36 レイの特訓
スティングレイは万能巡洋艦という分類に恥じず、海上、空中、水中にて行動可能である。
しかし、ほとんど全てが――コルベットによって――オートメーション化されており、一度目的地を設定すれば勝手に辿り着いてしまう。ある意味、その辺の漁船よりも手軽な船だった。
つまり乗組員が極端に少なくでき、居住区は小規模で済む。
よって性能に比べて余剰スペースが多く、軍艦としては無用な施設を積み込むことを可能としていた。
だからこそ、潜行し白の大陸を目指しながら、クライヴとレイが戦闘訓練をする余裕もあるのだ。
「わははは! どうしたんだレイ! さっきから押されっぱなしじゃないか」
「レイ、頑張ってください!」
ギャラリーは無責任にあおる某国の姫君と、一生懸命レイを応援してくれる巫女様。
あとついでに黒猫。
前者の言葉は無視して、後者の言葉だけを背に受けて、焔レイは太刀を振り下ろす。
「うむ。一合ごとに鋭くなっているぞ。流石はレイだ」
そう褒めてくるのは、いま斬り合っている相手。
クライヴ・ケーニッグゼグである。
ちなみに場所は、スティングレイ内部にある鍛錬室。
広さは学校の体育館――とまではいかないが、テニスコートよりは多少広い。
壁も床も天井も、本来は無機質な金属板であるが、そこに朧帝國の道場風の映像を投影し、畳や木目を再現している。
そんな鍛錬室でレイとクライヴは十分ほど前から、激しく剣をぶつけ合っていた。
どちらも帝國製の刀。
真正面から向かい合った状態でヨーイドンという100%文句のつけようのない試合。
その状況でレイはずっと防戦一方だった。
しかもクライヴは手を抜いているのを隠そうともせず、それどころか片手で刀を持ち、開始当初からほとんど脚を動かすこともせず、レイの斬撃を軽々とあしらい続けている。
いや、それはいい。
レイは自分がクライヴの足下にも及ばないことなど承知している。
対等な条件で勝負できるといった幻想は、とっくに捨てている。
問題なのは、今、ハンデがあるのにあしらわれているということだ。
レイは神滅兵装に接続し、灮輝力を全力で使い続けている。対するクライヴは周りにある灮輝力を使っているだけ。
出力差は歴然としており、本来なら一刀でレイが勝っているはず。
なのに、クライヴは剣の技術だけで全てを覆し、レイを圧倒し続けているのだ。
クライヴがその気になればいつでもレイを斬り伏せるなり気絶させるなりは容易で、そうならないのは手加減に手加減を重ねているからに過ぎない。
すなわち、これは試合でも勝負でもなく。教導なのだ。
スティングレイが海に潜ってから約四十時間が経った。
こうしてクライヴに稽古をつけてもらっているお陰で、レイは灮輝力の扱い方も、剣さばきも飛躍的に上達している。
ただ打ち合っているだけで勉強になる。レイが自分の弱点に気づくよう、クライヴは巧妙に誘導してくるのだ。
ありがたいし、勝てないのは百も承知だが――ここまで子供扱いされると腹がたつ。
せめて一矢報いようと、レイは渾身の力を込めて横薙ぎの一閃を放った。
「甘いぞ」
そして当然の如くクライヴによって打ち払われ、その衝撃でレイは刀を落としてしまう。
負けた。
いや、最初から勝負になっていなかったので、終わった、と言うべきか。
「むぅ……今の、普通なら刀ごと胴体が真っ二つになる一撃だったのに……」
レイは頬を膨らませてクライヴを睨んだ。
別に真っ二つになって欲しかったわけではない。が、だからといって渾身の一撃を片手でいなされては、拗ねたくもなる。
「確かに素晴らしい斬撃だった。しかし灮輝力の運用に無駄が多い。大気中に漏れすぎだ。あれでは相手に使ってくれと言っているようなもの」
と、クライヴはしたり顔で言う。
「いやいや。クライヴ以外の人間は大気中の灮輝力を使ったりしないから!」
「そうか? 探せば他にもいるかもしれないだろう。レイだって少しは使えるようになったじゃないか」
「本当に少しだし……あと、私これでも帝國最強って呼ばれてたから! タイマンで私より強いのってクライヴくらいだから!」
「しかし宇宙は広い。隣の銀河にはもしかしたら俺より強い奴が……」
「あんた、私を何と戦わせたいのよ!」
そもそもレイには、隣の銀河まで行ってもクライヴより強い奴がいるとは思えなかった。
存在しない敵を想定して訓練を積んでも仕方がない。
当面の目標は、クライブに勝つ――というのは無謀なので、クライヴをビックリさせること、である。
そんな低い目標すら達成できる見込みがないというのも情けがない話だが、毎日頑張ればいつかは叶うはず。
「まぁまぁ、落ち着けレイ。妾の目から見ても、お前が上達したのは分かるぞ。まずクライヴ相手に十分間も剣を交えるというのが偉業だ」
「けど……クライヴは片手だし、一歩も動いてないし、そもそも神滅兵装も使ってないじゃないですか」
「それを言うなら、レイだって得意な炎を出してないだろ」
「それは当然です。船内ですから。灮輝力は肉体強化にしか使いませんよ」
スティングレイがいかに優れた船であっても、その防御は外からの攻撃に向けられており、内部で灮輝発動者が全力を出すことを想定していない。
ゆえに、今のは純粋な〝剣と剣〟の戦い。
だからこそ、手も足も出なかったという現実が悔しいのだ。
灮輝発動者として勝てなくても、せめて剣術家としては、ある程度並びたい。
「はぁ……それにしても汗かいた。十分ちょいしか動いてないのに。訓練は中断して、お風呂入ってくるわ」
「おおっ、それなら妾も行くぞ。琥珀も行くよな? 洗いっこしよう」
「はい! 猫さんも一緒にどうですか?」
琥珀は足下の黒猫に問いかけた。
風呂、という単語を理解したのかどうかは知らないが、黒猫は琥珀のもとから逃げ、クライヴの後ろに隠れてしまう。
「にゃーん」
「えー。猫さんも入りましょうよぉ」
「あはは。猫は風呂嫌いと相場が決まっているからな。猫はクライヴに任せて、裸の親睦を深めようではないか」
「ちょっとミュウレア殿下。なんだか目がスケベオヤジみたいになっていますよ。琥珀様に変なことしないでくださいね!」
「分かった分かった。琥珀にはしない」
「……口調が気になりますが、まぁいいでしょう」
というわけで、なぜか三人でお風呂に入ることになってしまった。
「姫様。トラブルを起こして長時間風呂場を占拠したりしないでくださいよ。俺も入りたいんですから」
クライヴは黒猫を抱き上げながらそう言った。
「ん? クライヴも入るのか……じゃあ先に琥珀とレイを入れて、妾はそのあと、クライヴと一緒に……」
「駄目です」
ミュウレアの妄言はクライヴに一蹴される。
「そうですよ、ミュウレア殿下は私たちと一緒です!」
レイはミュウレアの腕を掴み、引きずるようにして風呂場に向かう。
そして、どうしたわけか琥珀まで反対側の腕を掴み、一緒になって引きずり始めた。
「クライヴさんと一緒なんて許しません!」
琥珀は珍しく眉をつり上げ、トゲのある声を出す。
「お、おおぅ? 琥珀までどうした!? そんな全力で引っ張らなくても行くぞ。クライヴと入るというのは冗談だからな! おーい、琥珀ぅ?」
いまや琥珀はレイに先行して突き進み、ミュウレアを一人で引っ張っていた。
琥珀の小さな体のどこからこんな力が出ているのだろうとレイは不思議に思いつつ、なぜ琥珀が怒っているのかという理由に思い至り、脂汗を流す。
――まさか。そんな。けれど!
なにせクライヴ・ケーニッグゼグと一緒に過ごしているのだ。
女子ならば同じ感情を抱いてしまうのは、ある意味、必然。




