32 合流
無論、ミュウレアは巡洋艦が空を飛ぶ仕組みなど知らない。
では、鳥や飛行機が空を飛ぶ仕組みを詳しく知っているのかと問われれば否だが、それでも何となくイメージはつく。
鋼鉄兵だってかなり無茶をしているが、あれは小さいし、レーザーパルス推進という真っ当な〝技術〟がある。
そして、この万能巡洋艦スティングレイが空飛ぶ技術は。
笑うがよい。
クライヴいわく『重力制御』である。
――何だそれは、ふざけているのか。
初めて聞いたとき、ミュウレアですら眉をひそめたものだが、ならばどんな方法を使えば一万トン近い物体を飛翔させることが出来る?
そんな技術は、この星に存在しない。
ゆえに重力制御。
クライヴがそう言っているのだから、そうなのだろう、と納得するしかなかった。
そして、コルベットの制御により、スティングレイの重力制御装置が起動する。
音もなく、浮遊感もなく、加速も感じさせず。
ゆっくりと船体が浮かび上がる。
ミュウレアはそれを体感できない。
ただ、正面スクリーンに映っている光景から、そうなのだろうな、と思うしかなかった。
やがて、頭上からガリガリと破砕音が聞こえてくる。
船体がドックの天井を突き破った音だ。
「コルベットよ。スクリーンに真上の映像を出すがよい」
「了解」
カメラが切り替わり、空が映し出された。
夕焼けの空。それを覆い尽くす、灮輝力の壁。
爆撃を続ける約四十機の鋼鉄兵たち。
「砲門を開け! 目標、鋼鉄兵の全て。荷電粒子砲弾をぶちかませ!」
「警告。プラズマ兵器の使用は電力を著しく消費すル」
「しかし攻撃しないと船を動かした意味がないだろ! やるんだ!」
「了解」
金属が擦れる音が響く。
真っ平らな船体の一部がスライドして、文字通り砲門が開いているのだ。
上空に向けて伸びた砲塔は、三連装が三機。すなわち九門である。
それを見た鋼鉄兵たちの動きが、一瞬、停止する。
不意に現われた脅威に、どう対処すべきか悩んだのかも知れない。
もっとも、悩もうが逃げようが、もう遅い。
エネルギーの充填は既に完了している。
周囲の空気を吸い込み、圧縮して、大電力でプラズマの塊にして撃ち出す兵器。
重装甲を誇る鋼鉄兵であろうと、蒸発してしまう。
「主砲斉射!」
ミュウレアの命令と共に、九門の砲塔から紫色の光が放たれた。
十万度を超える熱量。
それが天を貫くように駆け上がる。
敵の攻撃を一切通さなかったクライヴの壁が、こちらの攻撃だけは素通りさせて――鋼鉄兵の群れに閃光が突き刺さった。
結果、全滅。
芸術的なまでに計算され尽くした九発の射線が、全ての鋼鉄兵に等しく破壊をもたらした。
花火のように爆発が巻き起こり、空の脅威は消え去っていく。
「おおっ! コルベット、お前凄いな!」
「主様ノプログラムに従ったまデ」
コルベットは褒められても表情を変えず、声にも感情がなかった。
機械だからそういうものかもしれないが、あまり面白くない。
今度クライヴに頼んで弄ってもらおう。
「さて。次は沖の駆逐艦と空母だ。いや、そのまえに一応、警告してやるか。逃げるなら見逃してやるぞ、と」
別に恩を着せるつもりはない。
しかしミュウレアも、そしてクライヴも、むやみな殺生を好まないというだけ。
幸い、クライヴが凄すぎるお陰で、街の被害は皆無に等しい。
帝國軍は喧嘩を売る相手を間違えたのだから、それを反省して帰るのなら許してやろうというミュウレアの慈悲だ。
「警告。戦闘続行不能。重力制御不能。航行不能」
「はぁ!? 急にどうした!」
「もうコンデンサが空であル」
「どうして! 十分は保つと言ったであろう!」
「それは巡航した場合、とも言っタ」
確かに言っていた。言っていたが、いくら何でも早すぎるだろう。
浮かび上がって、主砲を一回撃っただけなのに。
しかし、ここでコルベットを攻めても始まらない。
実際、彼女は何度も警告をしていたのだ。
もちろん、その警告を聞いて引き下がっては、そもそもスティングレイを動かした意味が失われる。ゆえにミュウレアは自分の行動を後悔しないが。
コンデンサが空ということは、電力が失われたということで。
つまり、落ちる――。
「のわああああ!」
重力制御装置が働いていた発進時とは逆に、激しい浮遊感を受けながら、船体が落下する。
シートベルトをしていなければ、ミュウレアの体は天井に叩き付けられていただろう。
だが、このまま地面に激突すれば、同じこと。
死んでしまう。
「うわぁぁ! クライヴ助けてくれぇぇっ!」
「心得ました」
本気で死を感じ、泣きべそをかきながら彼の名を呼んだ瞬間。
浮遊感が消える。
動力が回復する。
「神滅兵装への接続ヲ確認。重力制御装置、再起動」
コルベットは平坦な声で語る。
その内容は、端的にいえば助かったというもの。
しかし、なぜだ?
クライヴが遠くにいるから、神滅兵装に接続出来ないと言っていたはずなのに。
それが繋がったということは、つまり。
クライヴが近くにいる?
「姫様、姫様。ご無事ですか」
その声は、真後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、いた。
クライヴがブリッジの入り口に、呆れた顔で突っ立っていた。
「ク、クライヴぅ!」
助かったという安堵から、ミュウレアは椅子から立ち上がってクライヴに抱きついた。
するとクライヴは、やれやれとため息をつきならが、ミュウレアの頭を撫でる。
「全く、無茶をする。確かに姫様の判断に任せるとは言いましたが、いきなり主砲を斉射する人がいますか。あんなことをしたら落ちて当然。俺が慌てて飛び乗ったからいいものの……」
「だって……外の連中を潰さないとクライヴに負担がかかると思って……」
「なるほど。心配をかけてしまったのですね。それは俺の不徳がいたすところ。謝りますから、泣かないでください」
「うぅ……怖かったんだよぉ」
ミュウレアはクライヴしかいないと思って、思いっきり甘えた。
空に浮かぶ巡洋艦に飛び乗ったというクライヴの行動にツッコミを入れる余裕もない。
コルベットが見ているが、あれはロボットなので別の話。
好きな男の胸で泣くというのは、これまた格別――なのだが。
「ミュウレアって……以外と甘えんぼさんなんですねぇ……」
「ほんと。殿下ったら可愛いわ」
「にゃーん」
クライヴに続いて、琥珀とレイまで入ってくるではないか。
更に、彼女らの足元には、なぜかあの黒猫までいた。
「のわぁぁっ!?」
ミュウレアは慌ててクライヴから離れた。が、もう遅い。
琥珀はぽかんとした顔で、レイはニヤニヤしながらこっちを見てくる。
「こ、これは違うんだ!」
「何が違うんですかミュウレア殿下ぁ? いいじゃないですか。ほら、怖かったんですよね。私も撫で撫でしてあげましょうか? おお、よしよし」
いつも弄られる役のレイは、ここぞとばかりにミュウレアを攻撃してくる。
まさに鬼の首を取ったという感じだ。
「ええい、髪をグシャグシャにするな! それよりも! レイ、お前ボロボロで血まみれじゃないか! 大丈夫なのかっ?」
「ああ、それは何とか。まだ痛いですが、灮輝力を治癒に回していますから」
「そうか。レイもクライヴにアカウントをもらったのか」
レイは帝國最強とまで呼ばれた輝士だ。
それが再び灮輝力を得た以上、おそらくクライヴ以外には負けない。
味方としては、心強いことこの上ない存在だ。
味方としては。
「ミュウレア殿下。私の心配をしてくれるんですね。ああ、可愛い。ほら、私の胸でも泣いていいんですよぉ」
「ぬがあああ! このニート輝士がああっ!」
ミュウレアはレイを振り払おうと腕をブンブン振り回したが、ムギュッと強く抱きしめられてしまう。
アホみたいに大きな胸が、ミュウレアの顔を覆い尽くす。息が苦しい。ふがふが。
「二人とも、遊んでいる場合ではありませんよ……いや、別に遊んでいてもいいか」
そうクライヴは呟き、ミュウレアの代わりに艦長の椅子に座った。
「コルベット。主砲を敵空母に向けろ。それから通信文を送れ。逃げるなら見逃してやる、と」
「了解、主殿」
敵は、鋼鉄兵の群れが一瞬で全滅する光景を見ている。
ゆえに、こちらの戦力を認識しただろう。
まっとうな判断力があれば、撤退を選ぶはずだ――。




