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03 ガヤルド王国

 ガヤルド王国は島国である。

 エスプリ島を中心に、その他いくつかの小島を領土に持つ海洋国家だ。

 総人口は三千万人ほど。

 帝國の有する二十億人という数に比べれば矮小であるが、それでも先進国に数えられていた。

 逆にいえば、朧帝國がそれだけ抜きん出ているのだ。

 世界唯一の超大国。それが朧帝國。

 逆らえば蹂躙されて飲み込まれるが、従えば独立を許される。


 そう――許される。


 帝國以外の全ての国家は、帝國の許可を得て存続していた。

 顔色をうかがい、要求には従い、無茶な条約にサインして、帝國軍も駐留させて、かろうじて独立国家という幻想を許されている。


 かつての世界は、もっと〝平等〟だった。

 どの国家も帝國ほどの力を持っていなかったから。


 かつての世界は、もっと〝危険〟だった。

 どの国家も帝國ほどの力を持っていなかったから。


 朧帝國が半世紀前に完成させた巨大動力装置【人造神】と異能者【灮輝発動者】というシステム。

 それは白の大陸(アルビオン)からやってくる【禍津】に対する切り札となり、死にゆく人々は劇的に減った。

 親帝國派も反帝國派も、それは認めている。否定しようのない事実だ。

 だから帝國は必要なのだと言う人々がいる。

 しかし帝國は不要なのだと言う人々もいる。


 帝國が強すぎるから――


 ゆえに従え。

 ゆえに戦え。


 五十二年前、帝國が人造神と灮輝発動者の戦力を使って領土を広げたとき、その二つの主張が生まれた。

 前者を唱えた国は今も残っている。

 後者を唱えた国は地図から消えた。

 導き出される答えは単純で、生き残った方が正しい。

 もう帝國に逆らおうとする者なんてどこにもいない。いたとしたら、それはきっと、とても頭が悪い人。

 あるいは――過去前例のない傑物。帝國を倒した者はいないから、それを形容する言葉は存在しなかった。


 そんな希有な意志を秘めた人間が二人、ガヤルド王国にいる。


 エスプリ島の最北端に位置する、ケーニッグゼグ公爵領。

 その港街にある造船所で、二人は日々、悪巧みを重ねていた。

 少年は――クライヴ・ケーニッグゼグ公爵は淡々と。

 少女は――ミュウレア・ガヤルド王女は嬉々として。


「ああ、実に完成が待ち遠しいな。進水式と同時に宣戦布告もあり得る。いやはや、まったく立派な船だぞ、クライヴ」

「お褒めに与り光栄です。が、どうしてあなたはそうすぐに宣戦布告したがるのですか。少しは自重して下さい、姫様」


 屋根付きドックの二階から、クライヴとミュウレアは作業を見下ろしていた。

 建造しているのは、巡洋艦。

 設計はクライヴ。材料はケーニッグゼグ公爵領の鉱山から。そして造船所のオーナーはミュウレアであり、巡洋艦の建造費もミュウレアの私費から出ている。


 もともとこの造船所は、民間企業が経営していた。

 それが経営破綻したところを、ミュウレアがダミー企業を通して買収したのだ。

 買収した理由は、クライヴの船を作るために。

 ダミー企業を通した理由は、帝國と、そして国王の目を欺くために。


 国王とはすなわち、ミュウレアの父親だ。

 父親に黙って巡洋艦を作っているのだ。

 不良娘が家を抜け出して秘密のパーティーに行くような感覚で、親に内緒で対帝國用の兵器を開発している。

 頭のネジが緩んでいると言う他ない。


「そもそも姫様。出資してくれたのはありがたいですが、何も姫様がここにいる必要はないでしょう。陛下は何も言わないのですか?」

 王女であるミュウレアが、王都を離れて造船所にいるというのは妙な光景だ。

 それは今に始まったことではなく、月に一度くらいのペースで王宮を抜け出し、あろうことか一人で自動車を運転してケーニッグゼグ公爵領にやってくる。

 特に用事があるわけではない。

 完全に遊びに来ているのだ。


 クライヴとミュウレアの付き合いは、もう十年以上になる。

 なにせクライヴは公爵家の人間であるから、王族とお近づきになる機会も多々あった。

 最初にミュウレアと出会ったのは、父親に連れられ王宮のパーティーに出席したとき。

 庭の木に登って降りられなくなった彼女を助けてやったところ大変感謝され、いたく気に入られ、そして――


「よし。お前を将来、妾の夫にしてやろう」


 当時四歳だったミュウレア王女殿下は、七歳のクライヴにそう言った。

 それに同意した覚えはないのだが、十五歳になってもミュウレアは同じことを言い続けている。


「父上か? 当然、ガミガミうるさいぞ。しかし言わせておけばよいのだ。未来の夫に会いに行くのに何の問題がある。どうせ王位は兄が継ぐのだから、妾が王宮にいたって仕方がないだろう。このまま行けば、妾はいずれ政略結婚の駒として、どこかの国に出荷されるのがオチ。だからそうなる前に、なあクライヴ。そろそろ既成事実を作らないか? 妾はもう十五歳だぞ。決して早くはないはず」


 ミュウレアはそんなことを堂々と言って見せた。

 ほんのちょっぴり頬が赤くなっていたが、それでも臆することなく、淑女にあるまじき発言をする。


「……陛下に八つ裂きにされたくはありませんから、遠慮しておきます」

「おいおい、何を言うんだクライヴ。照れているのか? 王女と公爵なら、そんなに変な組み合わせではないはずだ。それに一番大切なのは当人たちの気持ちだ。国益とか政略なんてもののために結婚してたまるか。もし父上が何か言ってきたら……そのときはクーデターだ。王位簒奪だ。だから、ほら。そのために巡洋艦を作っているんじゃないか」


 ミュウレアの言っていることは、半分だけ共感できて、半分は無視に値した。

 確かにクライヴは、自分の目的を遂げるためにこの巡洋艦を作っている。

 邪魔をする者は力尽くでも押しのけてやろうというミュウレアの主張は、至極真っ当だろう。

 だが、クライヴの目的はミュウレアとの結婚ではない。そんなつもりは一欠片もないのだ。


 なるほど。クライヴはミュウレアと親しい。付き合いも長い。

 しかし、どこまで行っても友人なのだ。

 その理由は色々あるが、最大のものは、ミュウレアの外見にある。


 決して醜いわけではなく。むしろ花のように可憐なのだが。

 十五歳という年齢に対してあまりにも――幼すぎた。


 腰まで伸びた髪は、金色に輝き、ゆるくウェーブがかかっている。まるで黄金を溶かして伸ばした糸のよう。

 瞳の色は水色で、クリクリと大きく可愛らしい。つり目がちの形は意志の強さを感じさせるが、猫のように愛でたくもなる。

 白い肌をつつむドレスは豪奢で、立ち振る舞いも優雅。

 非の打ち所など、一つもない。

 高名な彫刻家が美を追究して造った少女像に、魂が宿って動き出した。そう言われても信じてしまいそうなほどに。


 ああ、十二か十三の少女としては、まさに理想的。


 ゆえに、彼女の実年齢が十五歳という現実がのしかかってくる。


 その身長は、とても低い。

 その胸部は、真っ平らだ。

 結婚? 冗談ではない。それよりもしっかりご飯を食べて適度に運動して、大きくなりなさいと言いたくなる。


 けれども、小さな体につまった才能はとても大きかった。

 剣も銃も、そこらの兵士を超えていて、一ダースくらいの人数なら軽くあしらってしまう。だからこそ王宮の警備を突破して自由に出入り出来るのだ。

 経済感覚も抜群で、お小遣いから始めた投資が、いまや造船所を買いたたいてもビクともしないほどの資産に膨れ上がっている。その資産を父親から隠すため、ダミー企業と隠し口座を作ることも忘れない。

 そして――

 クライヴには劣るものの〝擬似的な〟灮輝発動者としても、超一流だった。


「ところでクライヴ。あの船はいつになったら完成するんだ? そろそろ作り始めてから二年になる。外見は出来上がっているように見えるが」


 ミュウレアの言うように、巡洋艦の外装は仕上がっていた。

 もう外側で作業している者はおらず、人員は内部機構の調整に回っていた。


 それにしても特異な形の船と言えるだろう。

 普通、船というのは、もっと丸みを帯びている。

 昔の帆船も、人造神からエネルギーを得て動く今どきの船も、それは変わらない。

 しかしクライヴとミュウレアが見下ろす巡洋艦は、とても鋭利だ。まるで空を跳ぶ矢のように。

 もちろん、クライヴが自分でそういう形に設計したのだ。


「外見はあれで完成です。しかし中身がまだ。とくに燃費の問題をどうしていいものやら。まあ、そっちは船と言うより、こっちなんですがね」


 そう答え、クライヴは自分の胸を、心臓の場所を指差した。

 巡洋艦の燃費が、個人の心臓と関係している――。

 それは奇妙な話。

 だがミュウレアは訳を知っている(、、、、、、、)から、不思議そうな顔もせず、当たり前に頷く。


「お前の【神滅兵装】は〝人〟に使うには十分だが〝船〟を飛ばす(、、、)には、まだ頼りないからなぁ」

「ええ。出力的には問題ないのですが、なにせ燃料の貯蔵も供給も追いつきません。俺の才がないばかりに……」

「あはは。何を言っているんだ、クライヴ。お前に才がなかったら、全人類まとめて無能になってしまうじゃないか。いや、あるいはお前にはそう見えているのか? ま、なんにせよ。この細い体に巡洋艦級の燃料が収まってたまるか。妾はそんな太っちょを夫にするのはご免だぞ」


 ミュウレアはそう笑って、クライヴの胸を軽く拳で突く。

 彼女は冗談めかしているが、しかし、最大の問題点はそこにあった。


 クライヴが人の形をしている以上、機能としてはその形に準じたものになってしまう。

 形状で限界が決まってしまう。

 それを打ち破るブレイクスルーがなければ、あの巡洋艦は、戦えない。


 帝國とも、禍津とも。

 

「ふむ。悩んでいるなクライヴ。そういうときは気分転換だ。浜辺に行こう。妾は久しぶりに灮輝力を使いたい」

「まだ強くなるつもりですか姫様」

「おや? クライヴ・ケーニッグゼグの台詞とは思えないな。あの神威學園を見限った男のくせに」

「これは一本取られましたね」


 そうだ、クライヴは追い出されたのではなく、見限ったのだ。

 帝國最高の名門校を。世界最強が集う場所を。

 使いものにならないと断じて捨て去り、ここでこうして構築している。

 自分の力を。自分のシステムを。

 誰にも束縛されず、奪われず、干渉されない、無敵の『兵装』を――。

 そこまでして〝強さ〟を追いかけているのに、ミュウレアのささやかな特訓にどうして口が出せるのだせようか。


 そも、世界の人々は常に欲している。

 帝國がどうなろうと、そんなものは関係なく、世界には〝強さ〟が必要なのだ。


 実力を。武力を。

 戦力を。火力を。


 禍津から身を守る力。私を守る力。国を守る力。人を守る力。


 力が欲しい――


 クライヴが構築したは、その願いを叶えるためのもの。

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