07 四十八連斬
まず初めに光があった。
クライヴが自分の胸に手を当てて、何かを〝起動〟させたとき、目が痛くなるほどの蒼い光が放たれた。
視力を奪うかのような光は、やがて和らぎ、彼の内側に押しとどまる。
内側で流れ、暴れ、うねっている。
その意味するところは即座に分かった。
レイとて、ほんの十数時間前までは灮輝発動者だったのだから。
クライヴの体から溢れているのが灮輝力であると瞬時に理解した。
――嘘、でしょ?
灮輝力を生み出せるのは、帝國が建造した人造神だけだと、そう教えられてきた。
その製造法は厳重に管理され、一切公開されていない。
なのに、それなのに。
クライヴ・ケーニッグゼグは、あたかも自分自身が人造神になったが如く、蒼く輝いていた。
――神滅兵装?
確かに彼はそう呟いていた。
それは何を指す?
兵装といっても、クライヴは何も持っていない。何も装備していない。
なのに、この力――まさか、彼自身が兵装なの?
神を滅する力。人造神を超える力――。
神滅、兵装。
「不可解ナリ! サレド戦術ノ変更ナシ! 認識番号1532番ハ不退転!」
この過去前例のない高密度灮輝力を前にしても、玄武参式は突進を止めず、更に加速した。
そして放たれる刃。
正眼構えからの突きが空気を切り裂き、クライヴに迫る。
と、同時に――
玄武参式の背中が割れて〝三本目〟と〝四本目〟の腕が生えた。
それぞれの手に剣の柄が握られ、間をおかずに伸びるレーザーソード。
画画画画画画画画画画ッと音を鳴らし、
玄武の関節が旋回して、
前、右、左。三方向からの同時連続斬撃殺法。
真正面から瞬きすら許さぬ、
それは雷電の如し――刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突!
右上から爆撃じみて打ち下ろされる、
それは紫電の如し――袈裟切袈裟切袈裟切袈裟切袈裟切袈裟切!
左上から怒濤と押し寄せた、
それは震電の如し――逆袈裟逆袈裟逆袈裟逆袈裟逆袈裟逆袈裟!
そのどれもが、岩を紙のように斬り刻む、正確無比にして強力無比。
機械の剣舞。剣の万華鏡。あたかも千本刃のように。
迷いなし。傲りなし。失策なし。
細胞一つ一つを分断せんと、毎分千発の斬撃が三つ、すなわち三千発がクライヴを撃つ!
「三千世界也イイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ」
その全てが命中した。
その全てが効果なし。
「何事カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ」
クライヴは何もせず、そこに立っているだけ。
立っているだけで、斬撃の尽くが弾かれていく。
竹刀を巨木に打ち付けたときのようだ。
素手を岩石に打ち付けたときのようだ。
刃とクライヴでは『格』が違う。
ゆえに何千、何万、何億回を重ねても、そこに意味は生まれない。
――斬ッ――
クライヴの手刀が煌めいて、大気を弾いて――斬ッ――と音を鳴らし、玄武参式の腕を四本、全て切り落とした。
機械でありながら、愕然と後ずさる認識番号1532番。
もう逃げる時間は刹那もない。
クライヴが構えているから。
その両手に蒼く輝く双剣があったから。
灮輝力で生成された二本の剣から放たれる、無双にして無敵の剣。
絶技としか言いようのない剣術の極み。
次々と放たれる斬撃の数々は、速すぎて同時に打たれたようにしか見えないほど。
その技名は、〝涅槃寂静・二十四連斬〟。
人間でも機械でも知覚できない間隙に放たれる二十四連の――。
「涅槃寂静・四十八連斬!」
そう、これこそが。
神威武会の決勝でレイを打ち負かし、そして今だ超えられぬ至高の――
「って、あれ?」
二十四ではなく、四十八連に聞こえた。
そして、
二十四ではなく、四十八連に見えた――。
玄武参式は細切れになる。千切りにされたキャベツのように細かくなり、浜に落ちて砂と混ざった。
これはやはり、四十八連?
まさか三年で、倍になる?
そんな馬鹿なと思うと同時に、これこそがクライヴだという納得があった。
理由も道理も理屈もなしに、ひたすら強くなり続ける男。
クライヴ・ケーニッグゼグ。
――私が恋した人。
「レイ……鋼鉄兵は壊れたの? 私たちは助かったのですか?」
腕の中で琥珀が呟いた。
知らない国の知らない浜辺で、知らない人の知らない戦い方を見て、たった一人知っているレイを見上げている。
この子を守りたくて、クライヴなら手を貸してくれるかもと思って、ここまで来た。
そして、願いは叶った。
「ご安心を、琥珀様……あの男は、味方です……もう大丈夫……」
琥珀の頭を撫でながら、レイは意識が遠くなっていくのを感じた。
そう言えば、ずっと不眠不休だった。
いつもなら苦にもならないが――流石に帝國へ反旗を翻すのは、心身共に磨り減った。
「レイ!?」
「申し訳ありません……少し休みま、す……」
ガクリと膝が折れる。
砂浜に体が倒れる。
そして目蓋が落ちる瞬間、彼の顔が見えた。
――クライヴ?
「レイ。事情は分からないが、しかし今は眠れ。この少女は、俺の責任において守る。安心しろ」
――うん。安心した。あなたがそう言うのなら、何が起きたって大丈夫。
どんな頑丈な城に立てこもるより、どんな分厚い陣の中にいるより。
クライヴという男のそばが、この世界で一番安全。
ここまで琥珀を連れてくることが出来て、ああ、本当によかった……。