30 戦うお姫様
ミュウレア・ガヤルドは、腕を組み、不敵に笑い、仁王立ちをしていた。
眼前にいる敵が、帝國軍の誇る鋼鉄兵――それも最新型『玄武参式』の更なる改良型であるなど、少しも頓着していなかった。
なぜなら、その体に灮輝力が流れ込んでいるから。神滅兵装に繋がっているから。愛する男の支えがあるから。
なによりも――
あのクライヴを師匠にし、今まで特訓を重ねてきたから。
参式だか改だか知らないが、負ける要素がない。
「さあ、かかってくるがいい、カラクリ人形。妾の貴重な時間をさいて破壊してやる」
「ほざいたナ。いかな方法デ灮輝力を引き出したか知らないガ……この認識番号1569、参式の改ゆえに! かような芸当を得意とスル!」
鋼鉄の虎は牙を光らせて低く唸り、そして――姿を消した。
一瞬で。痕跡も残さず。
「む!?」
ミュウレアが決して目をそらしていない。気を抜いてもいない。
戦闘中にそんな愚かな真似をするわけがなかった。
にもかかわらず、白虎の姿が忽然と消え失せた。
まるで、夢か幻だったかのようだ。
しかし、自分が白昼夢を見ていたという可能性を考慮する前に、考えるべきことがある。
つまり、白虎はそこにいるのに、見えなくなったという可能性。
その証拠に、耳を澄ませば、足音が聞こえる。
「光学迷彩か!」
「そのとおりダ!」
ヒュン――と、何かが風を切る音が聞こえ、ミュウレアは反射的に身を翻す。
すると、ドレスの袖がわずかに裂けた。
皮膚にも痛みが走り、血が滲む。
半瞬前にいた場所を、刃物が通過したのだ。
「その光学迷彩が実用化されたなんて聞いたことがない……さては、お前は実験機だな。だから改なのか」
「左様。実験機なれど、その機能は完璧。ゆえに小娘。貴様に勝ち目はナイ!」
白虎の声は随分と離れた場所から聞こえてきた。
わずかな時間で距離を取られた。
たんに姿を消すだけでなく、跳躍力も一級品だ。
そんな相手にヒット・アンド・ウェイに徹されては、ミュウレアも分が悪い。
だが、付け入る隙はある。
ミュウレアはソレを見つけ、ニヤリと笑った。
確かに光学迷彩はなかなかの機能だ。
ミュウレアやクライヴの目を盗んで街に潜り込み、造船所に先回りしただけのことはある。
それでも、しょせんは実験機。
「コレで、トドメだッ!」
白虎は叫んでから疾走した。
あえて声を出すことにより、攻撃する方角を攪乱させたいのだろう。
しかし、浅はかというもの。
もはやミュウレアは音など聞いていない。
見ているだけ。
コンクリートの地面を見つめ、そして、見切る。
「そこだ!」
迫る透明な白虎を、ミュウレアは掌底で打つ。
灮輝力で強化された体は、鋼鉄兵すら軽く弾き飛ばした。
白虎は透明なまま、ガラガラと音を立て、地面を転がっていく。
「ヌオッ……なぜ、だ! どうして我の場所が分かっタ!?」
「ふふん。お前のボディは見事だが、残念ながら姿勢制御がまだまだ未調整だな。跳躍力が凄いのは分かったが……毎度毎度、地面がへこむほど蹴れば、いやでも分かるぞ!」
「なんと!」
そう。白虎参式・改は、走るたびに四肢でコンクリートに穴を空け、その居場所を親切に教えてくれていた。
開発者は気が付かなかったのだろうか。
それとも、分かった上で投入して、相手がどう反応をするかデータを取ろうとしていたのか。
どちらにせよ、もうお終いだ。
「――まだまだ! そうであると学習した以上、次は跡を残さぬよう走ル!」
「いいや、無駄だぞ。なぜなら、今の掌底打ちで、妾の血を付着させたからな」
「なんとッ!?」
白虎は驚きの声を上げる。
しかし、驚くほどのことではない。
透明な相手に色をつけて勝つなんて、アニメやマンガの世界では繰り返し行なわれてきた戦術。
それは現実でも通用するのだ。
白虎の体に塗られた血は、失敗した特撮みたいに、空中に浮かび上がっている。
実に不自然な光景だ。
だから、消し飛ばそう。
「さて。お前の光学迷彩を見せてもらった代わりに、返礼として妾の得意技を見せてやる」
周囲のコンクリートを、分解。再構成。
作り出すのは、砲身。
中にミュウレアが寝そべることが出来そうな、巨大な砲身。
物質が再構成されるときに放たれる、あの独特の低音を響かせて。蒼い光とともに、ミュウレアの頭上の空間から生えてくる。
台座はない。脚もない。
何もない空中に固定された、口径八十センチ、長さ五メトロンのの筒。
その奥底で、エネルギーがうねっていた。
結晶体の中で波長を整えられ、増幅され、指向性を与えられた光が、白虎を狙う。
「ま、待つのダ! さっきの攻撃で、関節ガ……!」
「残念だったな! このミュウレア、急には止まれんのだ!」
ミュウレアは自分を守るため、袖からサングラスを出して装着し――
放たれる。高出力の、レーザー・キャノン。
網膜潰れるほどの圧倒的閃光。砲身溶けるほどの爆発的熱量。
無論のこと、一撃必殺。
造船所の地面を焼き焦がし、ミュウレアは〝自分の資産が減ってしまう〟と慌てて止める。
そしてレーザーが消えたあとには、光学迷彩を停止させた白虎が、その姿を晒していた。
もっとも、完全に炭化しており、元の姿はサッパリ分からない。
「ウェルダンを通り越して、黒焦げにしてしまったか。やれやれ。妾も少しは花嫁修業しないと、いいお嫁さんにはなれないなぁ」




