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51 淫乱幼女

 第三艦隊を撃滅した次の日。

 つまりケーニッグゼグ領を出航してから四日目の朝。


 スティングレイは白の大陸アルビオンを目前にしながら、海中にて百体以上の禍津に取り囲まれていた。


「敵、水圧砲、防御シールドに着弾。損傷ナシ。敵、防御シールドに突進。損傷ナシ」


 コルベットの淡々とした報告がブリッジに流れる。

 事実、あと何十時間くり返そうとも、禍津の攻撃はスティングレイの外装に辿り着くことすら出来ないだろう。


 しかし、だからといって放置してよいものではなかった。

 なにせ、あまりにも数が多すぎて視界の全てが埋まっている。

 その上、次々と集まってくるので、相手をするのも面倒だ。


「なあ、クライヴ。このまま浮上したらどうだ? どうせ白の大陸アルビオンは目と鼻の先。たぶん空にも禍津はいるんだろうが、海の底で戦うよりは気分がいいだろう」


 ミュウレアは操舵輪を回しながらそう提案する。

 くり返すが、この船の制御はコルベットが行なっているので、今の操舵輪はただの飾りだ。

 もちろん、操舵輪で操作するように設定することも可能だが、コルベットの制御に不満がないので使う予定はない。

 つまり、ただのオモチャ。

 ミュウレアは伊達と酔狂で操舵輪をグルグル回している――が、提案そのものは理に適っている。


「コルベット。シールドにまとわりついている禍津を振り払って上昇できるか?」


「可能。なれど、射出したドローンの映像を見る限り、海上には更に多くの禍津がイル」


「だが、ここにとどまっていても何も始まらない。火力で道を切り開く」


「承知シタ」


 スティングレイは垂直方向に加速し、一気に上昇する。

 防御シールドの外では強烈な水流が発生し、へばりついていた禍津たちが吹き飛ばされていく。


 そして船体が海面を超え、空に浮かび上がった瞬間。

 膨大な数の禍津が正面スクリーンに映し出された。


 空は青いはずなのに、半分以上が黒く染まっている。

 小型の禍津たちが羽虫のように飛び交い、数えるのが無意味に思えるほどの大軍となっていた。

 一体一体は小動物のような大きさだが、それでも集まれば大迫力だ。

 おそらく十万を超えているだろう。

 更に、小型禍津に混ざって、四十メトロン級が七体、五十メトロン級も五体いた。


 アメーバのように形の定まらない個体や、クワガタに似た昆虫タイプ、回転して飛ぶ亀など、形状は様々だが、どれも等しく人類の敵。


 そして、禍津の群れの奥に見える、真っ白な大地。

 極地からかなり離れているのに、氷に閉ざされ続ける領域。

 白の大陸アルビオン――

 遺跡の記述が正しければ、禍津の発生源たる白銀結晶が、このどこかにある。


「何て数……流石は禍津の巣……って言うか、こんな沢山いたなんて帝國軍ですら把握してないし、よく今まで人類は無事だったわね……」


 レーダー監視員用の椅子にいたレイは、口元を手で覆い、青ざめた顔でスクリーンを見つめる。

 その膝上に座っている琥珀も目を見開き、一言も発しない。

 ミュウレアですら操舵輪をグルグル回すことを忘れている。


 だが、禍津の本拠地であると考えれば、こんなものだろう。

 それに、あの大量の小型禍津は、クライヴが思うに、それほど脅威ではないはず。

 いや、あのサイズの禍津がこれまで観測されていなかったことから考えても間違いない。


「おそらく、あれら羽虫のような禍津は、海を渡るほどの持久力がない。現に、見ろ。前方にはあれほどいる禍津だが、後方にはほとんどいない。白の大陸アルビオンから離れて行動できないんだ」


 クライヴは船長席のスイッチを操作し、正面スクリーンに後方カメラの映像を映した。

 すると、そこには晴れ渡った青空と、流氷が浮かぶ穏やかな海があるだけ。


「なるほど……だから人が住んでるところに来る禍津は、小さくても一メトロン以上あったのね。それでクライヴ。これからどうするの? あんな細かいの、倒すとなれば大変よ」


「ここでまともに戦う必要はないだろう。俺たちの最優先目標は白銀結晶の破壊。第二に、その残骸を帝國に渡さないこと。この場は直進して突き抜ける。コルベット、主砲斉射三連」


「了解シタ」


 クライヴの指示に従って、スティングレイの主砲から、プラズマ砲弾が三連射され、禍津の作る黒いカーテンに穴を開けた。

 それに反応した大型禍津たちがスティングレイ目がけて突っ込んでくるが、指示を出さずともコルベットが主砲を向け、それらを迎撃してくれた。


「よくやったコルベット。このまま前進だ」


「お褒めにあずかり光栄でアル」


 コルベットの声色は、人間に比べればまだ淡泊だ。

 しかし、起動したばかりの頃に比べたら、驚くほど親しみやすくなっている。

 今だって、クライヴに褒められたことが誇らしいようで、声を弾ませていた。


「なぁなぁ。妾にも主砲撃たせてくれよ。艦砲射撃がしたい。妾の好きな四文字熟語トップスリーに入るからな。艦砲射撃に包囲殲滅に焼肉定食。乙女のたしなみだ」


「どこの世界の乙女ですか。じゃあ次の機会に手動で撃たせてあげますか。今は我慢してください」


「仕方がないな。まあ、流石の妾もそこまでワガママではないから、今日のところは勘弁してやろう」


 などと、ミュウレアは恩着せがましく語った。

 しかし、誰も聞いていない。

 コルベットはスティングレイを直進させるのに集中しているし、レイと琥珀は正面モニターを凝視している。

 クライヴだって、そういつもいつもミュウレアのノリに付き合ってやるほどお人好しではないのだ。


「主様。白の大陸アルビオンに入るゾ」


 禍津のカーテンに空いた穴を通り抜け、スティングレイはついに前人未踏の大陸上空へと入った。

 小型禍津は追いかけてくるが、個々の力が弱すぎて、防御シールドに触れただけで焼け焦げる。


「すごいなぁ! 白の大陸アルビオンだぞ白の大陸アルビオン! 超重力砲で禍津を全部吹っ飛ばしてから着陸してみないかっ? 外を歩きたいぞ!」


 ミュウレアは大興奮で、意味もなく操舵輪をグルングルン回しまくる。


「気安く言いますが姫様。超重力砲はエネルギー消費が凄まじいんです。疲れるんですよ」


「えー、いいだろ。ちょっとでいいからな、な? あの辺にいる禍津の群れを空間ごと薙ぎ払ってくれればそれでいい」


 それのどこら辺が〝ちょっと〟なのか。

 クライヴはミュウレアを無視して、コルベットに加速の命令を出そうとした。

 そのとき。

 眼下の氷が割れた。


 奥から響く獣の咆哮。

 飛び出してきたのは巨大な狼。


「八十メトロン級禍津ヲ確認。主砲で攻撃――」


「いや、間に合わない」


 コルベットは艦首を下に向け、狼に砲撃しようとしたが、それより早く敵は跳躍し、スティングレイの頭上をとる。


「はやっ!」


 レイですら驚愕してしまうほどの身のこなし。

 巨体には似つかわしくないが、禍津とはそういうものだ。

 巨大になればなるほど、攻撃力も防御力も速度も増大していく。


「おいおい! どうするんだクライヴ。あの狼、シールドの上に着地したぞ!」


 ミュウレアの言うとおり、狼型禍津は球状に広がるスティングレイのシールドを四肢で捉えていた。

 そして恐るべき鋭さを持った牙で噛みつく。


 牙離牙離牙離ガリガリガリと、船内まで音が聞こえる。


 八十メトロン級ともなれば、スティングレイの防御シールドをも傷つける力を持っているのだ。

 もちろんシールドは、クライヴの神滅兵装からエネルギーを受け取り、逐次再生していく。が、これではジリ貧。

 禍津とクライヴの根気勝負になってしまう。


 真上だと超重力砲の斜角外。しかし主砲の火力では倒せそうもない。

 となれば、仕方がない。


「琥珀。済まないが、一滴でいいから血を分けてくれ」


「は、はい! 一滴と言わず、沢山飲んでもいいですよ!」


「……いや。沢山飲んだら琥珀が貧血になるだろう」


「大丈夫です! 巫女の再生力を舐めないで下さい!」


 琥珀はレイの膝から立ち上がり、グッとガッツポーズする。


「ありがたいが、一滴でいい。神滅兵装は燃費が自慢だからな」


「そうですか……」


 琥珀はなぜか残念そうにし、それからかんざしを外して、その先端で人差し指を軽く刺した。

 わずかに滲み出してくる白色血液。

 朧帝國の人造神。そしてクライヴの神滅兵装を動かし、灮輝力を生み出す燃料だ。


「さあ! 思う存分なめてください!」


「くり返すが、一滴でいい」


「そうですか……残念です」


 何が残念なのかはよく分からないが、不満そうにする琥珀の手を取り、その指を舌でなめとる。

 燃料補給という実務的な理由とはいえ、異性の舌が這うというのは、やはり女性として抵抗があるのだろう。

 琥珀は顔を赤くし、なめられる自分の指をじっと見ていた。


「琥珀。気持ち悪いかも知れないが、今は我慢してくれ。あとで埋め合わせはする」


「い、いえいえ! 気持ち悪いなんてそんな! むしろ気持ちいい……あ、何でもありません、続きをどうぞ!」


「……続きも何も、一滴でいいと何度言ったら」


「はぁ……」


 クライヴが手を離すと、琥珀は気のない返事をした。

 しかし、何かに気が付いたらしく、ハッとした顔付きになり、それから自分の人差し指を見つめる。

 やがて、それをパクリと自分の口に。


「あっ! ああっ! レイ、見たか!? 琥珀の奴、クライヴのヨダレ飲み込んだぞ!」


「み、見ました! なんてうらやまけしからん!」


「え、ち、違います! これはただ指の傷をなめて治そうかと……!」


 ミュウレアとレイに指摘された琥珀は、慌てて口から指を抜き、巫女装束の袖をひるがえしながら、あたふたと言い訳する。


「何がだ、この淫乱幼女め! そんな傷、何もしなくても巫女なら即座に治るだろう! あ、ほら、もう跡形もない!」


「なめたからです!」


「いいえ、違いますね琥珀様! クライヴが手を離した時点で血は止まっていました。元帝國最強の目を誤魔化せると思わないで下さいね!」


 琥珀を守護しているはずのレイまでもが、ミュウレアと一緒になって琥珀を攻め立てる。


「……お前ら、何を言い争っているんだ?」


「クライヴはちょっと黙ってて!」


 レイに一括されてしまったので、大人しく黙ることにする。

 もともと、それほど興味はない。


「コルベット。あとを頼む。俺は船外に出て、あの狼を両断してくる」


「心得タ。またしても主殿の手を煩わせてしまい、申し訳なイ」


「なぁに。白の大陸アルビオンまで来て少しの苦戦もないのでは、逆に物足りないからな」


「……余裕綽々に見えるガ……主様はそれほど苦戦に飢えているのカ。主様がこの状況を苦戦と思いたいなら否定はしなイ」


 なにか微妙に酷いことを言われたような気もするが、それもコルベットの成長と受け取り、クライヴはブリッジをあとにした。

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