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71 人造神、占拠

 朧帝國の帝都は、間違いなく人類史上最高の大都市だ。

 その人口は約二千万人。

 高さ七百メトロンの人造神を中心に、超高層ビルが立ち並ぶ摩天楼だ。


 皇帝賀琉のもとに世界を支配する、唯一の覇権国家。

 その圧倒的な力は、未来永劫、揺らがない。

 なぜなら世界のエネルギーは灮輝力に依存している。灮輝力を作ることが出来るのは帝國の人造神のみ。

 帝都に住まう者はそれを誇りとし、毎日、人造神を見上げていた。


 しかし今、帝國を揺るがす『敵』が迫っていた。


 それは真紅の円盤だった。

 直径は五キロメトロン以上。

 なにやら三日前、白の大陸(アルビオン)から現われたらしい。

 正体はまるで分からないが、途中にある国を攻撃しながら、帝國にも向かっているという。


 初めのうち、帝國の人間は誰しも気楽に考えていた。

 どんな敵であろうと、帝國軍が蹴散らしてくれる、と。

 他の国は壊滅的な被害を受けたかもしれないが、その国が弱かっただけだ、と。


 ところが人々が知らないところで帝國軍は窮地に追いやられていた。

 まず、白の大陸(アルビオン)を封鎖していた第三艦隊がスティングレイの手で壊滅している。

 残る第一艦隊と第二艦隊で円盤を止めようとしたが、一瞬で沈められてしまった。


 円盤が他の国を攻撃している隙に、第四艦隊から第七艦隊を終結させ、帝國本土の守りを固めた。

 なのに防衛戦は破られた。

 ここに到り、帝國はようやく国民に状況を知らせる。

 帝都から逃げろ、と。

 それが今朝の話。

 色めき立った住人は我先にと逃げ出すが、なにせ人口二千万人の大都市だ。

 道路は渋滞を極め、あらゆる交通機関はパンクした。


 そんなパニック状態だからこそ『人造神の占拠』という大それたことが出来るのだ。


「帝都の中核がこの程度とはがっかり、でアル」


 人造神の警備員の尽くを拳で気絶させ、中核に侵入したのはメイド服を着た少女だった。

 否、少女というのは不正確だ。そもそも人間ではない。

 彼女はクライヴが造ったスティングレイ制御用デバイス。コルベットである。


「おいおいコルベット。もう少し優しくしてやれよ。こいつらも自分の仕事をしているだけなんだから」


 警備員やら技術者を殴り飛ばすコルベットの後ろから、ミュウレアはふざけた口調で言う。もちろん本気ではない。

 状況が状況だ。

 死人が出てもいたしかたない。と、ミュウレアは思っているのだが。


「そうよコルベット。あなたは輝士に匹敵するくらい強いんだから。常人を相手にするときは、もっと手加減しなきゃ!」


「できるだけ痛くしないであげてください!」


 あとからついてきたレイと琥珀が、本気の口調でコルベットに語りかける。


「む? 一応、怪我をさせないようにしているのでアル」


「それならOKです!」


「にゃーん」


 琥珀が満足げに頷くと、その胸に抱きかかえられた黒猫のクロちゃんが呑気な鳴き声を上げる。

 そして琥珀の許可を得たコルベットは、人造神の中枢部へ向けて進んでいく。

 なにせ神滅兵装との繋がりをたたれた今、戦力になるのはアンドロイドのコルベットだけなのだ。

 しかし人造神を占拠すれば、そこから灮輝力を得ることが出来るはずだ。

 戦う手段はそれしかない。


 何とかしてクライヴが帰ってくるまでの時間を稼ぐのだ。

 クライヴがどうなってしまったのか知る手段はないが、彼が死んでしまったなど、どうしても考えられない。

 むしろ、ありえない。

 ここにいる女子全員がクライヴの帰還を信じて疑っていない。

 だから人造神の占拠などという蛮行に手を染めているのだ。


 幸いにも警備は手薄になっていた。

 円盤から逃げるため、職務を放棄したのだろう。


「しかし、スティングレイが円盤に襲われたときは、流石の妾も死ぬかと思ったぞ。いやぁコルベットが機転を利かせてくれて助かった」


「あのときのミュウレア殿下、涙目になって私に抱きついてきて可愛かったですよ。普段生意気な分……ふふふ」


「うるさないな、このニート輝士め! お前だって悲鳴あげてただろ!」


 ミュウレアは照れ隠しに怒鳴るが、実際にあのときは怖かった。

 真紅の円盤から放たれたエネルギー波は、スティングレイの装甲を貫き、ミュウレアたちを蒸発させるはずだった。


 ところが、すんでのところでコルベットが緊急脱出装置を作動させた。

 それによりスティングレイのブリッジが脱出艇に変形し、全員を乗せて海の底へと潜ったのだ。

 おかげで、こうして生きている。


 そして皆の総意のもと、人造神を占拠するため帝都にやって来たのだ。


 そうだ。総意なのだ。

 全員で何度も話し合った。

 もしかしたら駄目かも知れない。それでもクライヴなら来てくれると信じてやるのだ。


「ここが人造神の制御室よ」


 ガラス張りの部屋の前でレイが呟く。

 ガラスの手前には、モニターやらセンサーやら、如何にも制御装置めいた機械が並んでいる。

 ガラスの奥は、床も壁も木の板で覆われ、そして祭壇が建っていた。


 祭壇の前には三人の少女が立ち、祈りを捧げている。

 銀色の髪。白装束に緋袴。

 人造神を制御するための生体ユニット、巫女だ。


 職員やら警備兵が逃げ出し、もぬけの殻に近い人造神だが、彼女らは逃げずに役目を全うしていた。

 そもそも感情を抑制された巫女には、逃げるという発想そのものがないのかもしれない。


「皆さん、お久しぶりです」


 扉を開け制御室に入った琥珀は、開口一番にそう叫ぶ。

 すると巫女たちは祈りを中断し、振り返って怪訝そうな顔を浮かべた。


「琥珀? あなたは確か帝國を逃げ出したはずですが……なぜここに?」


「人造神を占拠するためです。以後、全てのコントロールは私が行ないます。皆さん、お疲れ様でした」


 琥珀にしては珍しい攻撃的な口調だった。

 だが巫女たちは怯むことなく、ただ首を傾げるだけだ。


「承伏しかねます。私たちはここで、最後の瞬間まで人造神の制御を行なうよう命令されています。あなたにそれを止める権限はありません」


 最後の瞬間というのはつまり、あの円盤によって帝都が滅ぼされ、人造神が破壊される瞬間ということ。

 やはり彼女らには、自分の命を守ろうという意志がないらしい。


「はい。権限などありません。よってこれはテロだと思ってください。力尽くです!」


 琥珀は威勢のいい言葉を放つ。

 もっとも、実際に力を振るうのはコルベットだ。

 コルベットは用心棒の如く琥珀の前に立ち、巫女たちをジロリと睨む。


「大人しくこの場を明け渡せバ、痛い思いヲせずに済むゾ」


 安っぽい脅し文句だが、力の差は歴然としている。奇をてらった台詞を使う必要はないのだ。


「確かに……あなたたちがここに侵入した時点で、私たちに勝ち目はありませんが。しかし、聞かせてください。人造神を奪って何をするのですか?」


 巫女の一人が諦めたように肩をすくめ、そう疑問を口にした。


「決まっています! レイとミュウレアに人造神のアカウントを発行するのです。そして……あの円盤と戦います!」


 かつて帝國最強と呼ばれたレイだが、琥珀を連れて脱走したことにより、アカウントを凍結され、人造神との繋がりを経たれてしまった。

 ミュウレアなど、初めから人造神のアカウントを持っていない。

 それでも灮輝発動者としての力を使えていたのは、クライヴの神滅兵装があったからだ。

 しかし、そのクライヴは行方不明であり、神滅兵装からの灮輝力が流れてこない。

 ならば、人造神を奪い、そちらから灮輝力をいただく。


「正気ですか? 私たちも詳しいことは聞かされていませんが、帝國軍ですらその円盤には歯が立たなかったのでしょう? それをあなたたちだけで、一体どうするのです」


 巫女の指摘は至極真っ当なものだった。

 戦う気になっているミュウレアたちがおかしいのである。

 だが、別に死に場所を求めて戦おうとしているのではない。


「ふふん。帝都に引きこもっているお前たちには分からないかもしれないが、この世界にはクライヴ・ケーニッグゼグという男がいるのだ。奴が来るまでの時間を稼ぐことさえ出来たら、妾たちの勝ちだ。それほど分が悪い賭けではないぞ」


 ミュウレアは腰に手を当てて巫女たちに語って聞かせる。

 自然と自慢げな声になってしまった。

 なにせ自分の男の話をしているのだから当然だろう。


 しかし巫女たちからすると説得力ある話ではなかったらしく、怪訝な顔をされてしまった。


「焔レイ。帝國最強の輝士と呼ばれたあなたも同じ考えなのですか? 私たちは確かに戦いの素人ですが、しかし一人の人間がこの状況をひっくり返すという仮定がデタラメだということくらい分かります。プロとしての率直な意見を聞かせてください」


 三人の巫女は視線をレイに移し、真っ直ぐに見つめる。

 するとレイも正面から見つめ返し、そして断言した。


「勝てます。クライヴなら確実に。彼は単騎で帝國を凌駕する男です」


 それは職業軍人の口から出たとは思えない、荒唐無稽な言葉だった。

 クライヴのことを知らない者が聞けば、出来の悪いジョークだと思うだろう。

 しかし、一点の曇りもなく事実なのだ。

 そうでなければ、ミュウレアたちは人造神の占拠などという無茶をせず、一心不乱に逃げていた。


「……なるほど。まだ納得は出来ませんが、どうやら本気のようですね。焔レイにそこまで言わせる男です。私たちも、そのクライヴという方に賭けてみましょう」


「おや? 意外なことを言うな。お前たち、自分の判断でそんなことをしてもいいのか?」


 そうミュウレアが訪ねると。


「最後の瞬間まで人造神を制御しろ、というのが命令です。その最後の瞬間を伸ばしてはならないといは言われていません。どのみち、力に訴えられたら私たち巫女は無力です」


「ふむふむ。妾としても、話し合いで解決できるならそのほうがいい。というわけで、この場は明け渡してもらえるのだな?」


「いえ……」


 巫女はそこで言葉を切り、それから三人で頷き合ってから、改めて言う。


「私たちも手伝いましょう。いくら琥珀が第四世代型とはいえ、人造神を一人で制御するのは辛いはずです。幸いにも白色血液の備蓄は十分。琥珀を絞る必要はありません」


 それは意外な提案だった。

 ミュウレアもレイも琥珀も、きょとんとして固まってしまう。

 変わらないのはコルベットくらいのものだ。

 そして、こちらの反応を見た巫女たちは目を閉じ、心外だという声色で語り始めた。


「あなたがたはどうも巫女のことを誤解しているようですね。感情や自分の意志が全くないと思っているのでしょう? ええ、確かに普通の人に比べたら希薄です。よほどのことがな限り、何も感じません。自分の命にも無頓着です。けれど、これでも帝國と姉妹に対しては情を持っているのです。琥珀、あなたは私たちの妹です。そして今、帝國の危機です。こんなときくらいは自発的に行動させてください」


 続いて残る二人の巫女も口を開く。


「もっとも、あたながたが戸惑うのも分かります」

「なにせ、私たち自身、自分の中にこんな感情が芽生えたことに困惑しているのですから」


 つまりこれは、巫女に本来、備わっていない行動ということか。

 精神を調整されている彼女らが、制作者の意図とは違う行動をとるなど、有り得るのだろうか?

 と、ミュウレアは一瞬悩んだが、コルベットの澄まし顔を見て苦笑した。


 コルベットもスティングレイを制御するために作られたアンドロイドだ。

 最初は感情など持っていなかった。

 それがいつの間にか、クライヴに恋心を抱くくらいの乙女になったのだ。

 機械であるコルベットが成長するのだから、生身の巫女たちに同じことが起きても、不思議ではない。


「よーし。それじゃあ、ここはお前たち四人に任せる! 琥珀、仲良くやるんだぞ」


「は、はい! えっと皆さん、よろしくお願いします!」


 琥珀は三人の巫女に深々と頭を下げた。

 それを見た彼女らが、かすかに微笑んだように見えた。気のせいだろうか。

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