63 リミッター解除
スティングレイのリミッター解除。
と言っても、別に性能が大幅に上がるわけではない。
これ以上の灮輝力を流し込むとオーバーヒートするという基準よりも多くの灮輝力を使うことにより、一瞬だけシールドや超重力砲、その他兵装を同時に全力稼働させるのだ。
もちろん、限界を超えているわけだから、その状態を長時間続けると、スティングレイが壊れてしまう。
しかし、周りにいる十五体のロボットを倒すまでは保つだろう。その程度の余裕はあるはずだ。
「スティングレイ、リミッター解除。シールド全開。超重力砲、広域放射スタンバイ」
コルベットの声がブリッジに響く。
本来ならこの時点でオーバーヒートを起こし、スティングレイの動力が止まってもおかしくはない。
だがコルベットの超演算能力が、薄氷の上を歩くようなギリギリの制御を行ない、かろうじて踏みとどまらせる。
「超重力砲、広域放射。発射」
そして超重力砲が、前方のみならず、360度あらゆる方向へと広がっていく。
空間ごと引き裂くという反則的攻撃は、まず十五本のレーザー全てを飲み込んで、そしてロボット本体へと到達する。
ロボットたちもシールドを展開してそれに対抗したが、なにせ今のスティングレイはリミッターを外しているのだ。
纐纈城に撃ち込んだ超重力砲よりなお強力な一撃を前に、謎のロボット軍団は為す術なくバラバラに崩壊していく。
そしてピラミッドのシールドも剥がれ落ちたが、やはり先程と同じように、急速に再生していった。
「うーん。ロボットたちは倒せましたが、ピラミッドはちょっと無理っぽいですねぇ」
琥珀は艦長席に座るクライヴの隣に立ち、腕を組んで訳知り顔で唸って見せた。
「主様。今の広域放射で重力発生装置がかなり劣化シタ。超重力砲はあと一発が限度でアル」
そしてコルベットがスティングレイの現状を報告してくれる。
あと一発。
なかなか厳しい状況だ。
しかも、最後の一発でピラミッドのシールドを剥ぎ取っても、一秒以下で再生してしまう。
「とりあえずコルベット。スティングレイにリミッターをかけなおせ。これ以上無理をすることはない。それとコンデンサにある電力だけで艦を動かすと、何分程度保つ?」
「そちらは満タンであるがゆえ、戦闘しても一時間近くは保つ。まさか主様。スティングレイから離れるつもりカ?」
「ああ。俺が直接ピラミッドに入って、最終兵器とやらを破壊する。それしかないだろう」
クライヴは気楽に言ってみせたが、コルベットの懸念も分かる。
なにせこのスティングレイは、クライヴの体内にある神滅兵装が生み出す灮輝力を受け取り、電力に変換して動いている。
灮輝力は人間相手に送るときはかなり遠くまで届くのだが、どうしてか機械は短距離でしか受け取ってくれない。
それこそクライヴがスティングレイの艦内にいるときでないと、灮輝力が届かないのだ。
おそらく、灮輝力が禍津という生物の血から作り出したエネルギーだからではないか、とクライヴは思っている。
機械との相性が悪いのだ。
「まずは最後の超重力砲でシールドを破壊。再生する前に俺がつっこむ。残った者はスティングレイを頼む」
「え、ちょっと待ちなさいよクライヴ。つっこむと言っても、シールドは一秒以下で再生するのよ。シールドのすぐそばで待機できるなら私でも飛び込める時間だけど、それだとこっちまで超重力砲に巻き込まれるし。かといってスティングレイからジャンプしたら間に合わないし……」
「いいや。俺ならここからジャンプしても間に合う。大丈夫だ」
「あ、そっか。クライヴだもんね。クライヴれるんだ! 忘れてた!」
レイは納得したらしく、手の平をポンと叩く。
クライヴるという言葉には、様々な使い方があるらしい。
意味はよく分からないが、彼女らにとっては便利なのだろう。
「しかしクライヴ。ロボット軍団は全滅したが、新しいのがまた出てくるかもしれないぞ。それにここは禍津の巣だ。そういうのが現われたら、妾たちが戦ってもいいのか? まさか逃げろとか言わないよな?」
ミュウレアが顎に手を当て、挑戦的な目でクライヴを見てきた。
何でも一人でやるつもりか。妾たちを荷物扱いするのか――と、そう訴える目だった。
「確かに、超重力砲を使えなくなる以上、スティングレイの戦闘力はガタ落ちです。もし禍津が来たら、そのときは姫様たちにこの艦を守ってもらうことになるでしょう。しかし、あのロボットは――」
「ああ、分かっている。流石の妾も勝ち目のない喧嘩は嫌だからな。命の危険を感じたら遠慮なく逃げる。そうしないとお前が怒るだろ?」
「ええ、当然です。俺一人なら最悪、泳いででも帰れますが、姫様たちは無理ですからね。自分たちの命を最優先してください。レイ、お前もだぞ。退きたくないという気持ちは分かるが、危ないと感じたら逃げろ」
「分かってるわよ。私の一番の使命は、琥珀様を守ること。つまんない意地のために命はったりしないわ」
レイは当たり前という顔で言う。
しかし学生時代の彼女は、そのつまらない意地のためなら命を捨ててもいいというギラギラした瞳をしていた。
それが琥珀という守るべき者を見つけたおかげで、いい意味で落ち着いた。大人になったともいえる。
「あ、あのクライヴさん! 無理はしないでください! いえ、クライヴさんに心配なんて無用なのは分かっていますが、それでも一応!」
琥珀は両手を握りしめ、気合いの入った目差しで応援してくれた。
出会ったばかりの頃は遠慮がちで、いつも何かに怯えているような表情だった琥珀も、今ではこんなに元気だ。
彼女が変化した要因の一つが自分だとしたら、それはとても嬉しい。
「ああ、大丈夫だ。琥珀こそ、大人しく待っていろよ」
「はい。クロちゃんと一緒に待っています」
すると琥珀の足元から「にゃーん」と鳴き声が聞こえた。
クライヴはしゃがんでクロちゃんの頭を軽く撫でてから、ブリッジの出口に向かう。
だが、その前に、コルベットの横で立ち止まり、その耳元に小声で呟いた。
「もし本当に危なくなったらお前の判断でスティングレイを離脱させろ。さっき言ったとおり、俺は一人でも帰れるからな。それと、お前自身が戦闘するのも許可する。とにかく、お前を含めた全員の生還が最優先だ」
「……我が戦闘? よいのであるカ? もし我が失われたらスティングレイの制御が出来なくなるぞ」
「そう。だから今までお前を前線に出さなかった。しかし、スティングレイそのものが撃沈されたら、意味がない。あと、お前自身も死ぬな。それを踏まえて判断しろ」
「心得タ。主様もお気を付けテ」
コルベットの声はまだまだ淡泊だが、それでも気遣いが感じられた。
やはり感情が徐々に育っている。
これからAIがどう成長していくか、とても楽しみだ。
それを見るためにも、彼女には無事でいてもらわねばならない。
「ああ。あとでまた会おう。なに、そう時間をかけるつもりはない」
全員と言葉を交わしたあと、クライヴはスティングレイの甲板に出た。
白の大陸には凍てつく風が吹いていた。
そして眼下に黒いドーム状のシールドがある。
超重力砲、最後の一発であれをぶち抜くのだ。




