68 危機迫る
「神滅兵装――接続――」
スティングレイの甲板に立つレイとミュウレアは同時に呟き、そして周りを取り囲む禍津たちに攻撃する。
まずはレイが灮輝力を炎に変換し、直径一キロほどもある紅蓮の花を咲かせた。
それによって百を超える禍津が一気に消し炭となる。
次にミュウレアが灮輝力を物質化し、巨大な大砲を作る。そこから放たれたレーザーは、禍津の群れに穴を空け、レイに劣らぬ戦果を上げた。
更にブリッジにいるコルベットの制御により、スティングレイが砲撃を開始。
直撃を喰らった禍津たちは次々と地上に墜ちていく。
レイたちは毎秒五十匹という速度で禍津を狩っていた。
なのに一向に減る気配がない。
次から次へと飛んでくる。
今のところスティングレイのシールドのおかげで、こちらが一方的に攻撃することが出来ている。
しかし、コンデンサに貯めた電力が尽きれば、物量に押しつぶされ、即座に殺されてしまうだろう。
「うーん……これはちょっとキツいな。本当にクライヴをおいて逃げることになるかもしれないぞ」
「そんな殿下! クライヴをおいていくなんて……!」
「じゃあ、お前。この状況を何とか出来るのか?」
「それは……」
禍津は見えているだけで一万体以上いる。
羽虫のようなサイズから、七十メトロンを超えるものまで様々だが、とにかく多すぎる。無限にすら思えてきた。
これをレイとミュウレアだけで倒せるかと問われたら、絶対に無理。
よって今やっているのは時間稼ぎだ。
「クライヴさえ帰って来たら!」
「しかし、あいつがピラミッドに入ってっもう三十分になる。スティングレイのエネルギーは半分以上使ってしまった。逃げるなら今からやらないと、この包囲網を突破できない。なぁに、クライヴなら一人でも泳いで合流するさ。本人もそう言っていたしな」
ミュウレアはレーザーを乱れ撃ちながら言う。
その言葉は一理あるとレイは感じる。いやむしろ全面的に正しいのだろう。
これ以上、ここにとどまるのは無謀でしかない。
「確かに……殿下の言うとおりですね……」
「ああ。というわけでコルベット。今から前方に一斉砲撃しろ。妾とレイも攻撃する。開いた突破口を全力で突っ切るんだ」
「心得タ。カウントする。攻撃はそれに合わせヨ」
ミュウレアが首にぶら下げたペンダント型通信装置から、コルベットの声がする。
レイも観念して、スティングレイを脱出させることに専念しようと気持ちを切り替えた。
と、そのとき。
神滅兵装との、つまりクライヴとの繋がりが経たれたのを感じる。
「え……?」
灮輝力が沸いてこない。炎が出せない。身体能力を強化できない。
つまり、何も出来ない。普通の人間になってしまう。
見れば、ミュウレアもポカンと口を開けて唖然としていた。
「おい、どうなってるんだこれ……クライヴがどこまで潜ったか知らないが、人造神とのリンクが切れるほど遠くに行くとは思えないぞ……」
「いや、でも、実際に灮輝力が来ていませんし……」
二人とも半ばパニックになっていた。
なにせ人造神はクライヴの体内にあるのだ。
それがもし失われたとしたら、クライヴ自身に何かが起きたということになる。
そんな馬鹿な。
仮に太陽に放り込まれたとしてもクライヴは平然としてるだろう。
この世界の如何なる状況であっても、彼が危機に陥るとは思えない。想像も出来ない。
よって何かの間違い。
そう思いたいのだが、現にレイたちは灮輝力を使えないのだ。
「ク、クライヴさんは絶対に大丈夫ですよ! あの人がやられちゃうなんて考えられません! 私は信じてますよ!」
通信機から琥珀の声が聞こえた。
なるほど。レイも同感だ。クライヴは無事だと信じている。
しかし問題なのは、むしろこちらだ。
灮輝力が使えなければ、レイたちがこの状況から脱出できない。
琥珀を守ることができない。
超重力砲なしのスティングレイだけで、包囲網に穴を空けることが可能なのか?
おそらく無理だ。
スティングレイの火力を上回る速度で穴が塞がれていくだろう。
せめてレイかミュウレアのどちからだけでも灮輝力を使えたらどうにかなるのに。
そう考えたレイが歯軋りしていると、甲板の一部がスライドし開いた。
はて。こんなところにハッチがあったのか。
何が出てくるのだろう――と見ていると、現われたのは腕を組んで仁王立ちするメイドであった。
「コルベット!? あなた、こんなところに出てきてどうするつもりよ?」
「そうだぞ。お前の役目は艦の制御だろうが」
船体制御用アンドロイドが外に出てきても意味がない。
むしろ危険が増すばかりだ。
「制御はここからでも出来ル。そして我は主様より、己の判断で戦闘する許可を頂いてイル。今がまさにその時!」
コルベットにしては珍しい、気合いの入った声。
そしてメイド服のスカートから、無数の機械が飛び出した。
ほとんど音速に近い動きだったが、レイの卓越した動体視力は、その形状を捉える。
間違いない。
かつて朧帝國軍で設計され、その実現が困難すぎたため開発が中止された小型自律兵器、アサルト・ドローンである。
一つ一つの大きさはジュースの缶ほどだが、かなり高出力の荷電粒子ビームを発射することが可能だ。
そしてとにかく数が多い。
コルベットのスカートから出てきたのは二十個ほど。それらが亜音速で飛び交い、そして前方の禍津たちへと襲いかかった。
荷電粒子ビームがきらめき、そして無数の爆発が巻き起こる。
瞬時に数百体の禍津が蒸発し、あるいは炭化して落ちる。
その恐るべき攻撃力にレイとミュウレアが言葉を失っていると、アサルト・ドローンは更に禍津の数を減らしていく。
連動するようにしてスティングレイが砲撃を行ない、そして前進していく。
「このアサルト・ドローンは、主様が朧帝國から盗み出したデータを元に再現し、なおかつ強化したものでアル。我はスティングレイの制御を行ないつつ、アサルト・ドローンを使っての戦闘も可能なのダ」
コルベットは誇らしげに語る。
実際、恐るべき力だった。
灮輝力なしにこれほどの破壊を行なうなど、常識では考えられない。
だからこそ、朧帝國ですら完成させることが出来なかったのだ。
それを完成させ、こんな小さな少女型アンドロイドに搭載するとは、まさにクライヴ恐るべしと言うほかない。
「凄いぞコルベット! いやぁ妾と同じ顔をしているだけはある! ビームだけじゃなく、もっと砲弾も撃ち込め! 妾は艦砲射撃という言葉が好きなのだ!」
そういえばレイは、ミュウレアが以前、好きな四文字熟語は『艦砲射撃』と『包囲殲滅』と『焼肉定食』だと言っていたのを聞いた気がする。
どれも彼女の可憐な容姿とは結びつかないが、内面を知っていれば、なるほどと頷く言葉だ。
四文字熟語かどうかは、少し怪しいところだが。
「聞こえたカ琥珀殿。もっと撃ちまくるのダ」
「は、はい!」
通信機から、琥珀の声が聞こえた。何やら必死な感じだった。
「え、ちょっと待ってコルベット。何か今の、琥珀様が砲撃しているような口ぶりじゃなかった?」
「そのとおりである。砲手は琥珀殿である」
「琥珀様に何させてんのよ!」
つい激昂してしまったレイは、コルベットに詰めよって怒鳴り散らす。
ミュウレアが慌てて割って入り、レイとコルベットを引き離した。
「おいおい、気持ちは分かるが、ちょっと興奮しすぎだぞ……それでコルベット。今、どっかんどっかん主砲を撃っているのは琥珀なんだな?」
「そうでアル。琥珀殿が、自分にも出来ることはないか、と尋ねてきたので砲手を任せたのでアル。照準は前方のみ。あとはボタンを連打するだけ。問題でもあるのカ?」
「……ないわよ。ただちょっと、琥珀様が砲撃しているってのに驚いただけ。わるかったわね、怒鳴ったりして」
「我は気にしていないのでアル」
コルベットはいつもの無表情で言った。
近頃、感情的なものが見え隠れするコルベットだが、アンドロイドだけあって、基本的には淡泊だ。
しかし、レイは知っている。
彼女はいい奴なのだ。
そうでなければ琥珀の願いを聞いて砲手を任せたりはしない。普通なら全て自分で制御してしまうだろう。
「……琥珀様に気を使ってくれて、ありがと」
「琥珀殿は友人ダ。気にするナ」
ほら。いい奴だ。
「コルベット。妾はお前をますます気に入ったぞ。是非ともお前を妾の専属メイドにしたい。そのためにも、禍津の包囲網を突破しよう。ほら、もうすぐだ!」
ミュウレアはスティングレイの進行方向をビシッと指差す。
その言葉どおり、分厚い禍津の陣を、あとわずかで貫ける。
アサルト・ドローンと艦砲射撃により、突破口が開くのだ。
さて。このまま逃げ切って、クライヴが来るまで海の底にでも隠れていよう。
レイたちがようやく呑気なことを考える余裕が生まれた、その瞬間。
背後から轟音が響いた。
振り向けば、ピラミッドが爆ぜていた。
そして地面の底から馬鹿げた大きさの物体が飛び出してきた。
真紅の円盤である。
それが光を放ち――周囲一帯の禍津の尽くを焼き尽くす。
無論、その光はスティングレイのシールドにも襲いかかった。
クライヴさんはあと何日か出てきませんが、しばらくお待ちください( ˘ω˘)




