38 コルベットの秘密①
クライヴはブリッジの艦長席に座り、黒猫を膝の上にのせ正面スクリーンを見つめていた。
表示されているのは、アクティブソナーによる周囲一体の3Dデータ。
および、世界地図。本艦の現在地。
目的地である白の大陸までの予定航路。
スティングレイは現在、深度1000メトロンを40ノットで移動中だ。
ガヤルド王国を飛び出してから40時間が経過し、約2000キロを進んだ。
白の大陸への到着予定時刻は丁度24時間後。
すなわち明日の午前10時頃である。
しかしそれは、妨害が何もなかったと仮定した場合の時間だった。
いかに深海を進んでいるとはいえ、アクティブソナーを使っている以上、いつかは見つかる。
それに途中には、朧帝國の第三艦隊が存在しているのだ。
白の大陸と朧帝國の間を塞ぐようにして展開する第三艦隊。
白の大陸から飛び出した禍津が帝國に害をなす前に殲滅することを目的とした艦隊である。
同様に帝國は、第一艦隊と第二艦隊も白の大陸を取り囲むように配置し、その三つの艦隊を以てして、禍津が人間の世界に進入することを防いでいる。
もちろん、その防波堤は完全にはほど遠く、年に何度か、禍津が災害となって人々を襲い、多大な被害をもたらしていた。
しかし、ここに一つの疑問が浮かぶ。
ほんの半世紀前まで、禍津の襲来は数年に一度あるかないかという程度だった。
だからこそ、灮輝発動者がいなくても人類は生き延びることが出来たのだ。
だが、帝國が人造神を完成させてから、禍津が現れる頻度が徐々に増加していった。
無関係と考えるのは不可能である。
禍津と戦うためには人造神が必要だが、人造神を動かすには禍津が必要というジレンマ。
ある意味、マッチポンプ。
全ては帝國が仕込んだことなのでは、と疑うのがむしろ自然だ。
白の大陸に行けば、それに対する何らかの答えが得られるかもしれない、とクライヴは考えている。
更に言えば、一万年以上前の地層に眠っていた遺跡の正体にかんするヒントも見つかるかもしれない。
クライヴにとって白の大陸とは、両親を殺し故郷を半壊させた禍津の巣である。
しかしそれ以上に、世界の謎に迫るキーでもあるのだ。
「おーい、クライヴ。ちょっと艦長席を貸してくれ。このニートがのぼせてしまったんだ」
クライヴが黒猫をなでながら思いを巡らせていると、ミュウレアの脳天気な声が聞こえてきた。
振り返るとミュウレアが琥珀と協力して、ぐったりしたレイを両脇から支えてブリッジに入って来るではないか。
「いったい何事ですか? どうしたらレイがそうなるんです?」
「いや、だから風呂でのぼせたんだよ。なにせレイの奴、なけなしの勇気を振り絞ってクライヴのことが――」
と、ミュウレアが何かを語ろうとしたとき。
「ぜ、絶対に言わないでください……!」
レイが顔を上げ、死にものぐるいの顔でそう訴えた。
「そうですよ! バラしたらレイがかわいそうです!」
琥珀も一生懸命、ミュウレアの言葉を遮った。
どうやら、のぼせた理由はかなり恥ずかしいものらしい。
「そうか。仕方がないから黙っていてやる。とにかくクライヴ。その椅子を貸せ」
「分かりました」
クライヴは席を立ち、背もたれを倒してベッドに変形させる。
ミュウレアと琥珀は「よっこいしょ」とかけ声を出し、レイをそこに寝かせた。
「レイ、大丈夫ですか? お水、持ってきましょうか? 冷えピタシートおでこに貼りますか? うちわであおぎましょうか?」
「……ぜ、全部お願いします」
レイにお願いされた琥珀は、はりきって動き始めた。
まずブリッジに備え付けられた冷蔵庫からペットボトルの水を出してレイに飲ませ、それから医療セットに入っていた冷えピタシートをレイの額にペタリ。それからうちわを握りしめ、台風でも起こそうとしているのかと思うほどの勢いでレイに送風する。
「琥珀はニートと違って働き者だなぁ」
ミュウレアは頑張る琥珀を見て頷き、ひとしきり感心したあと、
「ところで――」
そう言って、ブリッジの片隅を指さした。
「いい加減、アレの詳しい説明をしてもらおうじゃないか、クライヴ」
そこには万能巡洋艦スティングレイの制御ユニットにして、家事手伝い用アンドロイドのコルベットがいた。
コルベットは目を閉じたまま直立し、艦の制御に集中していたが、話題が自分に移ったらしいと察し、まぶたを開けて視線をこちらに向ける。
「その説明ハ二日前にしたハズ」
「おう。お前の役目は理解したぞ。しかし、どうして妾にそっくりなんだ? いや、もともと影武者用ロボットとして作ったらしいから、似ているのは分かる。だが、それなら完全に同じに作ったらいいじゃないか。髪の色が違うし、身長もちょっぴり高いし、何より胸がデカイ! だいたいメイド服というのも意味不明だぞ。さあ、これに対する釈明をしろクライヴ!」
ミュウレアはコルベットの存在に立腹しているようだ。
まあ、彼女の性格からしてこうなるのは目に見えていた。
特に――胸。
ミュウレアにとってそれは身長以上のコンプレックスであり、自分と同じ顔のアンドロイドがこれ見よがしに〝まともなサイズの胸〟を備えていては、逆上するのも必然と言える。
だが、そうしなければならない事情があったのだ。
ミュウレアを納得させるため、クライヴは極めて論理的な説明を始めた。




