55 超古代文明
白の大陸に上陸した次の日――。
纐纈城はついに目標地点に辿り着いた。
白銀結晶から西に七十キロほど離れた場所にある山脈。
その中腹に存在する、ピラミッド。
雪と氷に閉ざされたそれは、一片が五キロ以上もある巨大構造物。
誰がいつ、どうやって、こんな場所にこんなものを造ったのだろうか。
実のところ、賀琉ですら把握していない。
ただ、このピラミッドは人類発祥以前。
一万年以上前の遺跡だという事実。
纐纈城も相当に巨大な物体だが、このピラミッドに横付けすると、まるでイカダに乗っているような気分になってくる。
「陛下。入り口を発見しましたが……氷に閉ざされています」
「ならばレーザーを低出力で撃ち、溶かせ。穴が空いたら余が自ら入るぞ。護衛を五人ほど見繕っておけ。それと翡翠も呼べ」
「はっ。しかし、陛下自らというのは危険ではありませんか?」
「心配は無用。余もまた灮輝発動者だぞ。余に勝てる者が帝國に幾人いる?」
事実、並の灮輝発動者では賀琉に勝てない。
皇帝という身分ゆえ、直接戦闘することはないが、あの焔レイに準ずる灮輝力を扱うことが出来るのだ。
よってピラミッド内部に危険があったとしても、切り抜ける自信はある。
むしろ護衛をつけるのは、部下たちに余計な口を挟ませないためだ。
――
――――
――――――
ピラミッドは外部も内部も、全て黒い金属で造られていた。
材質は不明。しかも繋ぎ目が見当たらないという超技術。
その探索は七人で行なわれた。
まずは当然、賀琉。
巫女の翡翠。
それから五人の灮輝発動者だ。
翡翠が持つ電気ランタンと、灮輝発動者が放つ光によって見晴らしはいい。
通路も大人が三人並んで歩けるほど広く、特に危険なものは見当たらない。
それどころか、突起もなく、装飾もなく、ひたすら平坦。
帝国領土にある遺跡を何度も調べた経験から、賀琉は古代文明の遺跡がこういうものであると知っている。
だが、護衛たちは拍子抜けという顔をしていた。
「ところで陛下。一つ質問が」
そして最も若い一人が口を開く。
「何だ。申して見よ」
「はい。陛下は我々などよりよほど強い灮輝発動者です。よって心配などしていませんが……どうして翡翠様を遺跡の中に? 危険が増すだけと思うのですが」
当然の疑問だろう。
このピラミッドを探索する理由は『帝國の未来を支える技術を手に入れるため』と纐纈城の乗組員たちに説明してある。
先に白銀結晶を破壊してからの方がいいのでは、という意見も当然出たが、それは『スティングレイが存分に禍津と戦い、数を減らしてくれてからでも遅くはない』という理屈で押し切った。
そして、翡翠を連れて行く言い訳も、しっかり考えてある。
「蒙昧な奴め。では聞くが、貴様らは迷路で辿った道を全て暗記できるか? 反響した音から周囲の構造を読み取れるか? 巫女の演算能力はそれを可能とする。貴様らよりも役に立つのだぞ」
これは嘘ではない。
巫女という生体コンピュータは、遺跡探索に大いに役立つのだ。
ただ、翡翠を連れてきた真の目的は別にあるのだが。
「なるほど流石は陛下……浅慮な発言をお許し下さい」
「よい。その代わり、翡翠に危険が迫ったときは盾になれ」
「はっ! 命に代えてもお二人をお守りいたします!」
若い灮輝発動者は真面目くさって敬礼する。
きっと本当に自分の命を捨ててでも守ってくれるのだろう。
彼だけでなく、残りの四人も同じ。
護衛役に抜擢される者は、そういう狂信者だ。
死ねと言えば死んでくれる。
大変ありがたい。
「陛下。分かれ道だ」
と、翡翠がランタンで道を照らしながら呟いた。
右は上に。左は下へと向かう傾斜がついている。
「翡翠。道は分かるな?」
「当然だ。まずは下へ下へと向かっていけばいい」
賀琉がここにピラミッドがあると知ったのは、帝國にある遺跡を調べた結果だ。
いわく、このピラミッドこそが古代文明の王都であり、そこには膨大な量の知識と技術が眠っている。
そして、内部構造も探し当て、それを翡翠に記憶させている。
もちろん紙に写して持ってきているが、やはり案内してもらうのが一番簡単だろう。
そして翡翠の先導で下へ向かい、その後、いくつかの分岐点を通過しながらも、ひたすら潜っていく。
やがてピラミッドに入ってから一時間が経とうというとき。
ようやく景色が変化する。
眼前に扉が現われたのだ。
床や天井と同じように、平らな板。
ドアノブのような気の利いたものはなく、取っ手も何もない。
しかし真ん中に切れ目が走っているので、自動ドアの如く左右に開く仕掛けなのだろう。
ただし、賀琉たちが扉の前に立っても反応なし。
「陛下。この扉は……」
「流石の余も、これの開け方は知らぬ。というより一万年以上前のもの。動力が止まっているのだろう。ゆえに灮輝力で破壊する。貴様ら、力を貸せ」
「承知しました」
賀琉と護衛五人は扉に向かって手を突きだし、灮輝力の塊を同時に撃ち込む。
頑丈そうな材質だったが、灮輝発動者六人の力には耐えきれなかったようで、ガラガラと音をたて崩れ落ちた。
奥に見えるのは巨大な空間。
その全容は中に入って確認するしかないが、まずはその前に。
「ご苦労。貴様らの役目はここまでだ。この先は極秘事項ゆえ、灮輝発動者ごときに見せるわけにはいかん」
「――え?」
五人がまともな反応をする前に、賀琉の技が発動する。
それは神速にして不可視。
何もない空間に突如として刃が現われ――五人全員の首を同時に切断せしめた。
ボトリと頭が鞠のように転がり落ち、断面からは血が溢れ出す。
それらの死体に一瞥もくれず、賀琉と翡翠は奥へと進む。
「これが……古代文明のメインコンピュータか」
一万年以上前に栄えた、人類ならざる者の文明。
その王都の地下に眠る、超大型演算装置。
部屋そのものはドーム状である。
直径は五十メトロンほど。
その中央部に立っている柱こそがコンピュータの中核、のはず。
「陛下。動力はどうするのだ? いくら古代文明と言えど、動力なしでは何も動かないだろう?」
「灮輝力を使う。もともと人造神は遺跡から得た技術だ。この部屋にも同等の機構があったはず」
「ああ、なるほど。そこで私が役に立つわけだ」
中央の柱には、液晶ディスプレイにそっくりなパネルや、キーボードに見えなくもないボタンが備わっていた。
また、スライド式の小窓がついており、それを開けると、内部の配線や、半導体らしきもの、コンデンサのようなもの、何だか分からないものが露出する。
あまりにもレベルが隔絶しすぎていて、全てを理解するには程遠い。
しかし、賀琉は一部とはいえ、古代文明の技術を現代に蘇らせた男だ。
「これだ。このパイプが灮輝力を伝えるものだ。そうか、このコンピュータは灮輝力を電力に変換することなく、そのまま使用して動いているのだな。素晴らしい。そして、このパイプの先に……」
賀琉は、護衛たちの首を刎ねた刃で、柱の側面を切り裂き、更に内部を顕わにする。
そしてパイプを辿り、今度は床を引きはがす。
すると、人造神と同じ役目を果たしていたであろう装置を発見した。
ただし、大きさは比べものにならないほど小さい。
せいぜいトラックのエンジン程度だ。形状もどこか似ているような気がする。
「翡翠。血をこの穴に流し込め」
「承知した、陛下」
翡翠は懐から短刀を取り出し、自分の手首に線を引く。
そこから白色血液が溢れ出し、古代の人造神に注がれた。
しかし、それだけでは装置は作動しない。
自動車のエンジンだって、ガソリンがあれば動くというものではなく、点火するためのプラグが必要なのだ。
そのプラグの役目は、賀琉がやればよい。
初動のエネルギーとして、帝國本土の人造神から灮輝力を引き出し、賀琉の身体を通して流し込む。
すると目論見通り――
「ほう。陛下、明かりが灯ったぞ。綺麗なものだな」
ドームの壁一面に色とりどりのランプがついた。
それは丸かったり、長方形だったりと、何かのメーターに見える。
一昔前のSFのようなビジュアルだ。
「ふむ。一度動き出せば、あとは放置しても大丈夫か……それにしても一万年以上も放置されていたのに。大したものだ。これほどの技術力ならば、必ずや……!」
あの人を蘇らせる技術も眠っているはず。
そう信じて賀琉は、柱のパネルを操作しようとした。
が、反応なし。
「……どういうことだ。何かが足りないのか? 帝國にあった遺跡では、このようなことは……」
帝國を初めとした世界各地にある遺跡は、古代文明にとって辺境のようなもの。
いわば雑魚。
王都であるこの場所は、そう簡単にいかないということか。
だが基本的には同じ仕組みのはず。
賀琉がそう戸惑っていると、脳に直接、声が聞こえる。
――■■ろ。■来■。
強烈なノイズ。激しい頭痛。
賀琉はたまらず唸り、頭を押さえてうずくまった。
「陛下!?」
翡翠が駆け寄り肩を抱いてくれるが、痛みは治まらない。
そして声は鮮明に、意味を持った言語へと変化していく。
――失せろ。外来種。貴様ら病原菌が触れてよいものではないのだ!
頭蓋骨に釘を打ち込まれたような激痛が走る。
呼吸すらままならない。
今自分がどうなっているのかも分からない。
「陛下、しっかりしろ!」
翡翠が引きずって、柱から距離を取ってくれた。
おかげで頭痛が和らぎ、やがて完全に収まる。
声はもう聞こえない。
「いったい何事だ? とつぜん頭を抱えて……」
「分からぬ。頭に声が響いたと思ったら、刺すような頭痛に襲われた。今まで何度も遺跡を調査してきたが、こんなことは初めてだ」
認めたくはないが、賀琉は肝を冷やしていた。
あの柱から古代の技術を盗むために来たというのに、柱に近づくのが恐ろしくてたまらない。
実際、危険と分かっているものに対策なしで触れるのは愚かだ。
「一度、灮輝力の供給を切るか……それから改めて調べたほうが……」
賀琉は調査の方針を考えた。
そのとき。
部屋全体が揺れ始める。
いや、この音の大きさは、ピラミッド全体が揺れている。
「何だ――?」
音は次第に大きくなり、そして頂点を向かえた瞬間。
音源が上昇していく。
まるで、ロケットの発射のように。
△
賀琉と翡翠がピラミッドの地下でその音を聞いていたとき、纐纈城に残された軍人たちも、同じ音を観測していた。
ただし、艦橋のスクリーンには、音だけではなく、音を出している物体そのものが映っていた。
「あれは、禍津か!?」
「いや違う! ロボットだ! 人型のロボットだぞ!」
ピラミッドの一部が開き、そこから顔を覗かせたのは、巨大な人型の機械。
全長は五十メトロンほど。
それが背中のブースターから白煙を上げ、見る見る上昇していく。
「どうするっ? 中にいる陛下たちは無事なのか!?」
「分からん! が、とにかくあのロボットは正体不明だ。念のため砲塔を向けろ。もし向こうが攻撃して来たら即座に反撃だ!」
皇帝不在の中でも混乱を最小限にし、艦橋は何とか機能している。
彼らの練度の高さがうかがえるが、しかし、相手が悪い。
古代文明の兵器がどんな反応をするかなど、想像の外だ。
「――ッ! 撃って来やがった!」
こちらが砲塔を動かした途端、敵ロボットは頭部に光るモノアイから、レーザー光線を放ってきた。
纐纈城のシールドがそれを防ぐ。
が、凄まじい威力。
コンデンサに蓄えられた電力が一気に減り、シールドを超えて伝わる衝撃波が百万トンの船体を激しく揺らす。
「いかん! 撃て撃て撃て撃て! 翡翠様なき纐纈城での持久戦は不利だ!」
甲板に並ぶ二百を超える砲。
高層ビルが建ち並ぶ摩天楼さながらだ。
それがロボットに照準を合わせる光景は、どこか幻想めいてすらいた。
だが、紛れもない現実。
しかも飛び出すのは大質量を持った塊。
上昇していくロボット目がけて、鉄と火薬のパレードが突き進む。
命中。命中。命中。命中。
的は大きく、こちらの狙いは正確。
ゆえに命中は当然であり、だからこそ結果が信じがたい。
敵ロボットは無傷だった。
焦げ目一つない装甲をこれ見よがしに晒し、空に向かって加速していく。
「なんだ……反撃してこないぞ!?」
「まさか、こちらが弱すぎて、無視してもいいと判断されたんじゃないだろうな?」
真相は不明。
そこには事実だけがあった。
敵は纐纈城の艦砲射撃を正面から喰らいながら揺るぎもせず、そのまま飛び立ち、どこかに行ってしまった――という屈辱的な事実である。
そして、
「ロボットが飛んでいった方角……白銀結晶がある方角じゃないか……?」
と、呟く者がいた。
それもまた事実の一つ。
意味するところは不明。
地獄の門が壊れてしまったのだと想像した者は、誰もいなかった。
書きたまるまで、しばらく更新停止します。




