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50 秘密のワイン

 クロちゃんを顎の下を撫でるコルベットの表情が、ほんの少し、楽しげに見えた。

 まさか、猫を愛でる感情を獲得してしまうほどAIが進化したのだろうか。


「コルベット。さっきから一生懸命クロちゃんを撫で回しているが、どうした? それこそお前に言わせれば〝無意味な行動〟なんじゃないか?」


 ミュウレアが真面目にそう聞くと、コルベットはクロちゃんから視線をあげる。

 そこには明白な戸惑いが浮かんでいた。


「それが、妙なのダ。この猫を膝の上に乗せていても、船の制御には役立たない。主様の利益にもならない。しかし、どうしてかこのままにして置きたいのだ……」


 どうやら、コルベットは完全に感情が芽生えてしまっているらしい。

 それは実に喜ばしいこと――なのだが。

 ミュウレアは一つ不安があった。


 つまり、コルベットが女性型である以上、彼女もまたクライヴに惚れてしまわないか、という懸念だ。


 ただでさえレイと琥珀というライバルがいるのに。

 ミュウレアは、度量が広いほうだと自負しているが、際限なしに恋敵を増やしたいとも思わない。

 この辺で打ち止めにして欲しいのが本音だった。


「コルベットさんもクロちゃんの可愛さが分かるんですね! じゃあしばらく貸してあげます!」


「かたじけない、琥珀殿」


「いえいえ。クロちゃんの可愛らしさは普遍的ですから」


 琥珀はドヤ顔でサムズアップする。

 コルベットもその動作を真似し、親指をグッと立てた。


 しかし、巫女とアンドロイドが友誼を結んでいるさなか、チーズを食べ終えたクロちゃんは「にゃーん」と鳴きながら走り出し、ベッドの下に潜り込んでしまった。


「逃げられてしまったのである……」


 コルベットは悲しそうな声を出した。

 だが、飼い主の琥珀は心得たもので、自分も四つん這いになり、ベッドの下に追いかけて行った。


「クロちゃーん。もっとにゃんにゃんしましょうよー」


 ガサゴソと音が聞こえる。

 しばらくすると、琥珀を置いてきぼりにしてクロちゃんだけが現われ、レイの肩に登っていく。


「あら、今度は私?」


「節操がない猫だなぁ」


 レイはクロちゃんのヒゲを指先でちょいちょいと弄る。

 クロちゃんはそれが嫌なのか嬉しいのか、ジッと黙ったままだ。


「えぇ、クロちゃんそっちに行っちゃったんですか!? どうして私から逃げるんですかぁ」


 ベッドの下で琥珀がドタバタ動く。

 それから『ゴツン!』と強烈な音が響き渡る。

 明らかに頭をぶつけた音だ。


「こ、琥珀様!?」


 レイは慌ててクロちゃんをコルベットに渡し、ベッドの下を覗きに行く。

 すると琥珀は地力で這い出してきた。

 その動きがイモムシみたいで面白い。


「大丈夫ですか、琥珀様」


「うぅ……痛いです……こぶとか出来てませんか?」


「えーっと……ないみたいです」


「そうですか。よかったです」


 琥珀は立ち上がり、パジャマについた埃を手ではらう。


「あれ? 琥珀様、その脇に抱えているものはなんですか?」


「いや、なんかベッドの下に転がってたんですよ。気になったので拾ってきたんですけど……」


 そう言って琥珀は、葡萄色の液体が入ったガラス瓶をレイに差し出した。


「これは……ワインですね。どうしてベッドの下にワインが……」


 レイは瓶をクルクル回してラベルを読もうとする。

 しかしミュウレアはそれを横から奪い取った。


「こら、人のワインを勝手に見るな。ガヤルド王国のブドウで作った高級ワインだぞ。ちゃんと隠しておかないと」


 そう言ってミュウレアは、ワインを転がして元の位置に戻す。


「いや、殿下のだってのは分かってますけど。どうして隠す必要が?」


「そりゃ、クライヴに見つからないようにするためだ。あいつ、こういうの結構うるさいんだよ。未成年なのに飲んではいけません、とか言って」


「ああ、言いそう。クライヴ、殿下には過保護っぽいから」


「分かるか? まあ、そこが良かったりもするんだがな!」


 夜更かしすると「早く寝た方がいいですよ」と言われるし、寝転がってテレビを見ていると「行儀が悪いですよ」と怒られる。

 実はそれがちょっと嬉しかったりするのだ。

 クライヴに叱ってもらえる女子はおそらく自分くらいなので、大変な自慢である。


 ただ、レイのように対等の戦士として扱われ、死の間際まで助けてもらえないスパルタも、それはそれでいいと思う。信頼されているということなのだから。


 しかし、相手によって過干渉と放置プレイを使い分けるとは。

 クライヴは意外とテクニシャンである。


「ミュウレア。私もワインを飲んでみたいです」


「いや、琥珀はダメだろう」


「そうですよ、ダメです!」


「えぇー、どうしてですか? 私もミュウレアも未成年であることに変わりはないじゃないですか」


 ミュウレアとレイの両方に否定され、琥珀はムスッと頬を膨らませる。


「未成年というか、琥珀はまだ一歳にもなってないだろ」


「それはそうですが……体は十歳相当です!」


「どのみちダメだろ。まあ、いいか悪いかで言ったら、妾もダメなんだけど」


「ほらー。ダメなミュウレアがOKなんですから、私もOKなんですよ」


 そう言って琥珀はワインに手を伸ばす。

 が、横からレイのチョップが炸裂し、琥珀の手を払いのけた。


「いたっ! 何をするんですかレイ。酷いです!」


「琥珀様こそ何を考えているんですか。お酒を飲むなんて十年早いです」


「けどミュウレアは……」


「殿下は不良少女なんですから参考にしないでください! こんなチンピラみたいになりたいんですか!?」


「チンピラってお前……」


 由緒正しい王家の娘に向かって酷い言いぐさだ。

 確かに親には迷惑をかけているかも知れないが――

 ちょっと無断で巡洋艦を作ったり、他国の軍とドンパチしてみたい年頃なだけだ。

 思春期にはよくあることに違いない。


「うぅ……分かりました。ワインはあきらめます……その代わりヤケ酒ならぬヤケ葡萄ジュースです! コルベットさん、付き合ってください!」


「心得た」


 コルベットはクライヴの神滅兵装から送られるエネルギーで動いているので、燃料補給の類いは一切必要ない。

 しかし人間たちの中に溶け込めるよう、食事をする機能が搭載されているのだ。


「クロちゃんをもふもふしながら飲む会です!」


 そう言って琥珀はコルベットの膝上にいるクロちゃんの腹をもふもふ。

 コルベットも負けじともふもふする。


 美少女が仲良くしているのは微笑ましいことだなぁ、とミュウレアがそれを見つめていると、レイが横に立ち、そっと耳打ちをしてくる。


「……殿下。そのワイン……琥珀様が眠ったら、ちょっとだけ私に飲ませてくれない?」


 ミュウレアは驚き、元帝國最強輝士の顔を見る。

 真面目な性格の奴だと思っていたのに――


「お前も意外とワルだなぁ」


「だ、だって……美味しそうだし……」


 レイは小声でモゴモゴ呟く。


「いいぞ、いいぞ。じゃあ、あとでコッソリとな。琥珀はもちろん、クライヴにも気付かれないように……」

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