60 スティングレイ迫る
朧帝國皇帝である賀琉は、巫女の翡翠とともに、遺跡の最深部にいた。
その目的は、この遺跡から超古代文明の技術を持ち帰り〝あの人〟を生き返らせること。
そして目の前には、超古代文明のコンピュータらしき装置もある。
これを解析するのが当面の作業となるのだが、しかし先程、コンピュータを起動させた瞬間、賀琉は強烈な頭痛に襲われた。
そして遺跡が揺れ動き、地面の底から何かが発進していくような音が響いた。
纐纈城からの通信いわく、遺跡の壁を貫いて巨大なロボットが現われ、白銀結晶がある方角へと飛んでいったとのこと。
想定外の事態だが、なにせここは超古代文明の王都だった場所だ。
なにが出てきてもおかしくはない。
この場にとどまって調査を続けるか、纐纈城に戻るべきか。
賀琉が悩んでいた、そのとき。
天井を貫いて落下してくる物体が現われた。
「陛下、お下がりください!」
飛び散る破片から賀琉を守るため、翡翠が前に立つ。
しかし、翡翠に限らず巫女の身体は小さい。
壁としては頼りなく、むしろ賀琉が灮輝力で防御膜を作り、守ってやることになる。
「……陛下。申し訳ない」
「気にするな。それよりも、あれは一体なんなのだ……?」
落ちてきた物体は、円柱のカプセルのようなものだった。
大きさは小型トラックくらいだろう。
だが、分かったのは形状だけで、正体は不明だ。
そもそも、どこからやってきた。
ここから地上までは直線距離で百メトロン以上ある。
まさか、貫いてきたのか?
だとすれば纐纈城の艦砲にも匹敵する威力だが、しかし攻撃の意志があるようにも見えない。
賀琉と翡翠が遠巻きにカプセルを眺めていると、カプセルは六本の足を生やして歩き始めた。
「翡翠、下がれ。あれは何やら尋常ではないぞ」
「うむ……陛下、お気をつけください」
賀琉は翡翠を自分の後ろに隠し、カプセルを睨む。
それに反応したのかどうか分からないが、カプセルは六本の足を使って、こちらに近づいてきた。
そして、声を発する。
「なぜここに人間がいるのだ……? まあ、いい。最終兵器発動の瞬間だ。終焉のときを心して待つがいい」
まったく意味不明な言葉であった。
しかし非友好的なのは確かだ。
よって賀琉はカプセルへと攻撃した。
それは神速にして不可視。
何もない空間に刃を形成し、超高速で振り抜く。
この部屋に入り直前、帝國輝士の五人を一瞬で屠り去った賀琉の得意技だ。
相手が鋼鉄であろうが、精鋭の輝士であろうが両断せしめる必殺の刃。
なのにカプセルは、傷一つついていない。
直撃したという手応えがあったのに、跳ね返されてしまったのだ。
「なっ!?」
「何を驚く人間。まさか、その程度の技でアークが作った装甲を破壊できると思ったか。あのクライヴ・ケーニッグゼグでもない限り、人間がアークに対抗するなど不可能よ」
クライヴ・ケーニッグゼグ。
あのスティングレイとかいう艦を作り、帝國に牙を向いた男の名だ。
どうして今ここでその名が出るのか。
そんな疑問を吹き飛ばすようにして、カプセルの前脚が唸りを上げ、衝撃波を放つ。
「――ちぃっ!」
賀琉は防御膜を全力で張り、翡翠を抱きしめる。
が、衝撃波は強力で、壁際まで吹き飛ばされてしまった。
「一振りでこの余を……信じられん。翡翠よ。無事であるか?」
「陛下こそ……」
「我も無傷だ。しかし、あれは何なのだ……!?」
賀琉と翡翠が軽いパニックに陥っているさなか、カプセルのほうは既にこちらに対する興味を失ってしまったらしく、コンピュータの前に移動する。
そしてライトを点滅させ、何らかの情報のやり取りを行なうと、床がスライドし、更に下へと通じる穴が現われた。
カプセルは賀琉たちに一言もなく、その穴へと飛び込んで行く。
「ここが最深部ではなかったのか……翡翠。余たちも行くぞ!」
しかし、それは不可能だった。
穴は確かにそこにあるが、まるでガラスの床でもあるかのように、落ちることが出来ない。
もちろん、ガラスであれば賀琉の力で破壊できる。
だが殴っても、刃で斬りつけてもビクともしないのだ。
明らかに、この下には何かがある。
それも古代文明にとって重要なものに違いない。
そこに通じる道が目の前にあるというのに。
「くそっ! 余一人の力では無理か……あの五人はもう少し生かしておくべきだったか」
もちろん纐纈城には、まだまだ輝士がいる。
やはり一度戻って、体制を整えるべきかもしれない。
そう賀琉が考えていると、纐纈城のほうから連絡が入ってきた。
腕時計型の通信機でそれを聞いた瞬間、賀琉はたまらず「ちっ」と舌を打った。
白銀結晶に向かったはずのスティングレイが、ここに現われたというのである。




