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66 終わりの始まり

 クライヴは円盤に侵入し、とりあえず中心部を目指して進んでいた。

 自分の足音が跳ね返ってくるのを聞き、周囲一帯の構造を読み取る。クライヴの得意技の一つ、人間ソナーという奴だ。

 これで迷子にならずに進むことが出来る。


 しかし円盤の通路は複雑怪奇な構造になっており、どう進んでも行き止まりということが度々あった。

 そういうときは再び月光を出して壁を切り裂いて直進する。

 アークからすればたまったものではないだろうが、クライヴが生まれた時代に事を起こしたのが間違いなのだ。

 一万年も耐えたのに、よりにもよって最悪の時代を選ぶとは、運のない連中である。


 そしてクライヴは、あとわずかで中心部、というところまで来た。

 そのとき、激しい振動と爆音が巻き起こる。

 クライヴの足元だけが揺れているのか、円盤全体が揺れているのかは分からないが、とにかく尋常な揺れ方ではない。


 クライヴは、円盤の動力装置が動き出したのでは、と思い至る。

 間に合わなかったのか。 

 いや、今から破壊すればいいだけのこと。

 幸いにも、爆音の発生源とクライヴの進行方向は同じだ。

 あと壁を何枚か切り裂けば、辿り着けるはず。


 そう信じて月光を振り下ろすと、壁の向こうに、今までと違う景色が広がっていた。


 暗闇の世界だ。

 光の玉を投げ込んでも、まるで明るくならない。

 しかしクライヴがそこに侵入すると、自分の体は見えた。

 そして見えないだけで足場もある。

 どうやらこの部屋は、光を反射しない材質で作られているらしい。だから光源があっても暗闇に見えるのだ。


 反射されないだけで、光自体が消えてしまったわけではないから、別の材質のものなら目で捕えることが出来る。

 たとえば、自分自身、とか。

 それから、クライヴよりも先に侵入していた者、とか。


「そこで何をしている、アーク」


 クライヴが見つめる先には、カプセルがいた。

 巨大ロボットから脱出し、アークの思念を乗せたまま逃げていった、あのカプセルだ。


「……ほう。ここまで辿り着いたかクライヴ・ケーニッグゼグ。褒めてやろう。だが、遅かったな」


 電子音声が聞こえてくる。

 同時に、カプセルの後ろから、何かの機械が迫り上がってきた。

 壁や床とは別の材質で作られているらしく、肉眼でもハッキリ見ることが出来た。


 それは無数のパイプが幾つも幾つも絡み合った不気味な形をしている。

 まるで脳味噌のようだ。

 しかも一軒家ほどの大きさがあるから、一層不快だった。


 ゴウンゴウンと鳴動するような音を響かせ、そして光を放つ。

 クライヴが使っていた光の玉を消し飛ばすほど強烈な閃光だ。


「ちっ」


 太陽を直視するよりもなお鋭い光を前に、クライヴは手で顔を覆う。

 そして灮輝力で眼球をガード。擬似的なサングラスを作り、もういちど脳味噌型の機械に目を向ける。

 すると先程は眩しすぎて見えなかったものが見えてきた。


 まず完全無欠の黒だった壁と床に、緑色の線が無数に走っていた。

 まるでコンピュータの回路図だ。

 それが床を伝って脳味噌へと流れ込んでいる。


 そして、目を潰すほどの光を放っているのは脳味噌そのものではなく、その上の空間だった。

 光はしだいに弱くなり、やがて消え去り、その代わり――。


「空間が、歪んでいる……いや、違う。穴が開いて、どこか別の場所に繋がっているのか?」


 壁に走る光の線が歪んで見えたことから、クライヴは超重力砲のような現象が起きているのかと一瞬考えた。

 しかし、現象はそれにとどまらなかった。

 ほどなくして背後の壁が見えなくなり、多面体が現われる。

 初めはサイコロのような六面体だった。

 だが次の瞬間には八面体、四面体と姿を変え、更にドーナツ状、テトラポット状とせわしなく変形する。

 色も大きさも目まぐるしく変わっていた。

 そもそも、こうして肉眼で捉えている光景が、実際のものを反映しているのか非情に怪しい。

 感覚が狂っていく。

 まるでこの世界とは別の法則が流れ込んでくるような、そんな違和感がある。


「超次元空間からエネルギーを取り出しているのか……!?」


「一目で見抜くとは流石だな。そのとおりだ、クライヴよ。禍津の血を必要とする人造神とは違い、これは一度動かしてしまえば、半永久的に駆動する。そして、出力もまた桁違い! 刮目せよ、次元回廊機関である!」


 部屋がエネルギーで満ちていく。

 ああ、確かにこれは、世界を滅ぼすだけの力だ。


「私は今からこれと融合する。言っておくが、このカプセルを破壊しても無駄だぞ。私の本体は思念だからな」


 そうだ。今のアークは残留思念に過ぎない。

 乗り移ったカプセルを壊したところで、何の意味もないのだ。

 しかし、それならば。あの脳味噌のような機械――次元回廊機関とやらを破壊するまでのこと。


「言っておくがクライヴよ。次元回廊機関を破壊すれば、超次元へのゲートが暴走し、この星そのものが消滅する危険すらあるぞ。それでもいいのか?」


 クライヴが行動を起こそうとした刹那。

 アークが嘲笑うような声を出す。

 ハッタリ、とは言い切れないのが難しいところだ。

 星そのものを人質にとられては、やり直しもきかない。


「もはや貴様に打てる策はない! そこで指をくわえて滅びを待つがいい!」


 勝ち誇る電子音声。

 だが、クライヴはまだ敗北した覚えがない。


「打てる策がないだと? この俺を前にして慢心など愚かだな」


「な、に?」


 クライヴは床を蹴ってカプセルへと飛びかかる。

 そして拳の一振りで粉微塵に打ち砕いた。

 もっとも、アークが言ったとおり、物理的に破壊してもアークそのものは倒せない。

 脱出した思念が次元回廊機関に宿ってしまう。


 しかし、だ。

 クライヴの灮輝力は、精神体にも干渉できる。そもそも灮輝力自体が、人の精神に大きく左右されるものだ。

 だからこそ巫女という生態ユニットが必要だし、機械より人間のほうが灮輝力を受け取りやすい。

 その性質を利用して、思念体となったアークを手で握る(、、、、)


「そもそも。お前が琥珀の中から逃げ出すはめになったのは、俺の灮輝力のせいだろうが。その俺を前にして打つ手なしなど、笑止千万」


「ば、馬鹿な! 思念体を掴むなど……人間のやることかァッ!」


「ふん。人間を舐めるなよ」


 クライヴはそのまま思念体を握り潰した。

 一万年も堪え忍んできた残留思念を、慈悲なく呆気なく、一瞬で消し飛ばす。

 断末魔すら許さない。

 これで終わり。

 あとは次元回廊機関を止めてから破壊すれば、アークの野望はついえる。


 と、クライヴが気を抜いた瞬間、上空から不意打ちが来た。


「むっ!?」


 襲いかかってきたのは、灮輝力で作られた厚みのない十数本の刃。

 クライヴは月光を作りだし、それら全てを打ち砕く。



 余裕の防御であるが、まともな人間なら反応することすら不可能だっただろう。威力も速度もタイミングも研ぎ澄まされていた。

 どうやら、かなりの技量を持つ灮輝発動者の仕業らしい。間違いなく超一流だ。

 だが超一流とはいっても、クライヴはおろか、レイにすら及ばない。

 単純な力で考えれば、脅威には程遠い。

 しかし問題なのは、今、この場所にいるということ。


「何者だ」


 クライヴは呼び掛ける。

 そして自分の声の反響で、その位置を探り出す。

 どうやら背後に人がいるらしいと感じ取り振り向くと、そこには非人間的なまでに整った顔の少女が一人いた。


「今のを防ぐかケーニッグゼグ。まこと恐ろしい男だな。とても人間とは思えぬ。しかし、そのおかげで翡翠たちもここに来ることが出来た。礼を言うぞ」


「翡翠……君の名は翡翠というのか。巫女、だな?」


「ああ、そうだ。第四世代型二号機、翡翠。姉の琥珀とは違って、完成品だよ」


「琥珀は未完成だと言いたい訳か。まあ、巫女としての完成度などどうでもいい。琥珀は琥珀だ。そして、さっきの攻撃は誰の仕業だ。巫女である君には無理だろう」


「さて。誰の仕業だろうな。まあ、今更知っても手遅れだろうが」


 翡翠はニヤリと挑発的に笑う。

 顔立ちは琥珀とそっくりなのに、性質はかなり違うようだ。


「手遅れ?」


 それはどういう意味なのだろうか。

 アークの残留思念がない以上、人類滅亡の危機は遠ざかった。

 まさか、朧帝國までがアークと同じことを考えているわけでもないだろう。

 禍津はともかく人類を滅ぼして帝國に利があるとは思えない。


 ――いや、しかし。目的が違って手段が同じなら。


 思い至ったクライヴは、脳味噌型装置に視線を向ける。

 そこには、翡翠の言葉どおり、手遅れな状況があった。

 終わりの始まりである。

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