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29 紅蓮明王

 焔レイの得意技。

 それは灮輝力を炎に変えること。


 もちろん、身体能力や五感を強化するのも得意だし、剣術だってクライヴ以外には負ける気がしない。


 それでも、自分の一番得意なことを挙げろと言われたら、そう答えてしまう。


 紅蓮花。いつの間にかそんな二つ名が自分に付いていた。


 レイの体から溢れ出す炎の渦が、真上から見ると蓮花が咲いているように見えるらしい。

 優雅にして強力。

 地面を沸騰させるほどの熱量。


 それを見た京史郎が怯んだ顔を見せる。

 相手は超音速。

 本来ならレイがこうして炎を出す時間はないし、相手にも驚く暇はないはず。

 しかし、それが灮輝発動者というもの。

 刹那を捉え、刹那に動く。

 ゆえに、その戦いは、ときとして常人の目に映りすらしない。


 この攻防が、まさにそれ。


 京史郎は先んじて動き、音速の数倍という蹴りを撃ち込んだが。

 それが届く直前に、レイは神滅兵装から灮輝力を引き出した。

 そして紅蓮の花が咲いて壁を作る。

 熱量、摂氏一万度の花だ。

 つまり京史郎は、自分から灼熱地獄に飛び込んだ形になる。


「――ザ、ケンナッ!」


 本当にそう叫んだわけではないが、彼の唇の動きがそう言っていた。

 火刑を避けるため、慌てて減速。跳び蹴りを中断し、かなり無理のある体勢から真横に飛んだ。

 着地を考えない無様な転進だったが、京史郎にとって、それ以外に死を避ける手段はなかった。

 もちろん、彼がそう動くと、レイには分かっていた。


 だから、追撃の準備も出来ている。


 焔レイの炎は、ただ花を咲かせて見る者を楽しませるものにあらず。

 自在に操り、形を変え、敵を蹂躙するのだ。


「焼き尽くせ――紅蓮明王!」


 炎で出来た蓮花の上に、巨人が出現した。

 それもまた炎で作られた、全長五メトロンほどの傀儡。

 右手に剣を持ち、憤怒に染まった顔で京史郎を見下ろし、そして。

 打ち下ろす。

 劫火の刃を、力任せに。

 万象を焼き尽くし、叩き潰し、屠り去る、赫灼(かくしゃく)の斬撃。


 直撃すれば『死』から逃れるすべはない。


 事実、京史郎とともに、商店街の一角が蒸発した。

 食料品店が一つ気化して、その両隣にあった建物も炭化し、風圧で飛び散った。

 熱波は更に広がり、火災を誘発。


「もういいわ、紅蓮明王」


 レイの意志に従い、巨人も蓮花も消えた。

 あとに残ったのは、燃える商店街と、溶鉱炉のように煮えたぎる地面だけ。


 ――京史郎の死体がない。


 建物が気化したのだから、彼も同じく、灰も炭も残さず消滅してしまった?

 いいや、それは考えにくい。

 灮輝発動者の耐久力は、そんなヤワなものではないのだ。

 まして、京史郎はトップクラスの実力を持っている。

 たとえ直撃しても、生きている可能性すらあった。

 なのに、いない。気配も、ない。


「逃げられたか……」


 レイが京史郎の動きを予測して紅蓮明王を放ったように、京史郎もそれを予測して回避したのだろう。

 おそらく、レイが灮輝力を放った時点で、撤退を決めていたはず。

 彼はそういう男だ。

 ふざけた外見のくせに、危険にはめざとい。限界ギリギリまでは戦うが、限界は絶対に超えない。


「ほんと、チンピラのくせに真面目な奴」


 そうボヤきつつ、レイは少しホッとしていた。

 同僚を殺さずに済んだのだから。

 もしかしたら、また戦うことになるかもしれないが。

 とにかく今は、痛み分けで終わったのだ。


「見事だ、レイ」


「え、クライヴ!?」


 戦いが終わると不意に、アーケードの天井からクライヴが飛び降りてきた。

 しかも、その腕には琥珀が抱きしめられていた。


 ――お、お姫様抱っこされてるし……琥珀様! ぐぬぬ、羨ましい!


 守るべき巫女に嫉妬してしまう。

 もちろん、こうして無事に再会出来た喜びのほうが、何十倍も優っている。


「レイぃぃぃ!」


 琥珀はクライヴの腕から飛び降り、走って、レイに抱きついてきた。


「あぅ、レイ、よかった、生きててよかった……! 私、もしかしたら、もう会えないかもって……ごめんなさい、レイを置いて逃げてしまって……!」


 嬉しいはずなのに、泣いてしまっている。

 嬉しいときは笑えばいいのに。

 なのに、レイも喜びのあまり、涙がちょっぴり滲んでしまう。


「何を謝っているんですか琥珀様。私が逃げろと怒鳴ったんです。むしろ、逃げてくれなかったら怒ります。それに……ありがとうございます。クライヴを連れてきてくれたんですね」


 人造神のアカウントを失い、レイはもう一生、灮輝力を使えないはずだった。

 しかし、ここに裏技があったのだ。

 神滅兵装という裏技。世界の法則を覆す反則。


「クライヴ。さっき……あなたの声、聞こえたわ」

「ああ。俺も君の強い想い、聞こえたぞ」


 機械を使わない、無線の会話。

 それは奇跡でも何でもなく、灮輝発動者の技術だ。

 レイが下手なりに周囲の灮輝力を集めていたからこそ、クライヴに届いた。

 そして、繋がった。


「それにしても、流石はレイだな」

「ん? 何が?」


 唐突に褒められ、レイは首をかしげる。


「神滅兵装との接続のことだ。これは人造神とは違い、誰にでもアカウントを発行できるわけじゃない。何と言うか……互いの波長が合わないと駄目なんだ」

「へえ……でも、いつもと同じように灮輝力が使えたけど」

「だから凄いと言っている。君の声が聞こえた瞬間、驚嘆さえしたぞ。ああ、これは波長を自分で合わせてきているな――と。姫様ですらアカウントを発行するだけで一週間もかかったのだが。紅蓮花の二つ名は伊達ではない、ということだな」

「ま、まあね!」


 波長を合わせた。そんなつもりは全くなかったが。

 しかし、レイは必死でクライヴに助けを求めた。

 クライヴなら力になってくれると疑いなく信じていた。

 私が大好きなあの人なら絶対に――と。


 それが波長を合わせることに繋がったのなら、少々、気恥ずかしい。


「それにしても……やっぱりクライヴがいなきゃ駄目ね。アナタがいないと京史郎にやられていたし……琥珀様のことも助けてくれたんでしょ?」


「卑下するな、レイ。確かに君は神滅兵装の力を借りた。しかし、相手もまた人造神の力を借りている。条件は同じ。ゆえに、勝ったのは君だ」


 勝ったのは君――。

 ああ、また彼はこうやって真っ直ぐに言う。

 一番認めて欲しい人が、ちゃんと自分を見てくれていて、そして褒めてくれる。

 こんなに嬉しいことは他にない。

 顔が熱くなってしまう。


「あれ? レイ、どうしましたか。何だか顔が……」


「な、何でもありませんよ琥珀様! それよりもクライヴ。造船所に行きましょう! ミュウレア殿下を残してきてしまったの。あそこには、鋼鉄兵がいたわ! 一機だけだけど、それでも!」


 白虎の参式。しかも『改』と名乗っていた。

 参式の改良型なんてレイは知らないが、なんにせよ、普通の少女が太刀打ちできるはずがない。


 早くしないと手遅れになる。いや、もしかしたら、もう――。


 レイは、あの生意気だが愛くるしい王女のことを考え青ざめた。

 なのに、クライヴはまるで慌てない。

 それがどうした、というふうに。


「案ずるな、レイ。たかが一機。いや、一機とはいえ、この街に潜り込ませてしまったのは俺の不徳だが……まあ、問題なかろう」


 珍しいことにクライヴは、自慢げに笑っていた。

 姫様は強いぞ――と、呟きながら。

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