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69 打つ手なし

 レイはしばらく、何が起きたのか把握することすら出来なかった。


 視界の全てを埋め尽くすほどいた禍津の大軍が、もうどこにもいない。

 そして大地を覆っていた雪と氷が消え去り、その下の岩が露出している。

 白の大陸(アルビオン)の名にふさわしい光景が消えてしまった。

 地平線の向こうまで殺風景な灰色だ。


 それと対照的に鮮やかな、真紅の円盤が空に浮かんでいた。

 ちょっとした町ほどありそうな巨大な物体が、まるで糸で吊されているように、空に静止しているのだ。


 このスティングレイが飛んでいるのも十分に常識外れだが、あれはもう、出来の悪い低予算の特撮を見せられているような、非現実的な違和感を覚えてしまう。

 目の前にある現実の光景だというのに。


「ねぇコルベット、あれはなに!? スティングレイのセンサーで正体とか分からないの? 立体映像とか、幻覚とか……」


「そ、そうだ、調べろコルベット。あんなデカいものが宙に浮くわけがない。しかも禍津を全滅させたあげく地平線の向こうまで氷を溶かすなど……!」


 いつも元気の塊なミュウレアですら、声を震わせていた。

 しかし、それよりも状況の異常さを物語っているのは、コルベットの表情だった。

 アンドロイドの彼女が、目を点にして固まっていたのだ。

 まるで、処理能力の限界を超えフリーズしてしまったコンピュータのような印象。


「おいコルベット! どうしたんだ!?」


 ミュウレアが耳元で叫ぶと、コルベットはようやく瞬きし、そして首を振った。


「あの円盤は……本物ダ。虚像でもなんでもなイ……確かにあそこにいル。そしてエネルギーの放出で禍津を全滅させたノダ」


「ええっ、うそでしょ! だってそんなの……超重力砲より強いじゃない!」


「強いどころではなイ。桁違いだ。現に……その一撃でスティングレイのシールドは消滅しタ。もう一度シールドをはる電力は残っていない。こうして飛ぶのがやっと。もう一撃きたラ……」


 コルベットはその先の言葉を発しなかった。

 だが、言われなくても想像はつく。

 禍津の大軍を跡形もなく消滅させ、地平線の向こうまで届くエネルギー。

 そんなものをシールドもなしに喰らえば、スティングレイといえど、ひとたまりもない。


「だったら逃げろ逃げろ! 反撃も防御も出来ないなら、それしかないぞ! 今、むこうが黙っているのは、きっと二発目の準備中なんだ! その前に!」


「こちらも今、ブースターにエネルギーをチャージしていル。一気に加速するゾ。飛ばされるナ」


 コルベットが言い終わらないうちに、スティングレイの後部ブースターが一斉に火を吹いた。

 全身に強烈なGが襲いかかる。

 灮輝力で身体能力を強化していたときなら問題ないのだが、生身だと内臓がひっくり返りそうな衝撃だ。

 おまけに立っているのは、シールドがない剥き出しの甲板。

 風圧で体が浮き上がり、レイもミュウレアも、為す術なく飛ばされてしまう。


「きゃぁっ!」

「うわぁぁ!」


 しかし、間一髪というところでコルベットが腕を掴み、たぐり寄せてくれた。


「助かったぞコルベット。やはりお前はいい奴だなぁ」


 ミュウレアはしみじみと言う。


「礼など無用。それより着水すル。衝撃で舌を噛まないよう、歯を食いしばレ」


 着水と聞き、驚いて進行方向を見れば、既に白の大陸(アルビオン)を飛び出し、海上に出ていた。

 そして、ほとんど減速しないまま、スティングレイの鋭い船体が海面へと降りていく。

 シールドがないということは、そのショックが船体に直撃するということだ。

 スティングレイの装甲がそれに耐えることが出来ても、甲板の上にいるレイたちは無理だ。死ぬ。


「シールド展開」


 と、そのとき。

 コルベットが両腕を使ってレイとミュウレアを抱きしめ、自分たちの周囲に球状のシールドを張り巡らす。

 おかげで着水による激しい衝撃の中でも、レイとミュウレアは死なずに済んだ。

 ただ少し、目を回しただけである。


「うぉぉ……三半規管が暴れてる……」


「私も……けど、生きてるのね……」


 もう白の大陸(アルビオン)の陸地が随分と遠くになっている。

 真紅の円盤も見えなくなっていた。

 もしかしたら、本当に逃げ切ることが出来たのかも知れない。

 レイは「ふぅ……」と安堵の息を吐く。

 が、ふと大切なことに思い至った。

 それはこの場にいない人物――琥珀だ。


「こ、琥珀様、無事ですか!?」


 レイはミュウレアの首にぶら下がった通信機を掴み取り、あらん限りの大声で叫んだ。

 するとコルベットとミュウレアが「あ」と短く呻く。

 どうやら二人も琥珀のことを完全に忘れていたらしい。


「ふぇぇ……その声はレイですかぁ……?」


「琥珀様、生きていたんですね! よかったぁ……」


「よかったぁじゃないですよ! こんな急加速するなら先に教えて下さい! 転げ回ってしまったじゃないですか!」


「だ、大丈夫なのですかっ?」


「巫女なので再生しました!」


 そう言えば、巫女の治癒能力は常人を遥かに凌駕している。普通なら死ぬような傷でも、たちどころに治ってしまうのだ。


「よかったぁ……」


「でも、痛かったんですからね!」


 通信機から琥珀の怒鳴り声が聞こえてくる。

 これだけ元気なら、本当に大丈夫なのだろう。


「もうあれですよ。プンプンですよ。私がいつまでも大人しいと思ったら大間違いですからね。三人とも降りてきて下さい。お説教です。な、なに笑ってるんですか……! 怒ってるんですよ!」


 怒ってるんですよ、と琥珀の可愛らしい声で言われても、迫力がなさすぎて笑いが込み上げてくるのだ。

 彼女が本気なら本気なほど面白い。

 とはいえ、痛い思いをさせたのは確かなので、誠心誠意、謝るべきだ。


「ところでコルベット。これからどうするんだ? このまま海の上を逃げるのか?」


「うむ。しかし……もうコンデンサがほとんど空ダ。普通の船と同じような速度しか出せない。もし円盤が追いかけてきタら……」


 そのときは、今度こそ死ぬしかない。

 そうレイたちが青ざめていると、覚悟を決める暇もなく、あの真紅の巨体が水平線の向こうから現われた。

 本当に大きい。

 全く現実感がない。

 だが、逃れられない現実だ。

 そして、レイたちに打つ手は一つも残されていなかった。

あんまりお待たせするのもアレなので、クライヴさんが次元に穴をあけて帰ってくるまで一日二回更新します( ˘ω˘)

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