37 女だらけの暴露大会
スティングレイは軍艦でありながら銭湯なみの大浴場がある。
正気とは思えないが事実だった。
しかし、いくらスティングレイの構造に余裕があるからといって、どうしてこんな無駄なものを積んでしまったのだろうか。
シャワー室で十分なのに。
百歩譲って湯船を設置するにしても、なにゆえに大浴場である必要があるのか。
レイが湯船に浸かりながらそんな疑問を口にすると、
「ああ。それは妾が勝手に設計図に書き加えたんだ。たいしたもんだろ」
お湯の中を泳いでいたミュウレアが謎の自慢を始めた。
たいしたものなのは、設計図に落書きをされたのにしっかり完成までこぎつけたクライヴなのではなかろうか。
「まあ、ミュウレア殿下が落書きしたお陰で広々としたお風呂には入れるのはありがたいですけど。泳がないでくださいよ! 水しぶきが上がってうっとうしいです!」
「なんだ、心の狭い奴だなぁ。こんなに広いのに泳がない方がどうかしている。なあ、琥珀。お前もそう思うだろ?」
「え? ど、どうでしょうか……?」
一人、端っこでのほほんとしていた琥珀は、不意に話を振られて慌てふためく。
「そもそも、スティングレイの建造費を出したのは妾だ。つまり、この船は妾のもの。泳いだところで文句を言われる筋合いはない。というわけで、琥珀。泳ぎを教えてやる。こっちに来い」
「え、えぇ……もう少し上手になってから練習します……」
ミュウレアは相変わらず傍若無人なことを言い、琥珀は琥珀で駄目人間の見本のような台詞を吐いた。
「琥珀様。それは流石にどうかと私も思いますよ」
「そんなぁ……だって泳げないんだから仕方ないじゃないですか」
琥珀は言い訳をしつつも大浴場を満喫していた。トロンと幸せそうな顔でだらけ、頭部に手ぬぐいを乗せ、まるっきり湯治客だ。
いや、別にそれが悪いとは思わないが、出来ないことを出来ないままにしておこうという根性が気にくわない。
「琥珀様。今すぐとは言いませんが、いずれ泳ぎの練習をしましょう! 私がみっちり教えて差し上げます」
「けど……一応、浮き輪があれば泳げるんですよぉ……」
「それは泳げることにはなりません!」
「ふぇぇ……」
レイの叱咤を聞き、琥珀はふにゃふにゃと湯に溶けるように力を抜いていく。
「あはは。琥珀も意外と駄目な奴だなぁ。よし、ここは妾が模範的な泳ぎを見せて手本になろう」
ミュウレアはそう言って、好き勝手にバシャバシャ泳ぐ。
やがて潜水し、入浴剤で緑に染まったお湯の中に消えていった。
数秒後、浮上したとき、琥珀の真後ろから現れる。
そして、素早い動作で琥珀の小さな胸を両手で包み込んだ。
「ひゃあああ!」
「むむ? おい琥珀。お前、ぺったんこに見えて、ちょっとだけ膨らみかけだな! この裏切り者!」
うらやまけしからん。
レイですら琥珀の胸を触ったことがないというのに。
「何をしているんですかミュウレア殿下! つまみ出しますよ!」
「そう興奮するなレイ。これから尋問するにあたって、軽く挨拶したまでのこと」
尋問……?
この王女様は急に何を言い出すのか――そう、レイが不思議に思っていると。
「なあ琥珀。お前、クライヴのことが好きになったのか?」
ミュウレアの一言で場が凍り付いた。
熱い湯船が極界の海になってしまったかのよう。
レイですら呼吸が止まるほどの衝撃を受けたのだ。
言われた張本人である琥珀は、唇まで紫にし、焦点の定まらない瞳を揺らし、肩や脚でガクガク痙攣させた。
「そ、そんな、こ、ことないです、よ! 別に、え、なんで、そんなふうに思ったんですか、たしかにクライヴさんは、す、素敵だと思いますが、好きとか、そういうのは、えっと、私、よく分かりません!」
琥珀は全力で言い逃れようとする。
しかし、ミュウレアはそんなことでは追求を緩めない。
「妾を誤魔化せると思ったか!」
「ひゃあ!」
ミュウレアは琥珀の膨らみかけの胸をなでるように揉んだ。
すると琥珀は全身を桜色に染め、ビクンと震える。
そんな琥珀の反応が可愛らしく、レイは思わずつばをゴクリと飲み込んだ。
いや、しかし、見とれている場合ではない。
守るべき琥珀がピンチなのだ。
助けるべき。だがもう少し見ていたい。
「ひゃうっ……レ、レイ……見てないで助けてくださいよぉ……!」
「はっ、私は一体何を!? ミュウレア殿下、その手を離しなさい!」
我に返ったレイはミュウレアの腕を琥珀から引きはがし、そして琥珀を守るように抱きしめる。
「ちぇっ、つまらん奴。こんなの女同士のスキンシップの範疇だろうが」
「断じて違いますから! 琥珀様を汚さないでください!」
ミュウレアは、もっと琥珀を虐めたかったのに、とふざけたことを呟きながら頬を膨らませた。
実のところ、レイも虐められてもだえる琥珀をもっともっと見ていたかった。
――わ、私は何を考えているのかしら!
レイはよこしまな考えを捨てるため首を振る。
「ま、それはそれとして。で、どうなんだ琥珀。クライヴのこと好きなんだろ? レイだって気になるよな?」
ミュウレアはレイに視線を向け、同意を求めてきた。
それは無論、気にならないと言えば嘘になる。
むしろ大変気になる。是が非でも聞き出したい。
「いえ、だから好きではないと言っているじゃないですか」
琥珀はまだしらばっくれている。
しかし、大浴場に来る前の態度を見る限り、琥珀がクライヴに特別な感情を持っているのは明らかだ。
ただでさえミュウレアというライバルがいるのに、更に琥珀までクライヴ争奪戦争に参戦するつもりなら、レイもそれなりの覚悟を決める必要がある。
ゆえに今ここでハッキリさせておきたい。
「琥珀様……申し訳ありません……」
「へ? うひゃあっ、耳は駄目ですよぉ!」
レイは琥珀の耳元に口を近づけ、そっと息を吹き付けた。
琥珀は悲鳴を上げ逃げようとするが、レイが両腕でしっかりと抱きしめているので一歩も動けない。
「おお、いいぞレイ! さあ、白状するのだ琥珀!」
ミュウレアも琥珀に抱きつき、反対側の耳を甘噛みし始める。
「んっ、んんん~~!」
もはや琥珀は声にならない声を上げ、息も絶え絶え。
何がどうなっているのか分からないという様子だった。
「も、もう許してください……認めます、認めますから……」
「ほう。何を認めるというのだ琥珀?」
「で、ですから……その……私はクライヴさんのことが……き、気になっています……」
琥珀が絞り出すように告白すると、ミュウレアは満足そうに頷き、そして琥珀の手をとってギュッと握りしめた。
「そうか、そうか。仕方がないよな。だってクライヴと一緒にいて好きにならないわけがない!」
「いや、あの……好きかどうかは自分でもよく分からなくて……ただクライヴさんを見ていると、その、胸がドキドキして……」
「琥珀は可愛い奴だなぁ! それは完全にメロメロじゃないか! いいぞ、許す! 妾が正妻なのは確定として、琥珀も第二夫人とかになればいい」
クライヴのいないところでミュウレアは勝手に将来の計画を立て始める。
「だ、第二夫人って何ですか?」
「ん? 琥珀は知らないのか。いいか、世の中には一夫多妻制という概念があって――」
「ちょっとミュウレア殿下! 琥珀様に妙なことを吹き込まないでください! あと、どうして殿下が正妻確定なんですか!」
「それは妾とクライヴが赤い糸で結ばれているからに決まっている。それに、どうしてそこでレイが声を荒げるんだ? お前は別に、クライヴが好きだと明言したわけではないだろうに」
「う、それは……」
言われてみれば確かにそうだ。
本人の前は当然として、他人にも言ったことがない。
むしろクライヴが好きだということを隠そうとすらしている。
あまり隠せていないのだが、幸か不幸かクライヴ本人にはバレていない。
なぜ隠しているかといえば、これは単純な話で、照れくさいからだ。
冷静に考えれば情けない話。
ミュウレアはご覧の通り、あしらわれるのを恐れず、自分の気持ちをさらけ出している。
琥珀ですら、ここで淡い恋心を白状した。
なのに焔レイともあろう者が、クライヴに対する想いを偽ってどうする。
せめて、このライバルたちには宣言しておかないと、一生、胸に秘めたまま終わってしまう気がする。
暴露しなければ。
彼女らと同じ土俵に上がるのだ。
「わ、私だって、クライヴが、好き、ですから!」
「ほう? 焔レイは恋しちゃってるのだな?」
「ええ! 焔レイはクライヴに恋しちゃってますとも!」
ほとんどヤケクソ。
頭に血を上らせ、思いの丈を打ち明けた。
それを見たミュウレアはニヤニヤ笑い、琥珀は目を見開き口元に手を当てる。
「レイ、凄く情熱的です……!」
「わはは。なんか聞いててドキドキしてきたな!」
つい勢いで告白してしまった。
取り返しの付かないことをしてしまったような気がする。
無駄に勇気を振り絞って二人に告白するくらいなら、クライヴ本人の前で勇気を振り絞ればよかったのだ。
何を考えているのか、自分は。
穴を掘って隠れてしまいたいほど恥ずかしくなってきた。
頭がくらくらする。
視界がぼやけてきた。
いや、これは。
恥ずかしいと言うより。
熱い風呂の中で逆上したせいで、いわゆる――
「大変です! レイがひっくり返って沈んでしまいました!」
「お、おい大丈夫かっ? どうして女子同士で恋バナしただけなのに、のぼせるほど興奮すんだっ!?」




