23 白虎参式・改
「……私、クライヴが何をやってももう驚かないつもりでいたけど……まさか単身で軍艦を一刀両断に……自分の目が信じられないわ」
そうボヤいてレイは自分の頬をつねる。
「ふぇぇ……もう何か、無敵って感じですねぇ……」
琥珀も一緒になって仲良く頬をつねる。
もちろん夢ではない。
沈んだ巡洋艦も、沈めたクライヴも、現実。
そして、残る駆逐艦二隻と空母一隻も、現実。
感心している場合ではない。危機はまだそこにあるのだ。
ミュウレア・ガヤルドには、王女として国民を守る義務がある。
相手が帝國軍であろうと、禍津であろうと、何であろうと。
ゆえに、まずは住民の避難だ。
そのために携帯電話を取り出し、ケーニッグゼグ侯爵領の宰相へ電話をかけた。
「もしもし!? 見えているなっ? 帝國軍が攻めてきたぞ! 細かいことはいいから、早くマニュアルに沿って避難を開始させろ! 何のために日頃訓練をしているんだ!」
この街は十年前、百メトロン級禍津に襲撃され、壊滅的な被害を受けた。
その教訓から、避難マニュアルは徹底されている。
街の各地に地下シェルターを作り、地区ごとに避難経路を設定し、その誘導訓練を警察に毎年やらせている。
一般市民にも三年に一度の参加を義務づけていた。よって、ほぼ全員がどこにシェルターがあるか把握しているはず。
ミュウレアが宰相を怒鳴り散らした数十秒後、街のあちこちに設置されたスピーカーから、避難命令が流れる。
もっとも、この街の警察は優秀だから、宰相の命令がなくても、とっくに準備を始めていただろう。
「さて。妾たちも行くぞ!」
「行くってどこへっ? まさか、クライヴに全部任せて逃げるの!?」
レイが非難めいた声を上げる。
なるほど。まだ巡洋艦一隻を沈めただけで、敵は三隻も残っている。しかも内一隻は空母。数十機の鋼鉄兵を搭載しているに違いない。
それらを全てクライヴに任せるというのは、輝士として承伏しがたい行いだろう。
「逃げるのではない。武器を取りに行くのだ! 造船所に向かう!」
「造船所?」
「そうだ。敵は艦隊。ならばこちらも船を出すのが道理だろう」
クライヴがこの二年間で造っていた船。
対禍津。そして白の大陸侵攻を想定して設計した、巡洋艦。
いまだ実用段階には至っていないが、わずかに動かすだけなら、いけるはず。
そして、あの中はシェルターに匹敵するほど安全だ。琥珀を守るのに丁度よい。
「とにかく、詳しい説明はあとだ。黙って付いてこい!」
「分かりました殿下を信じます! 琥珀様、私の背中に!」
「いえ、自分で走れますから大丈夫です!」
そんなやり取りをしている間に、帝國軍艦が艦砲をこちらに向けていた。
そして空母の甲板から、鋼鉄兵が発進を始めた。
あのサイズの空母なら、少なくとも四十機は乗っているはず。
「連中、琥珀を取り戻しに来たのか!? それともケーニッグゼグ領を焦土にしたいのか!? ええい、とにかく走れ! クライヴがいる限り、奴らはそう易々と街には入れん!」
そう叫び、ミュウレアは走りだす。
その後ろをレイと琥珀が付いてくる。
クライヴがいる限り――。
そう口に出したのはいいが、実のところ、神滅兵装にはたった一つだけ、重大な欠点があった。
燃料切れである。
神滅兵装の燃費性能は、人造神に比べて圧倒的に優れている。
それを計算に入れても、稼働時間は短かった。
なぜなら、クライヴが人間の大きさだから。持ち歩ける燃料もおのずと限られてしまう。
戦闘が長引けば、それだけ不利。
そして帝國は今、数で攻めてきた。
ゆえにミュウレアは、将来の妻として、クライヴの負担を少しでも取り除かねばならない。
しかし、自分とレイはともかく、琥珀は早くも息を切らしていた。
背負っていくという手もあるが、どちらにせよ速度が落ちる。
どうしたものか、と悩んだのも束の間。
丁度よく、キーを刺したまま放置してある自動車を発見する。
その後部座席にレイと琥珀を放り込み、王女自ら運転席へ。
「ちょっとミュウレア殿下! アナタ運転できるのっ?」
「任せろ! よく王宮の庭でドリフトしておる!」
エンジンをかけ、アクセルを踏み込み回転数をレッドゾーン間際に。
一気にクラッチを繋いで加速。
何の変哲もないセダンであるにもかかわらず、タイヤから白煙を上げて爆走した。
後部座席の二人が悲鳴を上げるが、この際、無視するしかない。
そして海岸沿いに走ること五分。
「さあ、これが造船所だ!」
牧歌的な漁港を離れ、無数のクレーンを備えた施設に辿り着いた。
そのドックには幾つか造りかけの船がある。
しかし避難命令によって従業員は全て逃げてしまったらしい。誰もいない。
ミュウレアはブレーキを踏まずに敷地に突っ込み、屋根付きのドックを目指した。
それこそが、クライヴの造った船が眠る場所。
だが、そこを目指して走る途中に、邪魔が入った。
「そこまででアル!」
自動車の進行方向に、突如として、真っ白な虎が躍り出た。
「ぬおおおおおおっ!?」
ミュウレアは慌ててハンドルを切り回避。
なんとか激突を免れたものの、その勢いで車体が横転。
天井が地面を擦りながら三回転。
積んであったコンテナにぶつかってようやく止まる。
「――チッ、朧帝國の白虎か!」
ミュウレアはボヤきながら、フロントガラスをブーツの底で蹴り割って外に出る。
同じようにしてレイも肘打ちでガラスを砕き、琥珀と一緒に這い出した。
「如何にモ! 朧帝國の誇る白虎参式・改! 認識番号1569ナリ!」
そう名乗る敵は、電子音声だった。
すなわち鋼鉄兵。
真っ白な装甲の、虎。
それも長い二本の牙を持った、サーベルタイガー。
「やれやれ。待ち伏せか。よくここが分かったな」
「当然でアル。帝國の情報網は完全無欠。ここで秘密裏に軍艦が造られていたのは既に承知! 待っていれバ、貴様らが来ると予測していタ!」
白虎参式はAIのくせに偉そうに語る。
だからミュウレアも偉そうに返した。
「はん、そうは言うが、どうせ分かったのはつい最近だろ? ずっと前から知っていたなら、もっと早く来ていたはずだからな」
「ムム! 生意気でアル! その言葉は帝國への侮辱と判断! 排除対象と認識!」
白虎は口を広げ、牙を光らせながら、低い唸り声を響かせる。
排除対象と認識――とは言うが、当然、琥珀以外は最初から殺すつもりなのだろう。
白虎がどう認識していようとも、帝國にとって、価値があるのは琥珀だけだ。
黙っていれば、殺される。
敵は、戦車ですら太刀打ちできない、鋼鉄兵。
対するこちらは、少女が三人。
クライヴは、不在。
ならば、仕方がない。
王女御自ら出陣する。
「ふん……レイ、琥珀を頼んだぞ。奴は妾が相手する」
そう呟いて、ミュウレアは一歩前に出た。
手に武器はない。
あったとしても鋼鉄兵には通用しない。
「殿下!? 何を考えているのよ! クライヴの真似をしたって、そんな!」
レイが叫ぶ。
「そ、そうですよ! 駄目ですよミュウレア!」
琥珀も叫ぶ。
されど、退却の必要、皆無。
なぜならば、この身は既に――
「はッ――勇敢じゃねぇか王女様! だったら紅蓮花の相手はこの俺だァァ!」
ミュウレアが白虎へ攻撃しようとした刹那、全てを嘲笑うような声が空間に走った。
そう。走ったのだ。
空気を弾き飛ばし、地面のアスファルトが凹むほどの衝撃波を撒き散らし。
横転した自動車を踏みつぶして立ち止まる。
一人の若い男がそこにいた。
ほのかに蒼い光をまとって、笑っていた。
「灮輝発動者――!?」
ミュウレアが驚いたのが先か、それとも男がレイと琥珀に襲いかかったのが先か。
人相を確認する間もなく、彼は再度、走り出して。
「琥珀様!」
琥珀を抱きしめたレイの背中を男は、蹴飛ばし――弾き飛ばし――追撃する。
それは間違いなく、超音速。
男も、レイも、琥珀も、轟音だけ残して消えてしまった。
トリックも何もなく、ひたすら速すぎて追いかけることが不可能という異常性。
何者――?
ミュウレアは疑問と焦燥を浮かべたが、しかし、じっくりと悩む暇もない。
「どこを見ているカァ!」
目の前には白虎がいるのだ。
その白い鋼鉄の虎は、牙を向いて咆哮する。
標的はもちろん、ミュウレア・ガヤルド。
「ふん、このからくり人形が! 早々に破壊してレイと琥珀を追わせてもらうぞ!」
「破壊? これは面白イ。自分では何モ出来ない王女が、如何なる方法デこの白虎参式・改と戦うつもりカ?」
そう、鋼鉄兵は嘲笑めいた言葉を放つ。
自分では何も出来ない――なるほど。
確かにそうだ。
ミュウレアはクライヴとは違い、普通の人間。
自分の中から灮輝力が湧いてきたりはしない。
しかし、それは、鋼鉄兵とて同じことだろう。
鋼鉄兵も灮輝発動者も、人造神の力を借りて戦っている。
ゆえに、ミュウレアが他から力を借りても、恥じることはない。
いや、むしろ――
未来の夫から力を借りて何が悪い。
愛の共同作業を見せつけてくれる。
愛する男。愛しい彼。
その心臓に眠る動力装置にアクセスし、クライヴと深く深く繋がって、力を借りる。
帝國が灮輝力の全てを支配する時代は、もう終わったのだ。
人造神のアカウントを持たない灮輝発動者。
神滅兵装のアカウントを持った灮輝発動者。
それがこのミュウレア・ガヤルド。
「神滅兵装――接続――」
刮目し給え。
この身は既に〝強さ〟を備えている。
ミュウレア「トラックに轢かれて転生とかしなくても、クライヴに頼めばチートにしてもらえるぞ(`・ω・´)」
レイ「いいこと聞いたわ( ̄ー ̄)」




