70 ゴッドレイ
賀琉は天空から全てを見下す。
ピラミッドの地下からこの最終兵器『ゴッドレイ』を解き放ってから、まだ半時間も経っていない。
よって賀琉はまだ、ゴッドレイの全機能を把握したわけではない。
とりあえず、飛行させて、エネルギー波を撃てるようになっただけである。
だが、既に地上最強だった。
それが自分のものになっている。いや、自分自身が最終兵器なのだと思うと、歓喜が込み上げてきた。
ところが、肝心要のものが見つからない。
このゴッドレイは超古代人アークの最終兵器であり、彼らの希望の全てが詰まっている。
よって技術の全てが結集しており、ある種、タイムカプセルのようなものだ。
賀琉と翡翠は先程から、ゴッドレイのデータベースをスキャンし、求める技術を探していた。
しかし、ない。
どこにもない。
「翡翠……見つかったか?」
「いや、まだだ。しかし陛下。まだ一時間も経っていない」
「そうだな。必ずどこかにあるはずだ」
〝あの人〟を生き返らせる。
賀琉はそれだけを夢見て生きてきた。
そのために遺跡を調査し、人造神を建造し、帝國を大きくし、自身に延命措置を施し、ついにここまで来たのだ。
終着点である。この先には何もない。
ここで見つけねば、終わってしまうのだ。
「余は何を焦っているのだ。半世紀以上追い求めてきたのだ。ならばあと数時間の辛抱など、問題ないではないか」
「そのとおりだ陛下。協力して探そう。なに、私は巫女だ。演算の類いはお手の物だ。任せてくれ」
「ああ……」
しかし賀琉はいいようのない不安に襲われていた。
ゴッドレイと融合したことにより、アークの技術力を肌で感じ取った。
何が出来て、何が出来ないのか。
技術者としてある程度の理解をした。
その上で疑問が尽きない。
見つかるのだろうか? 本当に?
部下を自ら殺したのだ。己の肉体まで捨てたのだ。半世紀以上使ったのだ。
この星には探す場所など残っていない。
焦燥感が身を蝕んでいく。
翡翠の声がなければ、それは絶望感に変わっていただろう。
それを少しでも紛らわすため、眼下にいたスティングレイに攻撃する。
完全に八つ当たりだった。
文字通り人智を越えた超エネルギーの波動で、あの強力無比だったスティングレイを海の藻屑へと変える。
一撃だった。
それから白の大陸に引き返し、白銀結晶を破壊し、禍津を根こそぎ殺した。
それで終わり。もう壊すものがない。
クライヴ・ケーニッグゼグですら死んでしまったのだ。
アークの最終兵器の前に耐えられる者など、地上にいるはずがなかった。
ゆえに賀琉は、ゴッドレイを帝國に進めた。
「陛下……? 何のつもりだ。この状態で帝國に帰っても……まさか陛下!?」
「そうだ、暇つぶしに壊すぞ殺すぞ。そもそも我は〝あの人〟がいない世界に初めから興味がないのだ。アークの最終兵器を手に入れた今、もはや不要であろうが。あの人を蘇らせる技術を見つけるまで、暇つぶしに世界を蹂躙する」
「いや、しかし!」
「〝あの人〟が生きていたなら、必ずそうした。恐怖による支配こそが望みだよ。〝あの人〟を蘇らせる前に、余興として実行する。今から余は朧帝國の皇帝ではなく、たんなる悪漢に成り下がって暴虐を働くぞ」
「……陛下がそのつもりなら私はついていく。しかし、一つよいか?」
珍しく翡翠が異論ありげな声色で語りかけてきた。
これが翡翠以外の言葉なら無視するところだが、無垢なまでに忠誠を誓ってくれた彼女だ。無視することも出来ない。
「なんだ?」
「私は先程から……このゴッドレイと融合してからずっと、妙な破壊衝動に囚われている。ふとすれば、何かを壊したいと思ってしまう。普段の私からは考えられない衝動だ。陛下は元より攻撃的な気性だから気が付かなかっただろうが……明らかにゴッドレイは私たちに干渉してきている。アークの残留思念が、私たちに人類を抹殺させようとしているのではと勘ぐってしまう。なあ陛下。あなたの行動は、本当にご自分の意志なのか?」
翡翠の言葉に、賀琉は沈黙した。
確かに翡翠が破壊衝動を覚えるなど妙な話だ。
彼女は特別優しい性格ではないが、だからといって他人を踏みにじって喜ぶ気性も持っていない。
翡翠が暴君のような性格なら、賀琉はもっと翡翠を溺愛していただろう。
いや、もしかしたら〝あの人〟を蘇らせようという目的自体を捨てていたかもしれない。
なぜなら第四世代型巫女は、賀琉がかつて愛した〝あの人〟に似せて作ったのだ。
そして翡翠は〝あの人〟の性格をすら再現しようとした。
だが、成功には程遠い。
なるほど。口調は似ている。
賀琉を好いてくれるのも同じだ。
しかし、それだけ。
世界の全てを恐怖で支配してやろうという、あの狂気を再現するのは叶わなかった。
理由は分からない。
そもそも従来の巫女に施していたマインドコントロールは、自我を消失させるものだった。望む人格を植え付ける研究など、ほとんどしていなかった。
超古代文明の技術を手に入れて〝あの人〟本人を蘇らせるつもりなのだから、不要な研究ともいえる。
翡翠の人格を弄ったのは、ちょっとした遊び。
〝あの人〟が本当に自分のところに帰ってくるまでの慰めでしかない。
なんにせよ、翡翠は〝あの人〟にはなれなかった。
口調が多少違えど、巫女らしく穏やかな性格に育った。
それが破壊衝動を持つなど、ありえない。
「アークの残留思念か……なるほど。言われてみれば、余も、いつもの余とは違う。つねに頭に血が上っているような感覚だ。だが翡翠。問題あるまい。さっきも言ったが〝あの人〟がいない世界に興味はないのだ。そして〝あの人〟が蘇ったら世界を蹂躙するだろう。アークに影響を受けていようとなかろうと、同じこと」
「そうか。陛下がそう言うのであれば、私に異存はない。たとえ全人類を滅ぼすとしても、私はお供する」
「では行くぞ、翡翠。自分の国を滅ぼすというのも一興ではないか」
賀琉と翡翠は、最終兵器を朧帝國へと急がせる。
いつの間にか『蘇りの方法』を探すという当初の目的が、意識の片隅へと追いやられていた。
そして、滅ぼすことに意識が向かっているのに、まるで気付いていなかった。
アークの残留思念はゆっくりと、しかし確実に二人を蝕んでいく――。




