囲に撒き散らす。

 ビルが溶ける。

 大地が爆ぜる。

 栄華を誇った朧帝國の帝都が、一瞬で蹂躙させ、原形が残らないほどの廃墟と化した。


 しかし、そんな地獄絵図のような光景の中で、人造神だけは無事だった。


「灮輝力シールド、全開なのです……!」


 スピーカーから聞こえる声は琥珀のものだった。

 そういえば、彼女は帝國を脱走し、ガヤルド王国に組みしていた。

 スティングレイとともに沈めたはずだが、まあ、よい。

 人造神を設計したのは賀琉だ。

 ゆえに、あと一撃でシールドが消し飛ぶと分かっている。


 帝國最強のレイも、ガヤルド王国の王女ミュウレアも、一切合切を灰燼と化す。


「陛下。あなたがそのつもりなら、私はどこまでもついていくぞ」


 翡翠が愛華と同じ声で呟く。

 しかし愛華は絶対にそんなことを言わなかった。

 この地上のどこにも愛華はいないのだ。

 そして愛華を蘇らせる技術も、この地上にはない。


 と、そこまで考えて。

 ふと思い至る。

 地上にないのなら。今の技術で無理なら。超古代文明でも不可能だったなら。

 この星ではない、宇宙のどこかなら。

 あるいは次元回廊を使って別の世界を探せば――。


 そうだ。まだ諦める必要などないのだ。

 賀琉は愛華を諦めない。

 まずはアークの虐殺衝動を沈めるため地上を焼き払い、それからゆっくりと考えよう。

次回予告:クライヴさんが帰ってくるぞい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ