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25 されど問題ない

 クライヴが巡洋艦『大間』を両断して、港の防波堤に登ったのとほぼ同時に。

 空母の甲板から、鋼鉄兵が飛び立った。

 

 空中戦を想定して設計された青龍と、爆撃を主体にして運用される朱雀。

 合わせて十機――いや、二十機。更に増える。

 ケーニッグゼグ領を押しつぶすように空を舞う。


 それだけでなく、二隻の駆逐艦が砲をこちらに向け、撃った。

 空砲などではなく。紛れもない実弾を。人が暮らす街に向けて発射した。

 間髪容れずにミサイルの群れが垂直に飛び出し、機動を曲げてアゲーラの街へと迫った。


 しかし――


「その程度では、このクライヴ・ケーニッグゼグを貫けん!」


 巡洋艦の突進を止めた、あの蒼い壁で、アゲーラの街全てをドーム状に覆い尽くす。

 半透明の薄い膜で、艦砲もミサイルも防ぎきる。鋼鉄兵の侵入も許さない。

 ゆえに鉄壁。

 何者を通さない――。


「ならば既に内側にいるものはどうかッ!?」

「な、にっ?」


 不意に背後から声と殺気が迫る。

 クライヴは反射的に灮輝力で剣を形成。振り返って叩き付けた。


 そして、大質量との激突が起きた。

 ビリビリと腕が痺れる。

 反動でクライヴは大きく後ろに飛ぶ。


 距離が開いて、ようやく相手の全容が見えた。


 そこにあったのは、巨大な、鋼鉄の拳。

 大型トラックのタイヤほどある拳が一つ。それを支える腕もまた相応に太く、黒光りする鋼で出来ていた。

 

 もちろん、腕も拳もそれ単体で動くものではない。それを操る胴体もまた、クライヴの前に立っていた。


 初老に差し掛かった男だ。髪に白い物が混じっていたが、その表情にくたびれた様子はなく、むしろ闘志に満ちあふれている。

 二メトロン近い身長。軍服越しにも分かるほど鍛え上げた肉体。

 そんな偉丈夫に対してもなお不釣り合いな巨大な腕と拳を右肩から生やし、男は笑っていた。

 否、笑いなどという愛嬌のある表情ではなく――禍々しく、嗤っていた。


「一体いつの間に潜り込んだ。五十嵐紋次郎大将」


 かつて狂戦士の二つ名で呼ばれた輝士。

 一線から引いた身でありながらいまだ名声は高く、一説には、帝國最強とされる紅蓮花よりも強いとさえ言われる男。


「ついさっきだ、ケーニッグゼグ。貴様が大間を止めた瞬間に、嬉しくてな。つい反射的に空母を飛び出してしまった。全く、自分でもつくづく思うよ。俺は指揮官には向いていない、と」


「なるほど。確かにそのようだ」


 指揮官というのは言うまでもなく、指揮をするのが仕事だ。

 自ら最前線に出て白兵戦をするのは、むしろ避けるべき事柄。

 にもかかわらず、五十嵐はここにいる。


 鋼の右腕は、彼が灮輝力で作ったものだろう。

 周囲の物質を分解し、再構成し、腕を強化する。それが五十嵐紋次郎の得意技だと、神威学園の教科書にのっていた。


「さて。クライヴ・ケーニッグゼグ。俺と戦ってもらうぞ。信じがたいことに貴様は一人で、我が艦隊の攻撃の全てを防いでいる。あの蒼い壁を消さないことには話にならん……おや、俺の行動は合理的だな! 突発的ではあったが、どうやら艦隊のためになるらしい! 指揮官としても捨てたものではないということか!」


 五十嵐は勝手に一人で納得して喜んで、そして足元を消失させた。

 防波堤を構成するコンクリートを分解。再構成。

 左腕も鋼鉄と化して、狂戦士は前に出る。


 何のひねりもなく、真正面からのぶちかまし。

 フェイントも入れず、ただ真っ直ぐ両の拳を突き出した。

 

 なれど剣呑。


 巨体からは想像も出来ない速度と、巨体から想像されるより一層巨大な質量。

 一歩ごとに防波堤が爆ぜる。

 大気が唸る。

 なによりも、五十嵐の顔。あれは人のものではない。獣ですらない。

 相手をひねり潰すことに至高の喜びを見いだした悪鬼の類い。


 迎え撃つクライヴは、灮輝力にて作りし双剣を左右に持ち、技を放つ。


涅槃寂静(ヨクト・ブレイド)・四十八連斬!」


 人間にも機械にも観測できない刹那に繰り出される四十八の斬撃は、鋼鉄兵の複合装甲をも紙のように切り裂いた。

 だが目の前の拳は、それを弾く。

 甲高い金属音とともに、四十八の斬撃を尽く防ぎきる。


「ほう」


 たまらずクライヴは歓声を上げた。

 斬ろうとして斬れなかったという経験は、十八年の人生で数えるほどしかない。

 この時点で、五十嵐の強さがレイを――少なくとも三年前のレイを上回っていると理解した。


「ぐっ」


 五十嵐は苦悶の声を上げていた。

 四十八連を防いだとはいえ、衝撃まで消えたわけではない。

 よって、そのダメージが胴体に伝わったのだろう。


 拳と剣の激突は防波堤を粉砕し、海に円上の波を描く。


 そして足場を失ったクライヴと五十嵐は海面に降り立ち、並んで疾走した。


 互いに睨み合い、次の一撃を叩き込む隙を探す。

 どちらも高速、高威力であるがゆえ、逆に膠着してしまう。

 先の先をとるか、後の先をとるか。

 どの戦法がふさわしいか、相手の動きを見て、読んで、考えて、ぶちかますタイミングを計る。


 そうしている間にも、艦砲射撃とミサイル、鋼鉄兵の爆撃が止まらない。

 クライヴはそれを防ぐために、常時、街全体をシールドで覆っている。

 それはつまり、神滅兵装が全力運転を続けているということ。

 実のところ、五十嵐との戦いに使っている灮輝力は、全体からみれば微々たるものだった。

 その足かせがなければ、一撃で終わっている。


 しかし、これは一対一の決闘ではなく、艦隊とクライヴの戦い。

 相手は一介の輝士ではなく、指揮官。

 不利な状況がたまたまあったのではなく、そうなるよう追い込まれたのだ。

 もしかしたら、彼以外の戦力も事前に配置されているかもしれない。

 だとすれば、ミュウレアたちが心配だ。


「五十嵐紋次郎。狂戦士という二つ名とは裏腹に――策士だな!」


「はははッ! 猪突しか出来ない者は大将になれんのでな! もっとも、策と言うほどのことではない。お前は確かに強いが、しょせんは一人。複数の方法と方向から波状攻撃をしかければ効果的と思ったまでよ。それが功を奏しているらしいな!」


 五十嵐は嗤いながら海を蹴る。

 艦砲射撃よりも更に強力な突進がクライヴを打つ。


 無論、そんな正面からの攻撃は、いかに強かろうと対処可能だ。

 剣を盾に構成し直し、同時に後ろに跳んで威力を殺す。

 それでも五十嵐の拳は凄まじく、殺しきれなかった威力が盾を叩いた。

 クライヴは一気に街まで飛んでしまう。もちろんダメージは全くない。


 ダメージはない、が。燃料も残り少ない。


 五十嵐紋次郎。なるほど、噂以上の猛者だ。


 されど――問題ない。

 猛者ならば、その灮輝力、もらい受けるまでのこと。

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