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28 力が欲しいなら

 レイは腰の刀を抜き、正眼に構えた。

 そして正面の京史郎を見据え、殺気を放つ。


「おォおォ、いいね、流石は紅蓮花。満身創痍でも腐らねぇ……んで? 構えてどうすんだよ、動けんのかテメェ」


 京史郎はヘラヘラ笑い、血まみれのレイを指差した。


 もちろん、動けない。

 こうして構えを維持するだけで精一杯。

 血の流れは止まらず、それと一緒に気力も減っていく。

 本当は今すぐ眠ってしまいたいほど体がだるい。


 それでも。一秒でも長く時間を稼いで、琥珀を遠くに逃がして――そうすればきっと、クライヴが何とかしてくれる。

 また他力本願。

 けど仕方ない。

 私、弱いから。弱いけど。命、賭けるから。こんな命だけど。精一杯やるから。


 ――琥珀様のことよろしくね、クライヴ。


「なにを期待した顔してやがる!」


 京史郎のつま先が刀を吹き飛ばし、レイのみぞおちにめり込んだ。


「がっ、ぁっ!」


 肺と胃の中身がいっぺんに口と鼻から溢れる。

 体が浮き上がって地面に落ちた。。

 受け身をとる力も残っていなくて、そのままビタンッと叩き付けられ――。


 それでも、まだ生きている。


 京史郎は明らかに本気を出していない。

 もし本気なら、今の蹴りでレイの体に穴が開いている。

 それにレイだって、何もしていないわけじゃなかった。

 クライヴの真似(、、、、、、、)をして、多少は体を強化している。


「まだ意識あんのか紅蓮花。どうなってやがる? 見る影もなく弱くなっているが、しかし普通の人間なら今ので……いや、最初の蹴りで即死だ。何かしているな?」


 いかにも軽薄そうだった笑みが失せ、相手の戦力を計ろうとする輝士の顔になった。

 やはり京史郎は油断ならない相手だ。

 レイは彼に、撃墜スコアや模擬戦の類いで負けたことはないが、それでも輝士団最速の称号は伊達ではない。


「ちょっとね……アカウントなしでも灮輝力を使う方法があるらしいから……試してみたのよ……あいつみたいに上手くいかなかったけど……」

「あいつ? ああ、クライヴ・ケーニッグゼグかよ。お前も飽きねぇな。帝國最強と呼ばれ、なかばアイドル扱いされてんだから、他にも男は選びたい放題だろうが。まあ、比較対象が史上最強じゃあ、他の男は全部霞むか」


 そう。クライヴ。

 昨日、海岸で神滅兵装を起動させる前に。

 彼は周囲の灮輝力を集めて自分のものにするという神業をやってみせた。

 クライヴにとっては児戯なのだろうが、常人は百年練習しても無理。

 そしてレイとて一応、天才といわれている身だ。

 見よう見まねで、なんとか『ないよりはマシ』という程度にはなった。


 だから背骨が折れていない。まだお腹に穴が空いていない。


「なによ京史郎……あんた、私にデート断られたの、まだ根に持ってるわけ?」


 レイは地面に寝そべったまま、作り笑いを浮かべる。

 あちこちの骨が折れて痛いけど、せめて敵の前で弱音を吐かないように、空元気。


「ハッ! 一年以上前のことで怨んだりしねーよ。それよりも、だ。おい紅蓮花。テメェ、マジで何のつもりだ。巫女を誘拐して、帝國を敵に回して、こんな糞田舎に逃げ込んで――正気じゃねぇ。ラリってんのか? よっぽど上等の(ヤク)キメねぇとそこまでイカねぇぞ。第四世代を憐れむのはお前の性格からして分からなくもないが……なぁ考え直せよ。テメェは国民の人気も、同僚からの評価も高い。投降すれば、死刑だけは免れるかもかもしれねェ」


「随分と優しいのね。狙いは何よ」


「一度惚れた身だからな。かばい立てするのも、やぶさかじゃねーってだけだ。まぁ、その目つきじゃ降伏するつもりなんて微塵もねぇんだろうがよ」


「当たり前でしょ。私がそんな女に見える?」


「ハッ、確かに!」


 血溜まりに横たわりながらも虚勢を張るレイを見て、京史郎は嬉しそうに口の端をつり上げた。

 生きのいい獲物を見付けたハンターのように。


 しかし、その笑みもすぐに消えて、職業軍人らしい真面目な顔になる。


「これはガチな話だが……帝國は巫女だけじゃなく、お前のことを必要としてるんだぜ? なにせ帝國最強。これから白の大陸(アルビオン)に攻め込もうってときに失っていい戦力じゃねぇ」


白の大陸(アルビオン)に、攻め込む、ですって……?」


 何の話だ、それは。初めて聞いたぞ。


「おうよ。これは俺も今朝聞いたばかりだが、帝國はいよいよ、前人未踏の白の大陸(アルビオン)を陥落させるつもりらしい。第四世代型巫女は、そのための道具ってわけだ。どうだ、いい話だろうが。テメェだって禍津をぶち殺したくてたまんねぇはずだ。帰ってこいよ。俺の部下として使ってやるぜ」


 白の大陸(アルビオン)への侵攻。つまり禍津の根絶を目的とした作戦。

 確かに、魅力的な話。

 ちょっと前のレイなら、迷わず参加していただろう。

 いや、今だって、行けるものなら行きたい。


 琥珀を道具にするという言葉がなければ、フラリと京史郎に付いていったかもしれない。


「断るわ……あなたたちで勝手にやりなさい……琥珀様は渡さない」


「この条件でも嫌だってか……残念だぜ、紅蓮花。俺はお前を女としても輝士としても買っていたんだがな。帝國の何がそんなに気に入らない? ああ、確かに帝國は横暴だ。全人類の支配者だ。方針を押しつけるし、逆らう奴はぶち殺す。で、それの何が悪い? この星で、帝國より上手く人類をまとめられる奴がいるのかよ。帝國より禍津を殺せる戦力があるのかよ。巫女が可哀想? 私がお守りする? オイオイ、冗談はそこまでだ。数人の犠牲で数十億人が恩赦を得る。人類史上稀に見るほど効率的。あれほどのエネルギーを生みだそうとしたら、普通はもっと犠牲がでかいぜ。人造神はむしろ人道的ですらあると思わねぇかァ?」


 チンピラ口調で語られる、正論につぐ正論。

 反論の余地がない。


「それでも……私は……」


「私は、何だよ。そのワガママをどこまで押し通す? 人造神をぶち壊すのか? 帝國を滅ぼすのか? 仮にそれを実現できたとして、そのあとどうする? 既に人類は帝國と人造神に依存しきっている。また昔の発電所を動かすのか? 石油掘って燃やして枯渇させて、ウラン核分裂させて、たまに事故起こして隠蔽して……って、禍津に滅ぼされる前に自滅しちまうぞ、人類」


 京史郎の言っていることは、とても正しい。

 こんな格好のくせに、彼は彼なりに帝國に忠誠を誓っているのだ。

 少なくとも、クライヴの背中を追いかけてばかりいたレイよりは、ずっと真面目に。


 そうだ、こいつは真面目なのだ。


 ――さっきから聞いてれば、チンピラのくせに真面目な正論をベラベラと!


「それでも、私は琥珀様を守るのよ! あとのことなんて知らない! 帝國? 滅びたらいいじゃない! 人造神? それで琥珀様が幸せになるっていうなら、ええ、ぶち壊すわ! その結果がどうなるかなんて、そのあとで考える。少数の犠牲で皆が幸せって……あんな小さな子供たちによってたかって依存して、恥を知りなさい! 私は、琥珀様を守って、その上で禍津も倒す!」


 レイは立ち上がった。

 折れた骨を筋肉で支えるという不条理をやりながら。

 徒手空拳でトップクラスの灮輝発動者を睨み付ける。


 何もしていないのに全身が痛い。

 一言一言、肺が痛い。


 今、自分はどんな姿なのだろう?

 きっとオバケみたいな姿。

 琥珀に見られたら、泣かれてしまうかも。


「……すげぇ啖呵だ。惚れ直したぜ、紅蓮花。そしてお別れだ。ぶち殺すしかねぇと、はっきり分かった。テメェを殺してから、巫女様を捕らえる。それでお終いだ」


 決裂は明確。

 いや、初めから交わっていなかったのだ。

 京史郎とレイは、同じ帝國に所属していたからこそ同僚だっただけで。

 こうして立場が変わってしまえば、もう、殺し合うしかない。


「人造神――接続――」


 彼は呟きとともに、灮輝力を集中させていく。

 全身がほのかに蒼く輝き――特に脚が煌めいていた。


 来る。京史郎の本気が来る。

 帝國軍最速の男が、身を低くして、地を蹴る!


「じゃあな。好きだったぜ、焔レイッ!」


 地面が。大気が。周りの建物が。全てが爆ぜる、超加速。

 音速の何倍か、見当も付かない。


 これから死ぬのだと、レイは自覚した。すると、周りの動きがやけにゆっくりとしたものになっていく。

 ああ、これが走馬灯。

 死の間際に脳がフル回転して危機を脱出しようとする、噂の現象。

 半瞬で自分を貫くはずの京史郎の跳び蹴りが、まだ空中にあって、ゆっくりと近づいてくる。


 しかし、それが見えても。体が動かない。

 当たり前だ。どんなに知覚が鋭敏化しても、体が速くなるわけではないのだから。

 これからレイは、自分を貫こうとしている京史郎をゆっくり見ながら、ゆっくり貫かれる。

 ゆっくり痛がって、そのあとは――死ぬ。

 死んだ後は、終わり。


 終わったら、そのあとは。

 そのあとは、何もない? 全部、消えてしまう?


 ――いいえ。消えないのよね。


 自分が死んだところで、この世界は変わらない。

 巫女たちは人造神に繋がれ、禍津は生きとし生けるものを殺す。

 ここで命を捨てることは、琥珀を守ることに、繋がらない。

 だから死ねない。

 守ると誓ったから。


 いや。そんな理屈を抜きにしても。


 ――私は、まだ生きたい。琥珀様とお花見したいし、ミュウレア殿下ともっと仲良くなりたい。クライヴに好きって伝えていない!


 だから。だから。

 動いて、私の体。


 相手が帝國最速? それがどうしたの。こっちは帝國最強。

 力。

 ぶちのめす、力。

 力が欲しい。どこかにないの?

 クライヴみたいに相手の灮輝力を吸収するなんて芸当は無理だから、もっと使いやすい灮輝力。

 ねぇ、誰か力を分けて。私、まだ生きたいから!

 ねぇ、クライヴ!


 ――心得た。


 どこからか、声、聞こえてきた。

 いいえ、違う。直接響く。声。彼の声。


 ――レイ。君の想い。届いたぞ。ゆえに、アカウントを発行する。


 クライヴ・ケーニッグゼグの声がレイの頭に響き渡る。


 ――力が欲しいなら、くれてやる!


 瞬間、繋がった。

 アカウントが発行された。

 灮輝力のバイパスが開いている。



 そうか。あったんだ。こんな近くに、灮輝力。

 昨日、この目で見たはずなのに。

 まだ、ちゃんと理解していなかった。

 人造神以外の灮輝力発生源。

 もう朧帝國の覇権はゆらいでいるって、目撃したはずなのに。

 常識が邪魔して、誰に祈っていいのか、分かっていなかった。


 けど、もう大丈夫。

 あなたに甘えること、躊躇しない。

 頼りっぱなしは嫌だとか、自分の力で切り開くとか、そういう思い上がりは、全部終わってから。

 今はまず、生き延びて、琥珀様を守って、禍津を倒して。

 そのための力、貸して頂戴。



「神滅兵装――接続――」



 呟いたとき、焔レイに灮輝力が流れ込んだ。

 そして、炎の花が咲く。

 紅蓮花が無敵の火力を咲き誇らせた。

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