58 ピンチ・クラッシャー
アーク。
それは遥か遠い過去に、この星を支配していた種族の名だ。
そして今、琥珀の体に入り込んでいるのは、そのアークの残留思念の集合体である。
目的は無論、地上から禍津と人類を根絶やしにし、再びアークの世界を作り出すこと。
その機会をこの一万年、ずっと狙っていた。
今、ようやく肉体を得た。
計算してやったわけではない。妄執が実を結んだのだ。
百メトロン級禍津に取りついたのも。その遺伝子が第四世代型巫女に転用されたのも。巫女がこうして白の大陸にやってきたのも。
全ては偶然。
だが、一つ一つの偶然を決して逃さずものにした執念こそがアークの武器だ。
そして王都に帰還さえすれば、最終兵器『ゴッドレイ』が手に入る。
あとわずか。あとわずかで野望実現のときだ。
そんな想いをのせてアークの残留思念は黄昏の空を飛んでいた。
そのとき――
「神滅兵装――起動――」
頭上から声が落ちてくる。
まるで『力』という概念が音になったかのような響きだった。
何事かと頭を上げると、夕日を背にした男が一人。
奴だ。
クライヴ・ケーニッグゼグが飛んでいるのだ。
「何者かは知らないが、琥珀を返してもらうぞ」
有無を言わさぬとはまさにこのこと。
アークは人類を見下しているが、このクライヴという男だけは別だ。
存在自体がどこか狂っている。
一つの個体にあれほどの力が集中するなど普通ありえない。
「貴様どこから沸いてきたッ? これはせっかく手に入れた肉体だ。易々と手放しはせんよ!」
アークは琥珀の体内に流れる白色血液を使い、灮輝力を練り上げた。
つまり、自分の肉体そのものを人造神として使ったのだ。
もともと人造神は、アークの技術。
今の人間は、それを模倣しているに過ぎない。
帝都に建つ、あの巨大で醜い人造神は、アークから見れば稚拙極まる。
あれほど大げさな装置にしなければならないというのが、人類の限界を示している。
だが、クライヴの体内にある神滅兵装は違う。
アークが作ったものより、むしろ優れている。
しかし――認めてなるものか。
「人間風情が、我が行く手を阻むなど!」
アークは掌から衝撃波を飛ばし、クライヴに叩き付ける。
それは直撃したはずなのに、クライヴは微塵も揺るがなかった。
そのまま正面から突っ込んできて、こちらの頭を鷲掴みにしてくる。
「琥珀から出て行くがいい」
そう言ってクライヴは、灮輝力を流し込んできた。
それは微弱な力であるが〝琥珀〟の脳内を駆け巡り、異物――すなわちアーク自身を攻撃してくる。
「貴様、こんな芸当が……それでも人間かァッ!」
最早、個人がやることではない。
「失敬な。れっきとした人間だ」
琥珀の中に巣くうアークの残留思念は、クライヴの灮輝力で削られていく。
このままでは完全に消滅してしまう。
一万年の長きに渡り残してきたこの怨念が、一人の小僧によって潰されてしまう。
「ふざけるなっ!」
アークは叫ぶ。しかし反撃の糸口が見つからない。
ゆえに逃走を選ぶ。いや選ぶというより、それしかなかったのだ。
ようやく手に入れた琥珀の体から飛び出し、空に舞う。
しかし、肉体なき意識など霧のようなもの。
いや、目に見えないのだから、それ以下だ。
瞬く間に霧散していく。
――このまま消えてなくなるなどと……受け入れられるか!
アークは世界の全てを呪うような念を放つ。
そのせいかどうかは知らないが『迎え』が間に合った。
空の向こうから、ブースターの轟音とともに巨大ロボットがやってきたのだ。
王都の守護者にして、アークの忠実な下僕。
機械兵器マキナだ。
――僥倖! あの中に入り込めば!
アークは霧散する意識を何とか保って、自分からマキナへと向かっていく。
その中に潜って、融合。
コンピュータ制御だった機体が、アークの思念制御に切り替わる。
これは元々備わっていた機能だ。もっとも本来は、生身の肉体ごと乗り込み、脳波で制御するのだが、この程度の応用は利く。
――このまま王都まで逃げ切ってくれる!
反転し、ブースターを全開。
音速の倍の速度で一気に突き進む。
が、背後に高エネルギー反応。
「対艦刀、月光」
馬鹿げたエネルギー量のプラズマが、マキナに襲いかかる。
全長五十メトロンの巨体が、一撃で縦割りにされてしまった。
恐ろしい男だ。
しかし、琥珀から読み取った記憶のおかげで、奴がこの程度を容易くやると分かっていた。
ゆえに即座に次の手を打つ。
脱出カプセルを切り離し、爆発に紛れて飛び出した。
「――!?」
クライヴから驚きの気配が伝わってくる。
流石の奴も、追撃する余裕はないらしい。なにせ意識のない琥珀を抱きしめているのだ。追いかけても来ないはず。
ならば勝ったも同然。
王都に眠る最終兵器『ゴッドレイ』は、クライヴも朧帝國も、そして禍津も。この地上に住まう全ての外来種を駆逐する力を持っているのだから。




