44 帝國軍の切り札
「化物なのかあのスティングレイという船は!」
新堂上級大将は、たまらず叫んでしまった。
事前に情報を得ていたとはいえ、聞きしに勝る性能だ。
とても同じ人類が造ったものとは思えない。
そもそも、こうやって艦隊決戦をするはめになると予想していなかった。
プランA。つまり爆雷と機雷で目を眩ませ、その隙にアマギ粒子反応爆弾を海中で爆発させるという作戦。それで始末できると信じていた。
にもかかわらず、スティングレイは浮上し、こちらの艦砲射撃に身をさらしながら平然としている。
そのあと再度潜ったと思えば、駆逐艦を体当たりで真っ二つにしてから空に浮かび上がり、上空から砲撃してくるというデタラメな機動。
船と戦っている気がしない。
今まで戦ったどんな禍津よりも強い。
しかし、まだ負けたわけではなかった。
新堂上級大将は腐っても艦隊司令官だ。
奥の手くらい用意している。
「提督! 技術開発部より入電。衛星の準備が整いました。プランB、いけます!」
その言葉を聞き、新堂上級大将はほくそ笑む。
プランAで勝てると思っていたのは確かだが、それでもなお念には念を入れ、旧友である技術将校に連絡を入れておいたのだ。
そのくらいの用心がなければ、上級大将などなれるものではない。
「よし! いますぐ取りかかれ! 敵に目に物見せるのだ!」
敵はこの上なく優勢だ。恐らく油断しているはず。
そこに不意の一撃を叩き付ければ、いかなる強敵でも倒せるだろう。
だが、プランBでも駄目だった、そのときは――。
△
船の外に出るとなれば、通常なら甲板に出るのだが、現在スティングレイは上下が逆になって空を飛んでいる。
そこでクライヴは仕方なく船底に登り、そして仁王立ちした。
「それでクライヴ。なんか確信があって外に出たわけ?」
隣にたたずむレイが、風に舞う髪を押さえながらそう尋ねてくる。
「いや。コルベットの言うとおり、帝國軍にこの状況を覆せるとは思わない。しかし、帝國軍がそこまで無策とも思えない。だから何が起きていいように、こうして備えている。コルベットの機嫌を損ねてしまったようだがな」
「ふーん……クライヴでも予測できない事態、ってやつに備えているのね。じゃあ私はいないほうがいい? 邪魔?」
レイは遠慮がちに呟く。
確かにクライヴがここにいるのは、船とその乗組員を守るため。
生半可な戦力がいては足手まといだ。
それでもクライヴは首を横に振り、レイの言葉を否定する。
「邪魔ではない。そもそも前にも言ったが、俺にとって焔レイとは守る対象ではなく、切磋琢磨するライバルであり戦友であると認識している。ここにいたいというのなら、俺は何も言わない。共に肩を並べて戦うだけだ」
「そ、そっか……じゃあ遠慮なく!」
そう言ってレイはなぜか頬を赤らめ、ぴったりと肩を寄せ合ってきた。
――肩を並べるというのは、そういう意味ではないのだが?
これでは戦友と言うより、恋人同士である。
レイがクライヴに認められたがっているというのは分かったが、それにしても反応が極端だ。
いざ戦いが始まれば戦士の顔になるのだろうが、それにしても日常が心配だ。
「レイ。お前は他の男にもこういう態度を取っているのか? 勘違いをされる危険性があるぞ」
「え? か、勘違いって!?」
「だから。年頃の少女が軽々しく男に身を預けるな、と言っているんだ。たいていの男はレイのような美人がそばにいたら、それだけで頭に血が上る。それがこうも馴れ馴れしくされたら、『焔レイは自分のことを好きに違いない』と妄想を巡らせ、よからぬ行動に出かねない。まあ、レイを力ずくでどうこう出来る者などいないと思うがな」
クライヴは心の底から心配して忠告した。
実際に押し倒されなくても、男にそういう行動を取られただけで気持ちが悪いだろう。
無防備すぎるレイは、もっと警戒すべきだ。
「むぅ、いつもこうなわけないでしょ! むしろ私は紅蓮花の他に『鉄の女』という通り名があったくらいだし! あまり名誉じゃないけどね!」
説教を聞いたレイは唇を尖らせ、不満を口にする。
「そうか、安心した。しかし、ならばなぜ今はこんなにも俺に接近している?」
「なぜって……それは……自分で考えなさいよ!」
突然キレられてしまった。
やはり女心は宇宙で一番難しい。
クライヴは巫女を凌駕する演算ができるし、空飛ぶ船の設計もできるが、女子が何を考えているのかだけは理解しがたい。
「ねえ。前から思ってたんだけど……クライヴって女の子にあんまり興味ない……?」
「まさか。俺とて男だ。現にレイだけがメイド服を着ていないことに憤りを感じている」
「い、憤りって……私のメイド服に期待してくれるのは嬉しいけど、外見の話じゃなくて。中身よ、中身」
「俺が女性の外見にしか興味がないと言うつもりか? 失敬だな。こんなにも焔レイの精神性を認めているというのに」
「嬉しいけど。でもそれって〝女〟としてじゃなく〝人〟としてでしょ? かりに私が男だとしても、クライヴの中で評価は一緒なわけじゃん」
レイは真面目な口調で語る。
それを聞いてクライヴも真面目に考え込んでしまった。
確かに言われてみれば、誰かを好きになったとしても、それは『人間』として好きになるのであって『異性』としてではない。
「ね? クライヴが鈍感なのは、そもそも女の子に興味がないからなのよ。男女を差別せずに見るのも大切だけど、もっと恋愛脳を鍛えて欲しいわ」
「ふむ……努力しよう」
しかし努力と言ってもどうすればいいのか。
もちろん今まで努力したことがないというわけではない。
むしろ誰よりも研鑽を積んでいると自負している。
されど、どう努力して良いか分からず途方にくれたことは、生まれてこのかた一度もなかった。
次にどうすれば自分が成長できるか、自然と分かっていた。
なのに、恋愛脳を鍛えるというのは――見当も付かない。
「これは難問だぞ……!」
「そんな眉間にシワをよせるようなこと……?」
レイに呆れられてしまった。
だが、本当に分からない。
思考が泥沼にはまりそうだ。
今度、改めてゆっくり考えよう。
と、クライヴが恋愛から逃避していると、第三艦隊に動きがあった。
スティングレイの砲撃にも耐え、円状の隊列を崩さなかったのに、ここにきて急に後退を始めたのだ。
「逃げる、の?」
「いや。動きが秩序だっている。逃げるというより、予定された行動に見える」
初めから逃げることを前提として攻撃してきた、ということはないだろう。
ならば逃げると見せかけて、何かをするつもりなのだ。
「どこから仕掛けてくる? 海中からか。いや――」
上空に気配。
大気が震えている。
見上げた先には大質量。
おそらくは衛星軌道から投下されたであろう円柱状の物体が一つ。
その外装が剥がれ、形状崩壊し――内部から鋼鉄兵の大軍が飛び出した。
蜘蛛の子を散らすようにして、百に迫る数の玄武、白虎、青龍、朱雀がスティングレイに降りそそぐ。
――これが帝國軍の切り札か。
鋼鉄兵を搭載したカプセルを、軍事衛星から射出。
この仕組みならば、地上のあらゆる場所に奇襲をかけることが出来る。
それも一機や二機ではなく、百機近い鋼鉄兵ともなれば、それだけで小さな国なら滅ぼせてしまう。
今まで第三艦隊がスティングレイの砲撃に耐えていたのは、衛星が頭上に来るまでの時間稼ぎだったのだ。
それは功を奏した。
しかも現状、スティングレイは船底のシールドを解除しているのだ。
奇襲は成立し、百機の鋼鉄兵は存分に破壊活動にいそしめる。
無論、ここにクライヴとレイがいなければ、の話だが。




