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34 抜錨

 そこは朧帝國において、第二の規模を誇る都市だった。

 大規模な湾岸施設を備え、日々、客船と商船を問わず無数の船舶が出入りしている。

 必然的に工業も発展し、海沿いに広がった工業地帯の広さは、おそらく世界一。

 大企業の本社、支社も数多く、帝都に次ぐ高層ビル群は見る者を圧倒していた。


 すなわちメトロポリス。地平の果てまで続く摩天楼。


 しかし、そこに立ち並ぶ超高層ビルをも見下ろす、尋常ならざる物体が海に浮かんでいた。

 形状は、船。

 それも大口径の主砲を搭載した戦艦である。


 ミサイルや鋼鉄兵、果てはレーザー兵器などが実用化されたこの時代に戦艦などという代物がなぜ現存しているのか?

 実用性は皆無であり、出撃させたところで盾や囮にしか使えない。

 初見の者はまずそんな疑問を浮かべるだろう。そして次に、周囲のビルと対比させたとき、その狂気的な光景に肝を冷やすのは必然だった。


 百メトロン、二百メトロンという高さのビルが連なる摩天楼。

 戦艦の艦橋は、その更に上に位置していた。

 高さはおそらく三百メトロンほど。

 全長といえば、千メトロンを超えている。


 何かの見間違いか?

 あるいは見世物? ハリボテ?


 否。

 そこにある存在感は、間違いなく本物。鋼鉄。兵器。

 口径三百センチ。砲身長五十メトロンという冗談のような主砲が十五門。

 副砲の四十センチ砲に至っては数えるのが面倒だ。少なくとも百はくだらない。普通の軍艦なら機銃があるだろうという場所に、これでもかと四十センチ砲が並んでいる。


 そんな怪物的戦艦が、二隻並んで海に浮かんでいた。

 いや――それすらも間違いだ。

 それは並んでいるのではなく、二隻合わせて一隻の戦艦なのだ。


 すなわち双胴戦艦。


 同型の戦艦を連結させ、幅と火力を二倍にするという思想。

 完全にどうかしてしまった人間が設計し、そのまま建造され、できあがった実物もどうかしてしまっている。

 肉眼で視認しても存在を信じることが不可能。

 排水量百万トンとは、それほど歪んだ存在だった。


 なにゆえにこのような塊を建造してしまったのだろうか。

 いかに帝國が覇権国家といえど、予算と生産力が無尽蔵にあるはずもなく。

 にもかかわらず『こんなもの』を造った理由――。


 それは白の大陸アルビオンへの侵攻である。


 これほど技術が発達し、海を行き交い、空を飛び、資源を食い荒らして繁栄し続ける人間が唯一立ち入ることの出来ない大地。

 白の大陸アルビオン

 そこに巣を作る禍津たちを屠るための手段。

 その解答が水陸両用双胴戦艦『纐纈城』なのだ。


 分厚い装甲も、目眩がするほど大きな主砲も、ハリネズミのような副砲の配置も、全てに意味がある。

 伊達や酔狂ではなく、実用性を追求して造ったらこうなったという嘘のような事実。

 つまり、白の大陸アルビオンとはそういう場所なのだ。


「人造神からのエネルギー供給正常」

「フライホイール回転開始。いつでも行けます」


 艦橋で軍人たちが纐纈城の状況を確認している。

 なにせ今日が初出航なのだ。


 せわしなく作業する軍人たちを、皇帝が玉座から見下ろしていた。

 艦橋に玉座は似つかわしくないと思えるが、それはまともな船の話だ。

 この纐纈城の艦橋は、むしろ軍服の方が無粋に見えてしまう。

 広々とした床は磨き上げられた石畳。中央には深紅の絨毯が敷かれ、一本の道を描く。

 天井にも壁にも装飾が施され、航行や戦闘に必要な機材も全て、格調高く彩られていた。

 戦艦の中というよりは、王宮と言われた方がしっくりくる。

 一段高く作られた場所に豪奢な椅子があり、天幕すら張られ、そこに皇帝陛下が座っているとなれば尚更だ。


 朧帝國皇帝、賀琉がりゅう

 束帯に身を包み、誰もが絶句するほどの美貌を持った男。

 外見年齢は二十代半ば。

 即位してから既に半世紀以上が経過しているが、その姿は微塵も変わっていない。

 誰もがそのことに疑問を持ち、しかし口に出すことが許されない、不老の統治者。

 先代皇帝の三男として生まれながら、インポッシブル遺跡を発掘調査し、その技術を解析し、人造神を設計し、世界最初の灮輝発動者となり、二人の兄を蹴落として皇帝となった男。

 優秀であるのは間違いなく、ゆえにその統治が長く続くのであれば文句などあるはずもないが、容姿が不変とは一体どういうわけか。

 そんな不気味さが、かえって賀琉という皇帝を神聖不可侵なものとし、帝國民を骨の髄まで支配している。


 それは、この艦橋にいる軍人たちにとっても例外ではなく、皇帝の言葉を今か今かと待ちわびている。

 賀琉は玉座に腰掛け、けだるそうに彼らを見下しつつ――よく働く蟻だ――と一定の評価をしていた。

 ガヤルド王国の王女がなにやら小賢しい電文を寄こしてきたが、この働き蟻たちがいれば自分の地位は揺るがない。そう信用する程度に愛していた。

 ゆえに彼らの期待に応えるべく、口を開こうとした、そのとき。


「ま、禍津の反応です!」


 レーダーを監視していた男が、悲鳴のような声を響かせる。

 瞬間、艦橋に緊張の波が広がった。

 なにせ今日は、帝國史上――いや人類史上最大にして初。双胴戦艦という荘厳なりし存在が処女航海を迎える記念すべき日なのだ。

 その乗組員に選ばれたのは名誉の極みであり、感涙をこらえて作業にあたっていたのに。

 どうして、そんな日に禍津が来るのだ。


 誰もが絶望を顔に浮かべていた。しかし、賀琉だけは表情を崩さず、片肘をついたままレーダー係を問いただす。


「大きさは? 禍津のサイズを報告したまえ」

「はっ! 申し遅れました! 七十メトロン級であります!」

「なんだ、そんなものか。その程度で色めき立つな馬鹿者。自分が乗っている船が何であるか忘れたか。踏みつぶして征けばよい。水陸両用双胴戦艦『纐纈城』抜錨せよ」

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