04 来訪者
禍津――。
それは白の大陸からやってくる怪物の総称だ。
彼らの目的も生態も起源も何もかもが不明。
一体いつから人類と禍津が戦っているのかも分からない。
人類史をひもとけば、最も古い記録が禍津との戦いなのだから、それは有史以前から始まっていたのだろう。
一つ分かっているのは、禍津は禍津以外の生物を徹底的に攻撃するという事実。
人間だけでなく、動物も魚類も昆虫も植物も、全てを抹殺の対象としているとしか思えない。
ゆえに禍津とは、破壊の権化。滅びの化身。
共存など、絶対に不可能。
出会えば戦うしかない。顔を合わせれば殺し合うしかない。奴らはわずかでもこちらの気配を感じれば滅ぼそうとやってくる。だから人間も同じようにするのだ。
見敵必殺。サーチ・アンド・デストロイ。
だが同時に。
人類は禍津の存在に大きく依存していた。
禍津と戦うために技術を進歩させ、その結果、禍津がいなければ何も出来ないという矛盾した状況が出来上がっている。
それを作り出したのは、朧帝國。
すなわち、人造神。
帝國の中央部にそびえ立つ、巨大な塔。
この星の隅々までエネルギーを送り出す、インフラの王。
最も重要な公共物。
世界最大の動力装置たる人造神は、灮輝力というエネルギーを作り出す。
それは〝異能〟のみならず、電力へと変換され産業や日常を支えていた。
たった一つの設備が、この星の電力を支えていた。
過去類を見ない、一点依存。
その人造神の燃料となっているのが『禍津の血』。
禍津と戦うために禍津が必要というこの歪な装置を、約半世紀前に帝國が作り出した。
以来、禍津との戦いには余裕が生まれた。それだけ灮輝発動者が強力だったのだ。
人造神が生み出す灮輝力を〝異能〟に変えて戦う能力者――。
問題なのは、その力の源が帝國に支配されているということ。
灮輝発動者だけではない。
生活インフラの基盤である電力のほぼ全てが、灮輝力から作られている。
無論、旧来の発電所を使えば帝國に依存しない送電網を整えることが出来る。
だが、そんな不届きなことを考える国には帝國軍がやってきて、鉄槌を下すだろう。
つまり朧帝國は、戦力と電力の二つによって世界を支配している。
そして不思議なのは、人造神が開発されてから禍津の数が増えていること――。
「この海の向こう側の、ずっとずっと遠くに朧帝國と人造神があるわけだな」
「ええ、そうです」
入り江に立ち、クライヴとミュウレアは東の海を見つめる。
二人が立っている入り江は、コンパスで計ったように、綺麗な円形をしていた。
ほんの十年前まで、ここにも街があった。
公爵の屋敷があった。
人々が暮らしていた。ケーニッグゼグ家が住んでいた。
今はもう影も形も亡い。
十年前、このケーニッグゼグ領に突如現われた、百M級大型禍津『白龍』を倒すため、帝國軍は灮輝力を熱に変える『新型爆弾』を使用した。
それによって抉れた直径、五百メトロン。
多くの民と、クライヴの両親の命と引き替えに、白龍は倒された。
被害は最小限に収まった。
「あんな遠くからでも灮輝力は瞬時に、減衰せずに届く。実に大した技術だ。帝國以外、誰もその再現に成功していない。だから帝國に支配されている」
そこまで語ってからミュウレアは一度口を止め、クライヴを見つめてから改めて言う。
「お前を除いて、な」
そう呟いたミュウレアは、なぜかとても嬉しそうだった。
まるで自分のことのよう。
確かにミュウレアは金を出してくれたが、再現したのはクライヴなのに。
けれども。
そう悪い気はしない。
幼馴染みの女の子が、クライヴの手柄を喜んでくれているのだから。
しかし、まだまだ。
「完成したわけではありませんよ」
そう。巡洋艦はまだ動かせない。
あれが動かない限り、完成したとはとても言えない。
「けど、大きさと出力の比率を考えれば、帝國よりお前の方が優れているように思えるぞ?」
「帝國など、初めから眼中にありませんので」
別に大言を吐いたつもりもなく、むしろ自然にクライヴはそう答えた。
なのにミュウレアは目をまんまるにし、固まる。
それから腹を抱えて、さも可笑しそうに笑い始めた。
あはははは、と。口を開けて、はしたなく、元気よく。
「……俺、何か変なことを言いましたか?」
「ああ、言ったぞ! あはは、お腹痛い。帝國が眼中にないなど、いやはや。白面でそう言ってのけるのは、世界中でお前一人だろう、クライヴ。惚れ直したぞ。いやぁ素晴らしい。妾の将来の夫はそうでなくてはな」
どうしてかミュウレアは涙が出るほど笑いながら、クライヴの背中をバンバン叩いてくる。
まあ確かに――帝國など眼中にない、というのは端から聞けばシャレにもならない。
もっとも、本当にそうなのだから、他に言いようがなかった。
クライヴが倒したいのは唯一つ。
禍津。
十年前、両親を殺した、敵。
滅ぼすべきは唯一つ。
白の大陸。
全ての禍津はそこからやって来る。
そう言えば――と、クライヴはふと思い出す。
かつて自分が神威學園に在籍していたとき、共に研鑽を積んだあの少女は今どうしているだろうか。
クライヴが去ってから一年後に卒業し、帝國軍のエリート部隊『輝士団』に入隊したのは知っている。
なにせあの少女――焔レイはいまやちょっとした有名人だ。
噂は勝手に耳に入る。
神威學園は本来、卒業まで五年が必要だ。
それを飛び級して三年で終わらせ、輝士団に入り、そこで瞬く間に筆頭に躍り出た。
つまりレイは、帝國軍最強の灮輝発動者になったということ。
そういうエピソードは知っているが、あとは何も知らない。
今は、どんな本を読んでいるのだろう?
日々、何を思って生きているのだろう?
まだ、自分との約束を覚えているのか?
遠く離れた海の向こうの焔レイは、すっかりテレビの中の人になってしまった。
それでもきっと、強くなろうとしているはずだ。
クライヴがそうなのだから。レイだって同じ。
道は違うが、同じ場所を目指そうと誓って別れたのだから。
クライヴが珍しく昔を懐かしみ、想いをはせて海を見つめていると――。
飛行機が飛んでいた。
小さな小さな、プロペラ機。
「おや、珍しいな? あんな小さな……自家用機……? この辺で飛行機が趣味の奴なんていたか?」
「知りませんね。まして海の向こうから来るなんて。いえ、それよりも、聞こえませんか? これはエンジン音ですよ」
「エンジン音? ああ、この近づいてくる音のことか……って、まさか!?」
「はい。あれはレシプロエンジンで動いています。灮輝力を使っていません」
半世紀前に人造神が生まれてから、人造神以外のエネルギー源は全て、非効率的すぎて馬鹿馬鹿しい存在へと成り下がってしまった。
人造神が生み出す膨大な灮輝力は、世界各地へ、瞬時に、ロスなく送られるのだから。
電力への変換効率も90%を超えている。
ゆえに、自動車も、船舶も、飛行機も、鉄道も、工場も、家庭も、全てが人造神が生み出すエネルギーで動いている。
帝國の思惑とは無関係に、単純な損得勘定で人造神を選ぶしかなかったというのが現実だった。
だからこそ、今、目の前でレシプロ機が飛んでいるというのが信じがたい。
まるで幽霊を目撃してしまったような、そんな感覚だ。
「こっちに来るぞ!」
ミュウレアは好奇心一杯の声で叫び、レシプロ機を見つめる。
だが、レシプロ機の背後に、別の飛行物体も飛んでいた。
それは無音で浮いている。
それは帝國軍の紋章を付けている。
それは鉄の塊だった。
朧帝國の鋼鉄兵。
灮輝力で動く機械の兵士。
後方を飛んでいるそれが発砲して――
前方を飛ぶレシプロ機が煙を吹いた。




