46 噛み締めろ
空から鋼鉄兵の残骸が降りそそぐ中、クライヴのインカムにコルベットから通信が入った。
「……主様が正しかっタ。お手を煩わせてしまい申し訳なイ」
その声は、明らかに意気消沈していた。
やはり、徐々にではあるが、コルベットに感情が芽生え始めている。
「この船の艦長は俺で、コルベットは制御デバイスだ。それぞれの役目を果たしたまでのこと。気に病むな」
「否。我を作った目的は、主様不在でもスティングレイを動かせるようにすることであったハズ。いつかきっと、主様と同等の判断が出来るようAIを成長させて見せル」
実に向上心に溢れるアンドロイドだ。
「ところで主様。第三艦隊が本格的に逃げていくガどうすル? 追撃か?」
「そうするべきなのだが……ああまで素直に逃げられては、後ろから撃つのもはばかられるな。今回は見逃してやるか」
「主様がそう言うのデあれば」
コルベットは素直に了解した。
もともと素直ではあったが、なにやら敬意のようなものを感じる。
「さて。船内に戻るか」
「心得た。今ハッチを開ける――いや待て主様。海中に強力な電磁波を確認。更に禍津の反応アリ。70メロトン級、三体」
「三体、だと?」
突然の知らせに、流石のクライヴも驚きを隠せない。
「え、なに? 三体って何が?」
横に立っていたレイが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「禍津だ。70メロトン級が三体、海中にいるらしい」
「えっ!? 大丈夫なのそれ!」
「別に戦力的には脅威ではない。しかし、禍津は大型になればなるほど群れない傾向があると言われているのだが……それが三体も一緒にいるというのが気になる。ブリッジに急ごう。詳細を知りたい」
「そうね。行きましょう」
そしてブリッジに行くと、ミュウレアたちが待ちわびたという顔で出迎えてくれた。
「遅いぞクライヴ。レーダーを見ろ。訳の分からん電磁波に引っ張られるようにして、でかい禍津が三匹もこっちに向かってきている。明らかに人為的だぞ、これは」
ミュウレアの言うとおり、レーダーには禍津の反応が三つ。
更に、それを先導する電磁波の発生源があった。
こんな電磁波が自然に発生するはずがない。
まして、海中を30ノットで進むなど尚更だ。
「大丈夫ですよ、ミュウレア。クライヴさんがいつものようにクライヴって何とかしてくれます!」
琥珀は黒猫の手を持って、シャドーボクシングじみた動きをさせた。
黒猫は「うにゃん」と迷惑そうに唸っている。
「倒すだけなら容易だ。しかしこの電磁波の波長……どこかで見覚えが……」
大型の禍津を誘導する電磁波。
それが帝國軍の仕業なのは、疑う余地がない。
クライヴから見ても、大変参考になる技術だ。
しかし、始めて目の当たりにした技術のはずなのに、クライヴは強烈な既視感を覚えてしまう。
「コルベット。この波長と同一のものが過去に観測されていないか、データベースを検索しろ。俺の記憶が確かなら、十年前、ケーニッグゼグ領で観測されているはずだ」
「十年前のケーニッグゼグ領? おいクライヴ。それはまさか……!」
剛胆なはずのミュウレアが、驚愕で顔を染め上げた。
なにせ十年前のケーニッグゼグ領と聞いて、連想されるものは唯一つ。
クライヴの両親を殺し、街を半壊させた、100メトロン級禍津――。
「検索結果が出タ。主様の言った通りダ。この波長と同一のものが、ガヤルド王国の気象観測所に記録されていタ」
そうコルベットが告げた瞬間、クライヴは全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。
反射的に通信装置の前に立ち、第三艦隊に向けて問いかける。
「ケーニッグゼグ領に100メトロン級禍津を誘導したのは貴様ら帝國軍か」
第三艦隊は一カ所に終結し、陣形を整えつつスティングレイから離れていく。
クライヴとて、逃げる相手がこちらの質問に答えると思って通信したのではない。
だが、それでも問わずにはいられなかったのだ。
そして意外なことに、返答があった。
新堂上級大将の顔が、正面スクリーン一杯に映し出され、同時に高笑いがブリッジに響く。
「ワハハハハ! 今更気が付いたか小僧。その通りだ。十年前、朧帝國は禍津を誘導する実験を行なっていた。そして同時期に、過去最大級の禍津が帝都目指して進行中という情報が入った。100メトロン級禍津となれば、我ら帝國軍ですら戦いたくない相手だからな。そこで試作していた誘導ビーコンを貴様の街で使ったというわけだ。名誉なことに、私の艦隊がビーコン設置の任務を受けた。その結果は知っての通り、見事成功。禍津は進路を変え、帝都は無傷。おまけに私は上級大将に昇進し、第三艦隊の総司令だ。喜べ小僧。貴様の街は、私と帝國に貢献したのだぞ! ワハハハハハ!」
耳障りな馬鹿笑い。
今自分がクライヴの逆鱗に触れているとも知らず、彼は自慢げに続ける。
「のちの実験で誘導ビーコンが確実ではないと判明したのだが……幸いにも今日は三体も誘導できたらしい。つまり、貴様らを殺せという天命なのだな。そのスティングレイという船、大層な性能だが、三体の大型禍津相手でも勝てるのかな?」
再び新堂上級大将は笑い始める。
クソを塗りたくってやりたくなるような笑顔だった。
「勝てるのか、だと? 勝てるに決まっているだろう、愚か者め。今からスティングレイの真の性能を見せてやる。そして新堂上級大将。お前は命乞いしたとしても殺す。人生残りの数分間を噛み締めろ」




