61 ピラミッド
「あれがアークの王都であるカ?」
船体を制御するコルベットが、目を瞑ったままポツリと呟く。
コルベットが見たものは、クライヴたちの目にも写っていた。
正面スクリーンに映し出されたそれは、巨大なピラミッドである。
氷と雪に閉ざされたこの大地にそびえ立つ、一片が五キロ以上もある巨大構造物。
一目で人類以外が造ったものだと納得してしまう。
そして、そのすぐわきに停泊している戦艦があった。
「おいおい、何だありゃ。巨大戦艦が二隻……いや、違うな。あれは……!」
ミュウレアが驚きの声を上げる。だが、それも無理からぬことだろう。
なにせ全長千メトロンを超える双胴戦艦が目の前にいるのだ。
あれに比べたら、このスティングレイは豆粒のようなもの。
「纐纈城だわ! 朧帝國が開発していた水陸両用双胴戦艦! まさかあんなものを完成させていたなんて……!」
レイが引きつった顔で叫ぶ。
琥珀など蒼白になっていた。
そんな彼女らを更に不安にさせる光景が正面スクリーンに映った。
纐纈城の甲板に並ぶ何百という砲塔が動き出し、スティングレイを向いたのだ。
一本一本が高層ビルのような高さ。それが一斉に動き出すのは、街が丸ごと動いているような違和感すら覚える。
「コルベット、防御シールド最大出力。それと琥珀、少し血をくれ。恐らく枯渇する」
「心得タ、主様」
「分かりました!」
コルベットと琥珀はそれぞれ役目を果たす。
まずはコルベットがスティングレイの防御を固め、琥珀がかんざしで自分の指を刺し血を滲ませる。
「はい、クライヴさん。どうぞ好きなだけ舐め取って下さい!」
クライヴは琥珀が差し出した手をとり、その指を舐めようとした。
が、それより一瞬早く敵の砲弾が防御シールドを叩いた。
正面モニターの全てが爆発で埋め尽くされる。
凄まじい轟音と振動が船体に襲いかかった。
アンドロイドであるコルベットは微動だにせず立っている。
レイとミュウレアもバランスを保っていた。
しかし琥珀は大きくよろめき、後ろへ倒れそうになる。
「きゃぁっ!」
無論クライヴはそれに手を伸ばし、自分のほうへと引っ張り、抱きかかえる。
彼女が転がっていかないように、振動が収まるまで、琥珀の顔を自分の胸に押しつけた。
「大丈夫か、琥珀」
「は、はい! しかし、あの……出来ればもう少しこのままぎゅっと抱きしめていて欲しいなぁ……なんて思ったりして!」
クライヴの腕の中でもぞもぞ顔を上げた琥珀は、頬を桃色に染めて妙なことを言い出した。
「何を言っているんだ琥珀」
「いや、別に独り言です! 深く考えないで下さい!」
そして、
「くそぅ……次に攻撃が来たら妾もよろめこう! そうすればクライヴがぎゅってしてくれるはずだ!」
「それなら私は壁に頭からつっこみますよ!」
ミュウレアとレイまで妙なことを言っている。
女子というものは、ときどきクライヴの理解を超えた言葉を発するので、実に不思議な存在だ。
もっとも、コルベットは見た目が女性型でも、中身は性別のないAIなので、その点については心配無用だ――と、油断していたら。
「主様。もし我がよろめいたら心配してくれるカ?」
「ん? ああ、当然だ。お前の姿勢制御は完璧のはず。それがあの程度の振動でよろめいたりしたら、どこか故障しているということだからな。全身隈無くチェックし、場合によっては分解修理も必要だ」
「……全身隈無くチェックされた上、分解されてしまうノカ……主様に分解……」
コルベットがこちらをじっと見つめてくる。
気のせいか、どこか物欲しそうな顔だ。
なにを欲しているのだろうか。
そもそもクライヴは、コルベットのAIにこのような表情をプログラムした覚えがない。
まさか、本当に故障しているということも有り得る。
だが、そうではないだろう。
コルベットのAIは学習型だ。
ミュウレアやレイと接したことにより、本物の女子の思考パターンに近づいたとみるのが妥当だ。
もっとも、それがどういう思考なのかまでは分からないが。
「うぉーい! お前ら何を見つめ合っているんだ! 戦闘中だぞ!」
ミュウレアがクライヴとコルベットの間に入り込み、腕を振り回しながら叫ぶ。
「案ずることはナイ。我の精神状態がどうであろうと、船体の制御に支障はナイ」
コルベットが自慢げに語るとおり、クライヴは彼女をそのように設計した。
防御シールドは敵の砲撃を完璧に防ぎ、一発も通さない。
やがて砲撃がとまり、爆炎が晴れ、視界が晴れる。
第二波はこなかった。
弾を装填中か。砲身の冷却中か。
いずれにせよ、今がチャンス。
「コルベット。超重力砲を使うぞ。準備しろ」
「心得タ」
クライヴたちの標的はアークなのだ。
朧帝國軍如きに構ってはいられない。
早々に決めてしまおう。
そのために、琥珀の手を取り、指先から滲み出る白色血液を舐めとった。
「ひゃん!」
「む? すまん琥珀。気持ち悪かったか?」
「いいえいいえ! むしろ気持ちいいです沢山ぺろぺろしてください!」
「いや……もう十分だ」
「そうですか……」
と、残念そうに呟きながら、琥珀は自分で指を舐めはじめた。
「おいこら琥珀! お前またクライヴの唾液を……妾にもよこせ!」
「琥珀様! 私と琥珀様の仲です! まずは私に舐めさせてください!」
「ふ、二人とも何をするんですか、腕を引っ張らないで下さい。ふぇぇ……これじゃ変態ですよぉ」
「お前に言われたくないぞ、この淫乱幼女が!」
きゃーきゃー騒ぎはじめた三人。実にやかましい。
特に「戦闘中だぞ」と説教をたれていたミュウレアが一番やかましい。
そして、そんな三人娘を遠巻きに見つめるコルベットが、自分の指を見つめながら「主様の唾液……」と不穏なことを呟く。
「……おいコルベット。超重力砲の準備は?」
「い、いつでも撃てるのでアル!」
「そうか。ならば目標、敵双胴戦艦、纐纈城! 撃てッ!」




