56 ノイズ
エタったと思ったか?
待たせたな!
更新再開だ!
八十メトロン級禍津を撃退したのち、スティングレイは再び白の大陸上空を飛んでいた。
目指すのはもちろん禍津の発生源、白銀結晶である。
しかし、それが白の大陸にあるのはハッキリしているのだが、精確な位置までは分からない。
そこでクライヴはカメラ付き小型ドローン百機を飛ばし、白銀結晶を探させた。
白銀結晶らしき物体を発見したのは、禍津を倒してから、わずか三時間後だった。
「意外とすぐ見つかったなぁ」
正面モニタを見上げながら、ミュウレアが呟く。
「我の分析力が優れているのでアル」
するとコルベットが少し誇らしげに言った。
なにせ彼女は百機のドローンから送られてくる動画を全て同時に解析し、その中から白銀結晶を見つけ出したのだ。
いくらカメラが多くても、コルベットの分析力がなければ早期発見は不可能だった。
「しかし、禍津の発生源とは思えないほど美しいな……」
クライヴは不謹慎ながら、ドローンが送ってくる白銀結晶の映像に見とれていた。
それは氷の大地に生える槍に見えた。
全長はコルベットいわく、約千メトロン。
表面はきらびやかで、研ぎ澄まされた刃のようだ。
黄昏時の世界において、それは淡い光を放っている。
白銀結晶の名にふさわしい。
地面から空を目指して伸びる、千メトロンの発光体。
幻想的であり、そして同時に不気味でもあった。
だが、真に特筆すべきは、その脅威度だ。
白銀結晶の周りには、大量の禍津が群れをなしている。
五十メトロン以上のものだけでも三桁近い。
小型のものとなれば、それこそ無数。画像解析を行なっても数を割り出せない。
しかも、その数は時間とともに増えていく。
クライヴたちが見ている前で、刃のような白銀結晶の表面に白い泡が発生し、それがシャボン玉のようにふわりと浮いた。
シャボン玉はやがて形を変えて、化物の姿となる。
新たな禍津が生まれた瞬間だ。
「二十メトロンくらいだな」
クライヴは感心して呟いた。
「白銀結晶の産卵シーンというのは貴重で面白いが、感心してばかりもいられないぞ、クライヴ。妾たちはあれを破壊しにきたのだ。白銀結晶がある限り、人類に平和は訪れない」
「分かっていますよ姫様。そういうわけでコルベット。進路を白銀結晶に向けろ」
「心得タ――いや待て主様。当艦の後方から接近する金属反応アリ。マッハ2!」
「マッハ2の金属反応だと?」
帝國軍の兵器が追いついてきたのだろうか。
しかし第三艦隊はクライヴたちが完膚無きまでに叩きのめした。
他の艦隊が来たにしては早すぎる。
「何にしても、俺たちは孤立無援だ。味方というのはありえない。スティングレイ回頭。金属反応の正体を確かめるぞ。それと姫様。琥珀とレイの様子を見てきてくれませんか。ちょっと心配なので」
琥珀は先程の戦闘中、頭痛を訴え、部屋に引っ込んだ。
レイが看病しているので大丈夫だとは思うが、高い再生力を持つ巫女が頭痛になったというのが気にかかる。
「分かった。妾もそろそろ琥珀の顔が見たいと思っていたところだ。戦闘は任せたぞ」
ミュウレアはドレスをひるがえしてブリッジを出て行った。
金属反応と接触するまで約二分。
相手が何者かは分からないが、どんな敵でもスティングレイが沈むことなどありえない。
何せこの艦はクライヴが設計したのだ。
いざとなればクライヴ自身が外に出て戦うという手もある。
ほとんど無敵といってよい艦だ。
だからこそ――内部から攻撃されるという自体は想定していなかった。
△
「う、うーん……」
眠りから覚めた琥珀は、かすむ目で天井を見つめた。
視界の片隅にレイの顔がある。
黒猫のクロちゃんが「にゃーん」と鳴きながら、布団の上に飛び乗ってきた。
「あ、琥珀様。頭痛、もう大丈夫ですか?」
時計の針は三時間ほど進んでいた。
その間、レイはずっと琥珀のそばにいてくれたのだろう。
彼女の優しさに応えるため、琥珀は笑顔を浮かべた。
「はい。すっかりよくなりました。看病してくれてありがとうございます、レイ」
「いえいえ、看病なんて大したことしていませんよ。そばで座っていただけです。けれど琥珀様が元気になってよかったです」
「レイは心配性ですね。あんまり過保護すぎると嫌いになっちゃいますよ」
「そんな! 琥珀様に嫌われたら私は……!」
琥珀の言葉にレイは大げさに仰け反ってみせる。
それからお互い見つめ合い、イタズラっぽく笑い合った。
「琥珀様は人が悪くなられましたね。前はそんな冗談を言う人ではなかったはずですが」
「そうでしょうか? だとしたら外の世界を知って成長したということですね。色々悪いことをするようになるかもしれません」
「それは大変です。私が責任を持って見張らないと!」
なんて冗談を言い合う。
本当に楽しい時間だ。
朧帝國を飛び出してから色々な人に出会ったけど、やはり琥珀はレイが一番好きだった。
ずっとずっと一緒にいたい。
けれども――。
「琥珀様。少し席を外してもいいでしょうか? ブリッジの様子を見てきます」
「いいですよ。言ったはずです。過保護すぎると嫌いになるって。私は大丈夫ですから」
「ありがとうございます。すぐ戻ってきますから」
笑顔でそう言って、レイは部屋から出て行った。
瞬間、琥珀は苦痛に顔を歪める。
「ぐ、うぅっ……!」
琥珀は悪いことをした。
嘘をついた。
頭痛が治ったなんて嘘。
大丈夫なんて嘘。
本当は割れそうなほど痛い。
目を覚ましたのは具合がよくなったからではなく、あまりの激痛で強制覚醒したからだ。
理由はまるで分からない。
ただ、さっきの禍津を倒してから、ずっと止まらない。
時間が経つとともに酷くなっていく。
なぜ?
いままでこんなことはなかった。
これは人造神で身体を絞られるよりも痛い。
脳の中で蛇が暴れ回っているかのようだ。
「にゃーん」
クロちゃんが心配そうに琥珀の頬を舐めてきた。
それで少しだけ癒やされたが、痛みはまるで変わらない。
吐き気がする。動悸が激しい。息が苦しい。
視界が融ける。耳が遠くなる。
自分が消えていくという奇妙な感覚。
「あ、うっ……これ、なに……!」
黙って寝ていることすら出来なくなってくる。
ベッドの上を転がり、床に落ちて、のたうつ。
そして頭に走る、あのノイズ。
――■■■。■■■■■。
それを聞いたとき。琥珀は本能的に自分の身に起きている現象を悟った。
理由は知らないし、理解もできないが。
〝乗っ取られていく〟という実感があった。
――邪■■。■を■■せ。
ゆえに自分が消えてしまう前に、残しておかねばならない。
最後の力を振り絞って、テーブルまでたどり着く。
そして指を強く噛んで、皮膚を千切って血を流す。
人造神や神滅兵装の燃料となる白色血液だ。
ドクドクと流れていくそれを、マグカップへと貯める。
こぼれるほど、なみなみと注ぐ。
これだけあれば、きっと。
琥珀がいなくてもクライヴは戦える。
――邪魔だ。体を寄こせ。
やがてノイズが晴れた。
ハッキリとした声になる。
「にゃーん……」
床に這いつくばる琥珀にクロちゃんが擦り寄って鳴く。
それが琥珀が聞いた最後の声。最後の感覚。
もう何も分からない。
けれど、本当に消えてしまう前に。クロちゃんだけは絶対に逃がさないと――。




