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41 交渉決裂

 浮上した先は流氷が漂う凍てつく海だった。

 しかし別に極地が近いわけではなく、むしろ温帯に属するべき緯度だ。

 なのに外気温が氷点下。


 白の大陸アルビオンが作り出す異常気象。

 近づいただけでこれなのだ。

 上陸した先は、まともな生物が生存できる環境ではない。


 その海域には流氷が散らばり、それに紛れて帝國軍第三艦隊が展開していた。

 空母一隻。巡洋艦三隻。駆逐艦十隻。

 ケーニッグゼグ公爵領に来た艦隊とは比べものにならない規模の兵力だ。

 よりにもよって、そのど真ん中にスティングレイは出てしまった。


 敵は「待っていました」と言わんばかりの勢いで艦砲射撃を雨あられとぶつけてくる。

 が、その全てはスティングレイのシールドに弾かれ、カーンと気持ちのいい音を出すだけだ。


 ミュウレアなど艦砲射撃に会わせて操舵輪を拳で叩き、謎のビートを刻んでいる。

 なお、実際の操舵はコルベットが行っているので、今の操舵輪はただの飾りだ。ドラム代わりにしても問題ない。


「コルベット。第三艦隊に呼びかけろ」

「心得タ」


 十秒後。

 正面スクリーンにひげ面の男が現れる。


「私が帝國軍第三艦隊司令、新堂上級大将だ。何用かテロリスト」

「テロリストだと? はて、誰のことだ?」


 開口一番のテロリスト呼ばわりで、クライヴは既に話し合いによる解決をあきらめていた。

 それでも帝國軍がどのようなつもりで攻撃してきたのかをハッキリさせるため、辛抱強く新堂上級大将との会話を続行させる。


「琥珀様を誘拐し、ガヤルド王国に駐留していた帝國艦隊を殲滅し、あげく英雄である五十嵐大将を亡き者にした。それがテロリストでなければ何だというのか? まさかガヤルド王国の正規軍とでもいうつもりかな?」


「これは異なことを言う御仁だ。琥珀と焔レイは亡命を希望し、ガヤルド王国はそれを受け入れた。ガヤルド王国駐留艦隊にかんしては、そちらが法的根拠がないにもかかわらず、我がケーニッグゼグ領に攻撃を行ったため、防戦したまでのこと。そして、それを殲滅したのは我らではなく禍津である。まして五十嵐大将との一件は、一対一の勝負。それに対して口を挟むことは、むしろ彼の名誉を汚すことになると思うが、如何に?」


「ふん。よく回る舌だ。だが、ここでどのような問答を重ねても無意味だぞ。私は軍人で、命令に従って攻撃をしているだけのこと」


「こちらの船に、巫女である琥珀が乗っているとしても?」


「くどい。命令に従っていると言っただろう」


 新堂上級大将はその一言を最後に通信を切ってしまった。

 それ以来、コルベットが呼びかけても、返答は一切ない。

 ただ砲撃だけが威勢よく続いている。


「どういうことなの? 琥珀様がここにいると分かっていながら攻撃をやめないなんて……勝てないと分かってヤケにななったのかしら?」


 レイは不思議そうに首をかしげた。


「いや。むしろ帝國にとって琥珀がさほど重要じゃなくなった、ということなのだろう」


「あの、それはどういうことなのでしょう……?」


 クライヴの言葉に、琥珀がおずおずと反応した。

 誤魔化しても仕方がないので、クライヴはハッキリと答えることにする。


「琥珀は第四世代型の試作型。つまり完成型が仕上がれば無用の長物だ。それどころか今は敵の手に落ち、解析されて技術を盗まれる危険性すらある。であれば、そうなる前に破壊してしまいたいと考えるのが自然な考えだ」


「破壊……ですか」


 それはつまり殺すということ。

 琥珀としては、今までよりも立場が悪化したことになる。

 自由を奪われるだけでなく、生命まで狙われてしまったのだから。


「つまり、私はもう皆さんの盾にはなれないということですか」


 なのに琥珀は自分の心配をせず、別のところで残念そうに肩を落とす。


「けど。私が原因でこの船が付け狙われることもなくなったと考えれば、むしろいいことかもしれません。これからは燃料タンクに専念します!」


 そして琥珀はぐっと拳を握りしめ、新たな決意を口にする。

 初めて会ったときに比べると、本当に見違えるほど強くなった。

 今、この船の中で精神的に一番強いのは、もしかしたら彼女かもしれない。


「琥珀様……たくましくなられて……レイはうれしゅうございます……」


 レイは感動のあまり、口調が変になっている。

 時代劇でも見たのだろうか。


「帝國が琥珀を捨てたということは、これで心置きなく妾が琥珀を抱き枕に出来るということで喜ばしい限りだが……第三艦隊はどうするんだ? もう一度、潜行して下をくぐり抜けるか?」


 ミュウレアは不真面目な態度で発言するが、その内容は至って真面目だった。

 現実問題としてスティングレイは第三艦隊に取り囲まれており、相手は道を空けてくれる気配がない。

 とれる手段は二つ。

 避けて通るか、力尽くで押し通るか。


「こんまま力尽くで押し通りましょう。潜行して逃げるにしても、アマギ爆弾をばらまかれるのは嫌ですし、どこかで禍津と第三艦隊に挟み撃ちにされる可能性もあります。ここである程度損害を与えて、行動不能にしておきます」


「うむ。妾好みの作戦だな。行動不能といわず、いっそのこと、一隻残らず沈めてしまおう」


「それは相手の出方次第です。しかし、その前にコルベット。敵に電文を。道を空けるなら見逃してやる。邪魔するのなら命の保証はないぞ、と」


「心得タ」


 コルベットは目を閉じ、通信装置をコントロールする。


「何だクライヴ。そんなの無視されるに決まっているじゃないか」


「分かっています。しかし、一応、勧告しておくのが俺の流儀なので」


「優しいなぁクライヴは。惚れ直したぞ」


 ミュウレアは腕を組み、とても嬉しそうに頷いている。

 別にミュウレアを喜ばせるために勧告するわけではないが、まあ、喜んでもらえて何よりだ。


「世界中の人がクライヴさんのように優しかったら喧嘩もなくなりますね!」


 そして琥珀もキラキラした瞳で見つめてくる。


「え……世界中がクライヴだらけになったら、毎日そこら中で試合の連続で大変そう……」


「そんなわけないじゃないですか、レイ。世界が平和になったらクライヴさんだって平和に暮らすのです。黒猫さんもそう思いますよね?」

「にゃーん?」

「そのときは私もクライヴさんにお供します。一緒に静かな湖畔に行きましょう!」


 なぜか琥珀は妙に気合いを入れ、鼻息荒く語り始めた。

 その膝の上にいる黒猫は、不思議そうに主人の顔を見上げている。


「静かな湖畔が焦土になりそうだわ……」


 なお、これに関してはレイが正解だ。

 世界中がクライヴ並の技量の者であふれかえったら、クライヴは己を高めるため、積極的に挑戦する。

 静かな湖畔で休んでいる暇はないだろう。


 それにしても――


「レイにだけは言われたくないな。世界中が焔レイになったとしても、同じことだろうに」


「え!? わ、私はそんなことしないわよ! 私の目標はクライヴに認めてもらうことなんだから、私だらけになったら、そこまでで頑張っても意味が……」


 と、そう叫んでから、レイはハッとした顔になり手で口を塞ぐ。


「ん? どうしたレイ。別に失言ではないと思うが?」


「う、うん。まあ、とにかくそんな感じ!」


 レイは何かを誤魔化すようにして、強引に話を打ち切った。


「それにしてもレイ。俺に認められたいと言うが。俺は既にお前を認めているぞ。焔レイこそが他の誰よりも俺のライバルであると思っていたのだが……それでは不足か?」


「えっ? そうだったの!?」


「無論だ。神威学園にいたときから、まがりなりにも俺と同じメニューの特訓をこなしたのはレイだけだ。レイの存在が俺の中でどれだけ大きかったか、言葉ではとても語り尽くせないほどだ」


 かつてクライヴとレイが通っていた、灮輝発動者の養成学校。神威学園。

 あそこにはろくな生徒も教師もいなかったが、ただ一人、焔レイという傑物がいた。

 レイの強くなりたい気持ちは、クライヴに勝るとも劣らなかった。


 ゆえにクライヴはレイを守る対象ではなく、切磋琢磨するライバルとして見ているのだ。


「ふ、ふーん……悪い気はしないわね……!」


 そう言ったレイの顔は、とろけそうなほどニヤついていた。

 クライヴにライバル視されていたことが、そんなにも嬉しいのだろうか。


 自分の立場に置き換えて考えてみると、なるほど。

 越えるべき目標としていた相手からライバルと言われるのは嬉しいかもしれない。


「クライヴさん。それ、なんだか口説き文句みたいですよ!」


「ん? そう聞こえたか琥珀。いや、そういうつもりはなかったんだ。済まないなレイ」


「べ、別にいいけど! 気にしてないし! けど、私がクライヴのライバルね。そっかぁ……えへへ」


「おい、お前ら。いちゃつくのも結構だが、敵に囲まれて艦砲射撃喰らっている最中だってことを忘れるなよ」


 無論、忘れていたわけではない。

 ただ、余裕があるだけだ。


「さて。電文を送ってから三分が経ったが返答なし。砲撃は止まらず。心苦しいが戦闘開始だ。コルベット、全砲門開け」


「心得タ」

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