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59 アークの記憶

「あれは人間発祥以前……太古の昔に、この星を支配していたアークという種族なんです」


 目を覚ました琥珀は、皆に見つめられながら『奴』のことを語った。

 それは一万年以上前の話。

 この星は、アークという名の、人間に似ているが、しかし人間とは明確に異なる生きものたちの世界だった。

 まるでSF映画に出てくる灰色の宇宙人のような彼らは、その超科学力によって、覇者として君臨していた。

 しかし、アークの敵は不意に現われた。

 それも、宇宙から。


 一つは白銀結晶とともにやって来た禍津たち。


 一体一体が膨大な戦闘力を持ち、更に無限に増殖し続ける禍津であるが、アークの文明はそれと互角以上に戦った。

 あのまま続けていれば、おそらく白銀結晶を破壊していたはずだ。


 だが、敵はもう一つ現われた。


 アークが黄金隕石と名付けた物体に付着してやってきた、宇宙のウイルス。

 それが星全体で繁殖しているとアークたちが気付いたとき、既に手遅れになっていた。

 何せ宇宙からきたウイルスだ。

 アークの医療技術をもってしても治療法は分からず、パンデミックが発生した。

 これが平時ならまだ何とかなったのかもしれない。

 しかし禍津との生存競争をしている真っ最中だった。


 勝てたはずの禍津に敗北し、治せたはずの病気に冒されていく。

 こうしてアークは衰退していき、ほどなくして絶滅した。


ときたま発掘される人類発祥以前の遺跡は、アークの名残なのだ。

 そこから得た技術で朧帝國は人造神や巫女を、クライヴは神滅兵装を造った。


 ところが、である。

 アークは遺跡以外にも現代に遺産を残していた。

 遺産と言うよりは、執念と呼ぶべきか。

 それこそが、白の大陸(アルビオン)に渦巻いている、彼らの残留思念だ。


 思念だけの状態でいると、普通ならすぐさま霧散し、消失してしまう。

 そこで彼らは生き延びるため、敵である禍津に取りついた。

 残留思念として生き残ることが出来たアークは、全体の数パーセントに過ぎなかったが、それでも一億はいた。

 それらが解け合い、混ざり合い、白銀結晶から湧き出す禍津に、手当たり次第に取りついていった。

 いっそ、禍津の体を乗っ取ってやろうという野心すらあったが、しかし禍津の体は大きすぎて、アークの思念ではどうすることも出来なかった。

 羽虫のような小型の禍津なら乗っ取ることも可能だったが、それは弱すぎて乗っ取ったところで意味がなかった。それどころか数週間で寿命を迎えて、アークごと死んでいった。


 とにかく、彼らはそうやって禍津に寄生し、細々と生き抜いてきた。

 その間に宇宙ウイルスは、この星の生物にも感染していき、突然変異による急激な進化を促した。

 その結果生まれたのが『人間』という種である。


「つまり。妾たち人間は、その宇宙ウイルスがなければ生まれていなかった、ということか」


 琥珀の話を聞いたミュウレアは、確認するように言った。


「ええ。私に取りついたアークの記憶では、そういうことになっていました」


「なんとも驚きだなぁ。いまいち信じがたいが……それで、どうしてアークは琥珀に取りついたんだ? どうせならクライヴに取りつけばいいのに。最強だぞ」


「それは……第四世代型巫女を作るのにに、あの百メトロン級禍津『白龍』の細胞が使われていたからです」


 さきほど琥珀が語ったように、アークの残留思念は禍津に取りついて生きながらえていた。

 そして、禍津の中でも最大の個体である白龍には当然、大量の残留思念が取りついていた。

 その白龍こそが、かつてクライヴの故郷であるケーニッグゼグ領を襲撃した禍津である。

 朧帝國は白龍の死体を回収し、分析し、細胞を巫女の胚に移植した。

 結果、アークの残留思念まで移植してしまった。

 しかしこれは、帝國にとってもアークにとっても予想外の出来事である。

 そもそも気付いてすらいなかった。

 帝國は琥珀を新型巫女の試作品としか考えず、アークもまた細胞レベルまで分解されたおかげで、じっと眠っているしかなかった。


 だが、琥珀はこうして白の大陸(アルビオン)まで来てしまった。

 ここは禍津の発生源というだけでなく、アークの総本山である。

 琥珀の中に眠るアークと、白の大陸(アルビオン)にいるアークが共鳴のような現象を起こし、それで琥珀は乗っ取られてしまったのだ。


「なるほど。だが、アークは琥珀の体を使って何をしようとしたいたのだ? あの巨大ロボットと合流しようとしていたのは分かるが」


 と、クライヴが口を挟む。


「それが……私もハッキリとは分からないのですが、どうやら白の大陸(アルビオン)にはアークの王都があるらしく……そこにある最終兵器を起動させようとしているみたいです」


「最終兵器?」


「はい。禍津も人類も、一気に倒してしまえるような……そんな兵器みたいです……」


 琥珀も断片的にしか分からない。

 まず琥珀に取りついていたアークも、全てを把握しているわけではなかったし、そこから幾らか記憶を盗み取っただけだ。


「アークが絶滅したあとも、アークが残したコンピュータが、最終兵器の建造を続けていたみたいです。それはとっくに完成しているのですが、なにせアークは肉体を失っているので、起動スイッチを押すことすら出来ないんです。だから私の体を使おうとしたみたいです。そして……」


 アークから溢れ出す自信は、並大抵のものではなかった。

 最終兵器さえ起動させてしまえば、どうとでもなるという確信が伝わってきた。


「あれは多分、絶対に使わせてはいけないものです。王都の方角なら分かります。白銀結晶の前に、スティングレイをそこに向かわせましょう。潰すべきは禍津よりもまず、アークの最終兵器だと思います」


「しかし琥珀よ。お前に取りついていたアークは、クライヴがクライヴってくれたんだろ。じゃあ、しばらくは大丈夫じゃないか?」


 ミュウレアは呑気なことを言う。

 だが、違うのだ。


「アークは……私の中から逃げただけです。そして巨大ロボに乗り移って、おそらく脱出カプセルで王都に向かったはずです」


「ああ。それは俺も感じ取った。最終兵器とやらがどの程度のものか知らないが、あの人造神や神滅兵装のもとになった文明が残したものだ。危険を冒す意味はない。動き出す前に破壊しよう。王都の方角は……脱出カプセルが向かったのと同じでいいのか、琥珀」


「は、はい! そうです!」


「コルベット。聞いての通りだ。進路変更、全速力」


「心得タ」


 コルベットの制御でスティングレイは回頭する。

 急激な進路変更や加速なのに、まるで負荷を感じないのは、高度な重力制御のおかげだ。

 クライヴの設計したスティングレイは、まさに無敵の軍艦といえる。

 しかし、それでもアークの最終兵器には勝てないのではないか。

 そんな疑惑が琥珀の中に沸いてくる。


 それから琥珀には、皆に謝らねばならないことがあった。


「あ、あの……本当にごめんなさい!」


 申し訳なさが溢れ出し、琥珀は力の限り頭を下げた。

 ところが、ブリッジにいた全員が、怪訝な目を向けてきた。


「琥珀様? いったい何を謝っているのですか……?」


 そして、一番痛めつけてしまったはずのレイが、不思議そうに呟いた。

 本当に分からないという顔だった。


「だ、だって、私がアークに乗っ取られたせいで皆に迷惑を……スティングレイに穴まで空いてしまって……!」


「あの穴は妾が空けたんだから気にするな」


「いえ、そういう問題ではなく!」


 琥珀はそう叫んだが、皆に「そういう問題だ」と言われてしまう。


「迷惑をかけたのはアークであって、琥珀様じゃありません。むしろ琥珀様は被害者じゃないですか。今回もクライヴがいなければどうなっていたことか……申し訳ありません!」


「ええっ!? レイが頭を下げることはないですよぅ!」


「では琥珀様も頭を下げないでください!」


「え、あ、はい」


 なにやら理屈になっているような、なっていないような。

 とにかく、誰も琥珀を責めるつもりがないようだ。

 いや、そんなことは初めから分かっていた。

 この人たちは、そういう人だ。


「ほら。クロちゃんも、いちいち謝るなと言っているぞ」


 ミュウレアがクロちゃんを抱き上げると、言葉を理解したかのように「にゃーん」と鳴いた。

 それが本当に琥珀をたしなめているように聞こえて、何だか面白かった。


「はい……分かりました。皆さん、ありがとうございます!」


「うむ。謝られるより礼を言われるほうが気持ちがいいぞ!」


「でも、殿下と私は何もしてませんけどね。琥珀様を助けたのはクライヴです」


「い、いいだろ! 気持ちの問題だ!」


 人類発祥以前の種族やら、その最終兵器などという物騒な事態になったのに、スティングレイの乗員は、相変わらず脳天気だ。

 自分がその仲間であるということが、とても幸福に思えて、琥珀は微笑むのを止められなかった。

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