06 神滅兵装、起動
レシプロ機がなぜかここに墜ちてきた。
鋼鉄兵がなぜかここにいる。
それに狙われる少女二人がここにいる。
全く何も分からなかったが、クライヴはとにかく鋼鉄兵を蹴飛ばすことにした。
無論、自分のアカウントは三年前に凍結されていて、人造神から灮輝力の供給が受けられないことなど熟知している。
で、それがどうした――?
灮輝力は人造神のアカウントがなければ手に入らないと誰が決めた――?
自分はこうして〝鋼鉄兵を生身で蹴り飛ばすこと〟が出来るのに。
そして。
鋼鉄兵が砂浜を転がっていく様を見届けてから二人の少女に視線を向けると、驚くべきことに、知った顔がいた。
あの帝國で。あの學園で。
たった一人だけ尊敬し、友人になった少女。
黒い髪の焔レイ。
こちらを見上げる彼女は唖然としていて。
三年ぶりに見たその顔はより美しくなっていて。
クライヴは少し息を飲む。
「――久しぶりだな」
あまりにも突然すぎる再会だった。
いつかまた会おうと約束して別れたのは確かだが、まさか今、ここで。
ミュウレアと反逆の計画を練っているこの場所で出会うなどと。
いや、それよりも。
レイが連れいている少女。銀色の髪に、赤い瞳。これはもしや――。
そして帝國の鋼鉄兵がレイに銃口を向けていたという状況はまさか――。
「……事情はあとで聞く。まずは〝あれ〟を撃破する」
クライヴは懐かしい友人から『敵』へと視線を移した。
ひっくり返った亀。
玄武の――新型? クライヴが帝國にいたときは弐式だったが、これは参式か。
となれば当然、強化されている。
どれほど性能が上がっているか――興味なし。
如何なる性能と機能が備わっていようと、クライヴ・ケーニッグゼグの眼中外である。
「コレハ何事、カ」
本物の亀ならば、ひっくり返ったら起き上がれないが。流石にそんな間抜けな設計にはなっておらず。
脚の関節を逆に曲げ、玄武は地面を叩いて起き上がる。
ダメージらしいダメージはなし。
当たり前だ。
鋼鉄兵は軍用兵器。
トラックに轢かれようとも、崖から落ちようとも、任務を続行し続ける鉄の塊。
ゆえに、その任務がレイの殺害であるなら。銀髪の少女の奪還であるなら。
遂げるまで止まらない。
あるいは――誰かに破壊されるまで。
「おいおいクライヴ。この騒動は何事だ? この二人は知り合いか? どうして鋼鉄兵が私の国に? 許した覚えはないのだが?」
追いついたミュウレアが、クライヴの横に並んでメタリックの亀を眺める。
王女という身分でありながら、動く軍用兵器を見ても怯まない。
彼女はそういう人だから。
だから巡洋艦を作って帝國に挑もうなんて発想が浮かんでくる。
父上には内緒だぞ――なんて言いながら。
「俺も把握していませんし、領主として許可した覚えもありません。ただ――黒髪の少女は俺の友人です。ゆえに――脅威を排除します。しばしお待ちを」
クライヴは帝國軍の新型鋼鉄兵を前にして「排除」と気軽に言う。
「うむ」
ミュウレアはそれを当然の言葉と受け止め頷いた。
「排除? 排除デアルト? コノ朧帝國軍陸海空万能型鋼鉄兵『玄武参式』認識番号1532番ヲ排除スルト? 名ヲ名乗レ少年――貴様ガソレホドノ脅威デアルカ照合シテクレル」
「ならばそのメモリーに刻み込め。我が名はクライヴ。このケーニッグゼグ公爵領の領主である」
「クライヴ・ケーニッグゼグ――照合開始――データ有リ。元神威學園生徒……素行不良ニヨリ三年前退学? ……笑止! 神威學園ヲ卒業モ出来ナカッタ半端ナ男ガ我ト戦ウナドト」
笑止?
するとクライヴのデータは正確に残っていないのだろうか?
かつて學園最強にして史上最強とまで呼ばれた記録が。
それこそ笑止。
事実を改ざんしてまで帝國の面子を守るとは――笑止千万。
「クライヴ、無茶よ! 鋼鉄兵は生身で立ち向かえる相手じゃない! あなただって知っているでしょ!?」
三年ぶりに聞いたレイの声は相変わらず可憐で、しかし緊迫していた。
――なぜ?
敵戦力、鋼鉄兵一機。
保護対象、少女二人。
当方の戦力、我一人。
状況把握――問題ない。敗北の可能性微塵もなし。
ならば、なぜ焔レイは不安げに?
銀の少女を抱きしめ怯えを浮かべる?
まさか。まさか――まさか――。
クライヴが負ける可能性を考慮しているのか。
灮輝発動者ではないから。
三年前にアカウントが消されたから。
そんな些細な理由で、このクライヴ・ケーニッグゼグが、たかが鋼鉄兵一機に負けることが万が一にもあると、そうレイは思考したのか。
屈辱。
冒涜。
「レイ。お前は何のためにここへ来た?」
「……え」
「助けを求めに来たのではないのか? 無論、事情は知らない。が、誇り高いお前が、そんな顔を作り、機械兵に追われ、少女を抱え、レシプロ機で俺の領地にやって来た。それは俺に助けを求めてのことではないのか? ならばなぜ、俺がいるのに安堵しない。俺を誰だと思っている?」
憤怒。
見くびられている。
それも、他ならぬ焔レイに。共に切磋琢磨し、互いの強さを誰よりも知っているはずの彼女に、負ける心配をされている。
それは――
不覚。
その程度の男だと思わせてしまった。
自分が頼りないばかりに。
ああ、済まない。ならば教えよう。
「もう、案ずることは何もない」
「何ヲ言ッテイル。巫女様以外ハ尽ク潔ク死ネ。我ガ弾丸デ黄泉ヘト送ッテクレル――」
玄武参式の機銃がまずクライヴに向けられ、火を噴いた。
マズルフラッシュと共に放たれる、爆音。
轟嚙轟轟轟轟轟轟轟轟嚙嚙轟轟嚙嚙轟嚙嚙嚙嚙嚙嚙轟轟轟轟轟嚙轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟嚙轟轟轟轟轟轟轟嚙嚙嚙嚙嚙嚙轟轟轟轟轟嚙轟轟轟轟轟ッ
――鼓膜がのたうつ。
と、同時に。
クライヴの手に握られる、光のナイフ。
一瞬前までそこにはなかったが、今、現われた。
クライヴが、今、作った。
灮輝力を使って。
眼前には増え続ける超音速の鉄鋼弾。
その連射速度、毎分千発。
人を屠る兵器にあらず。建造物や装甲車を破壊するための暴力。
ゆえに人の肉と骨など、それこそ木っ端微塵に散るのが定め。
当たる刹那。死ぬ刹那。
クライヴは腕を振るった。
灮輝のナイフを持ち、襲いかかる弾丸の一発一発を。その全てを。
正確に捕捉し、見切り、刃を叩き付け、切断し、弾き飛ばす。
人はおろか――獣すら超えた速度。
「――馬鹿ナ」
鉄鋼弾の全てを防がれ、玄武は固まる。
「嘘……」
焔レイすら唖然と声を漏らす。
その中で一人だけ。
ミュウレア王女殿下だけが、当然という反応を示す。
「うむ、見事」
アカウントを持たない生身の人間が、機関銃の連射を真正面から弾き飛ばしたという現象を目の当たりにして、一言「見事」と。
まるで美味しい紅茶を煎れてもらったときのように、淡々と。
クライヴもまた平然と。
「お褒めに与り光栄です」
あくまで事務的に返す。
なぜならこれは、心底「当然」だから。
こんなことはクライヴ・ケーニッグゼグにとって出来て当然だから。
「馬鹿ナ、有リ得ナイ……ソノ短剣ハ灮輝力デ出来テイル。貴様ノ速度ハ灮輝発動者ノモノ。シカシ貴様ハ、アカウントヲ持タヌ唯ノ人。ソノ灮輝力ハ、ドコカラ来テイル!?」
異能を使えるのは灮輝発動者だけ。
灮輝発動者は灮輝力がなければ唯の人。
灮輝力を作っているのは人造神。
だから人造神にアカウントがなければ、何も出来ない。
それが世界の常識。
帝國が作った常識。
そして、常識とは覆すためにあるものだ。
「灮輝力は、お前から拝借した。玄武参式」
クライヴは、いまだ手にある輝くナイフを鋼鉄兵に向ける。
間違いなく、クライヴはアカウントを抹消されていた。
間違いなく、このナイフは灮輝力で作られていた。
それは矛盾しているようで、実はしていない。
灮輝力はどこにでもあるのだから。
例えば、目の前で動いている玄武参式。
機械兵は人造神から送られる灮輝力を受け取り、それを内部機構で電力に変換して稼働する。
人造神から世界各地への灮輝力の転送は、タイムロスもエネルギーロスも皆無。
あらゆる場所に、瞬時にピンポイントで送られる。
だが、人造神とはいえ、しょせんは人が造ったものだ。
完璧には程遠い。
「わずかに、漏れているんだよ」
目標地点にピンポイントで転送したつもりでも、そこからほんの少し――観測されても誤差の範囲と切り捨てられるような量の灮輝力が、周辺に漏れている。
また、灮輝力から電力へと変換される際にも、無に等しい量が周りへと溢れ落ちる。
「全くもって微細な量だが」
塵芥と呼ぶにも値しない。
誰も彼もが無視する無価値の力。
しかし、確かに常時、漏れ続けている。
ならば集め続ければ――
「ほら、この通り」
眩く輝くナイフが手に入る。
機銃を弾く身体が手に入る。
あとは、自前の技術を用いて戦うのみ。
「――フザケルナ」
鋼鉄兵は否定する。
AIのくせに、まるで感情があるかのように。
「ソノヨウナ事ヲ認メテナルモノカ。灮輝発動者ハ帝國ノ管理下ニ有ル。ソコカラ逸脱シタ存在ナド、有リ得ヌノダ」
有り得ない、と言われても。
現にクライヴには出来ている。
周囲の灮輝力を集めて、灮輝発動者として振る舞う〝児戯〟が。
逆に、どうして今まで誰もやらなかったのかが不思議なくらい。
思いついたその日のうちに出来のだが――
まさか皆にとっては難しいのだろうか。
「ドノヨウナ手品ヲシタノカ知ラヌガ、ソレモココマデ。〝コレ〟ノ前ニハ無力デアル」
玄武参式は四本の脚を大きく広げ、身を低くする。
そして、甲羅の一部が開き――巨大な砲身が現われた。
「輝の大砲か」
通常、鋼鉄兵は灮輝力を電力に変換し各部のアクチュエータを稼働させている。
しかし輝の大砲は、変換しない。
そのまま――
灮輝力をそのまま砲弾として発射するのだ。
「如何ニモ。コレハ二十ミリ機関銃ナドトハ違ウ。対〝禍津〟ヲ想定シテ作ラレタ兵装ダ。故ニ人間ヨ――オ前ハ滅ビル」
玄武参式の言っていることは、正しい。
機関銃ならば人間でも扱える。つまり人間でもやりようによっては対抗できる。
しかし輝の大砲は根本からして違う。
仮に戦車を盾にしても、盾ごと消滅してしまう。
それほどの威力を持っている。
それが『対禍津』ということ。
しかし問題はない。
さあ――
撃つが良い。
「死ヌガ良イ」
砲身から溢れ出す、激しい輝き。灮輝力の蒼い光。
陽炎立つほどの熱と共に、吐き出される閃光の塊。
防ぐ捌く弾く、そのどれもが普通の人間には絶対不可能。
触れた瞬間に消え去るしかない。
それどころか、灮輝発動者であったとしても、並の技量なら負傷は避けられない。
だが、砂浜を抉りながら迫る『対禍津』を前に、クライヴは一歩も逃げなかった。
そしてナイフを持つ腕を突き出し――飲み干す――。
腕に命中した蒼い光を体内に――取り込む――。
あれほど眩かった塊は、跡形もなくどこかに行ってしまった。
「何、事――カ」
玄武参式は、現状を処理しきれないというふうに、音声を途切れさせる。
無理もない。
こんなパターンはAIに刻まれていないのだろう。
だからクライヴは教えてやる。
「俺が喰った」
――と。
戦車を消滅させるような威力の輝の大砲を、この身に吸収したんだ、と。
「言ったはずだ。俺は周囲の灮輝力を取り込んで自分のものにしている。ならば、より大きな灮輝力があれば、むしろ嬉しいだけ。力をくれて、ありがとう」
完全に自己流のクライヴの技。
当然、神威學園では教えていない。帝國軍のセオリーにも存在しない。
されど、ご覧の通り、実現可能。
既存の戦術を全てぶち壊す、既知外の技。
今にして思えば、クライヴを退学にした理事長には先見の明があった。
こんな技を神威武会で使えば、白けるというもの。
チェスをしているとき相手の駒をハンマーで叩き潰して「勝った」と誇るような行いだ。
しかし、実戦ではそれが許される。
駒を無限に投入しようとも、相手を射殺しようとも、許される。
クライヴがしていることはつまり、そういうこと。
「アカウントなしで鋼鉄兵を圧倒……これが……クライヴ……! ええ、そうよ! これでこそクライヴ・ケーニッグゼグだわ!」
呟くレイの声が高揚していた。
やっと、こちらの強さを信用してくれたらしい。
まだ真の力を一欠片も見せていないのに。
「原理ハ理解不能。ナレド、貴様ノ戦力ハ理解可能! ナラバ――認識番号1532番、推シテ参ル!」
玄武参式は〝外装〟を剥がした。
今まで装着していた亀の甲羅のような装甲を、自ら分離させ、中身を露出させる。
その代償に防御力を失った。機関銃を失った。輝の大砲を失った。飛行能力を失った。
その代わりに、速度と、人の形を得る。
二本の脚で立ったシルエット。
その高さは二メトロンほど。
姿は朧帝國の中世に活躍した武者の鎧を模している。
「コレゾ、玄武参式、武者形態ナリ」
ならば当然の如く、手にした獲物は、刀。
太刀の中でも特に長い、野太刀。
刃の長さは五尺にも及び、肉厚であり、なおかつ研ぎ澄まされている。
しかし、しょせんは剣。しょせんは刀。
機関銃に比べたら原始的。
まして輝の大砲を捨ててまで野太刀を手にしてどうするのか。
「――正しい判断だ」
それをクライヴは賞賛する。
なぜなら、斬撃は灮輝力を外に出さない。
輝の大砲のように灮輝力を飛ばす武器は、クライヴを利するだけだ。
だが刀を使った戦いなら、灮輝力は鋼鉄兵の中で働くだけ。
クライヴが吸収できる灮輝力は、わずかに漏れるおこぼれのみ。
それに外装を捨てたといっても、玄武参式が鉄の塊であるのは同じだ。
そんな代物が出力と重量にものをいわせ、野太刀を構えて突進してきたら。
脅威以外の何者でもない。
ましてここにはクライヴだけではなく、レイがいる。銀髪の少女がいる。
二人を守るには、一瞬で終わらせるのが最善。
しかし今のクライヴでは、あの武者形態を一撃で倒すには、出力が足りない。
輝の大砲を吸収した状態でも、鋼鉄兵を仕留めきれない。
ミュウレアをチラリと見れば、楽しげに笑うのみ。どうやら手伝うつもりはないようだ。
ならば、クライヴが決めるしかなかった。
「イザ尋常ニ!」
野太刀を正眼に構え、鋼鉄の武者が、地を蹴る。
大気が震えるほどの疾走。音を置き去りにするほどの加速。
予測される斬撃は必然的に強力無比。
迎え撃つには、より巨大な灮輝力が――
人造神に匹敵する供給源が必要――
問題なし。
それをクライヴは持っている。
この三年間で構築したシステムがこの身に宿っている。
だから胸に手を当てて、心臓に命じた。
帝國に依存しない禍津殺し。
人造神の優位性を滅する装置。
すなわち〝それ〟は――
「神滅兵装――起動――」
クライヴから放たれた輝き。
まさしく史上最大の灮輝力に他ならなかった。
やっと神滅兵装が出てきました。これでタイトル詐欺にならない!




