18 マグカップ
クライヴのせいで琥珀が目を回した。
そのことを、やたらと責められてしまう。
琥珀は「気にしないで下さい」と言ってくれたが、レイとミュウレアが追及を緩めないのだ。
「琥珀様を虐めた罰よ! 何か誠意を見せなさい!」
と、レイは真剣に。
「そうだそうだ。謝って済むなら警察はいらないぞぉ」
と、ミュウレアは適当に。
そこでクライヴは、街の商店街で、琥珀の欲しいものを一つ買ってやることにした。
「そんな……本当にいいんですか?」
「いいんですよ琥珀様! あなたは気絶させられたんですよ!」
「それは……私の頭が悪かったせいなんですけど……」
琥珀は遠慮し、モジモジとクライヴを見上げる。
「いや。俺が大人げなかったからだ。それに、琥珀はこうやって店を見て回るのも初めてだろう? なら、遠慮せずに楽しめ。幸いにも俺は公爵だ。金には困っていない」
「お、大人げないですか……第四世代型の私を相手に、大人げなかったですか……!」
クライヴの言葉に、琥珀はプライドを傷つけられたらしい。
少し、ふくれっ面になる。
「分かりました。そこまで言うのであれば、遠慮せず買って頂きましょう!」
「おお、琥珀が気合いに満ちているぞ。いいぞ、どうせならカーディーラーにいって高級車をフルオプションで買ってもらえ。不動産屋にいってマンションを買うのもいいな!」
「え、そこまでは……」
「あはは。冗談だ。けど、せっかくの機会だ。本当に遠慮せず、欲しいものを選ぶがいい。人に甘えることを覚えるのも大切だ」
ミュウレアは自分で金を出すわけでもないのに、教訓めいたことを言って偉そうにしていた。
そして琥珀を先頭に、クライヴたちは商店街を歩いた。
それは、アーチ状の天井の下に様々な店が建ち並ぶ、典型的なアーケード街だ。
今日は平日なので、それほど人通りはない。それでも、買い物をする主婦や、散歩する老人などがチラホラといる。
「わぁ、凄いです! 本屋さんがあります! 文房具屋さんも、服屋さんも、お菓子屋さんも! うわぁうわぁ! あのアイスクリーム美味しそうです!」
琥珀は目を輝かせ、せわしなく首を回している。
見るもの全てが新鮮なのだろう。
「ほら、琥珀様。あの八百屋でピーマン売ってますよ?」
レイがニヤニヤしながらそう言うと、
「むっ。それは結構です!」
と、琥珀は無愛想な対応をした。
どうやらピーマンが苦手らしい。
「ふむふむ。どうやら琥珀とは食べ物の趣味が合いそうだなぁ」
同じくピーマンが苦手なミュウレアが、しみじみと頷いていた。
それからしばらく、琥珀は何かを見つけるたびに、いちいち「うわぁ!」と歓声をあげ、商店街をウロチョロしていた。
その後ろをミュウレアが一緒になってウロチョロする。
しかし、クライヴは琥珀のテンションに付いていくのが難しくなってきたので、ベンチで休むことにした。
「欲しいものが決まったら呼んでくれ」
「はい! 分かりました! まだ決まりそうにありませんけど! というか全部の店を見て回りますので! では!」
「あはは、琥珀は探索好きだな! ますます気に入ったぞ!」
そう言い残し、ちびっ子二人は駆けていった。
「やれやれ。姫様はもう少し落ち着くべきだと思うんだがな……」
あれでは小学生が二人、仲良く遊んでいるようにしか見えない。
片や、一ヶ月前に製造されたばかりの巫女で、
片や、十五歳の王女殿下なのだが。
まあ、精神年齢が平均値になったと思えばいいのかもしれない。
「ねぇクライヴ。ちょっとお願いがあるんだけど……」
「ん? どうした、レイ」
琥珀をいつも最優先しているはずのレイが、そのあとを追いかけず、クライヴと一緒にベンチのそばに残っていた。
しかも、何やら手を合わせ、クライヴに媚びるような目を向ける。
「お金、貸して!」
誇り高き焔レイの口から出たとは思えないほど、低次元なお願いだった。
それを本人も自覚してか、目をギュッとつむり、恥じ入るようにうつむいている。
「どうしたんだ? そんな急いで買うものが?」
「うん……ほら、私、帝國を着の身着のままで飛び出して来ちゃったから……」
「ああ、なるほど」
レイの持ち物は、輝士団の制服。腰に下げた刀。黒髪をポニーテールにまとめた赤いリボン。
それだけだ。
「なるほど。じゃあレイの分だけじゃなく、琥珀の着替えも必要だな」
「そうなのよ! けどさっきも言ったけど、私、この国の通貨持ってないし……絶対そのうち返すから!」
「別に返さなくてもいい。それより、ほら。好きなだけ使え」
クライヴは財布からクレジットカードを取り出し、レイに渡す。
「ほわぁぁ!? そ、その光り輝くカードは……プラチナカード!?」
「ああ」
「本物!?」
「偽物を出してどうする」
「す、凄すぎる……!」
レイは土下座しそうな勢いでカードを拝み始めた。
「拝んでないで、はやく受け取れ。買い物に行くんだろ?」
「そ、そうなんだけど……プラチナカードって庶民が触っても大丈夫なの? 指が溶けたりしない?」
「何で出来てるんだ、そのカードは。いいから受け取れ。無駄遣いしてもいいから」
「そんな、おそれ多い! けど、ありがたく借りるわね! あっ、でも琥珀様とミュウレア殿下を二人っきりにしても大丈夫かしら。ここは平和そうだけど……」
レイは心配そうに呟く。
「安心しろ。俺がさっきから、微弱な灮輝力を放って、レーダーの代わりにしている。姫様と琥珀の位置はつねに把握している」
「またサラリと神業を……ほんとアンタって人間やめてるわね」
「失敬な。人間だぞ。別格ではあるが」
「うわぁ、この人、自分のこと別格とか言い出したし……」
呆れられてしまった。
いいではないか。たまには冗談を言っても。クライヴとレイの仲なのだし。
「ま、クライヴがいるから私は安心できるのよ。だから、別格ってのは本当ね。じゃ、そういうわけで、私はありがたく買い物に行ってくるわ」
カードを受け取り、レイも商店街に消えていく。
暇になったので、クライヴは自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座って一人ボンヤリしていた。
すると、足元に何やらフワフワとした綿毛のような感触が。
「にゃーん」
それは黒い毛並みの猫だった。
首輪がないので、野良猫であろう。
ゴロゴロと喉を鳴らしてクライヴの脚に擦り寄ってくる。
そんな猫を眺めて和んでいると、少女の黄色い声が二つ、近づいてきた。
「あ、琥珀! さっきの黒猫を発見したぞ!」
「本当です! クライヴさんが捕獲しています!」
別に捕獲などしていない。
いつの間にかいただけだ。
「クライヴさん、お願いします! その猫さんを――猫さんを私に、モフモフさせて下さい!」
琥珀はもの凄い勢いで走り寄ってくる。
さっき海岸で、少し走っただけで倒れた者と同一人物とは思えない速さだ。
「猫さぁぁぁん!」
銀色の髪と巫女装束をなびかせて、琥珀は黒猫に飛びかかる。
獲物に向かって急降下する猛禽類の如き動き――。
だが、猫もまた獣である。
琥珀の突進を優雅にかわし、颯爽と走り抜ける。
「ああああ、また逃げられちゃいましたぁぁッ! うわーん!」
あとわずかで猫を腕に抱きとめることが出来たのに、僅差で叶わなかった。
それがよほどショックだったらしく、琥珀は地面に座り込み、涙すら流した。
「おお、よしよし。可哀想な琥珀だ。まったく、駄目じゃないかクライヴ。ちゃんと猫を捕まえてくれなきゃ」
「俺のせいですか」
突然現われて好き放題言ってくれる王女様である。
もっとも、それはいつものことだから気にもならないが。
「うぅ、怨みます、クライヴさん!」
演算勝負で気絶させられても怒らなかった琥珀が、八つ当たりをしてきた。
そんなに猫が大切だったのか。
「クライヴよ。琥珀は、今日初めて猫という生き物を見たんだぞ。撫で回したくなるのも当然だろう。というわけで、クライヴ。ちょっと猫を捕まえてこい」
「はあ……そういうことでしたら」
猫を産まれて初めて見た。というのも、なかなか衝撃的な話だ。
琥珀が『製造』された存在だと、思い知らされてしまう。
「いえ。いいんですクライヴさん。猫は……自分の手で捕まえてモフモフしてこそ意味があると思いますから!」
なぜだか琥珀は気合いの入った表情で、グッと拳を握りしめる。
琥珀の中で、猫が神聖な生き物になってしまったらしい。
「ところで、欲しいものは決まったのか、琥珀」
「あ、それはまだ……というか、猫を追いかけるのに夢中で!」
そんなことだろうと思っていた。
「だったら……そうだな。俺の行きつけの雑貨屋にあるアレなんかどうだろう」
「アレ……ですか?」
クライヴの提案に、琥珀は小首をかしげる。
――
――――
――――――
そして、雑貨屋でアレを見た琥珀は、それはそれは、もの凄い喜びようだった。
「な、何ですか、この可愛らしい黒猫さんが描かれたマグカップは!? さっきの黒猫さんの生き写しです! わ、私のため、マグカップに変身してくれたのでしょうか!?」
「落ち着け琥珀。そのマグカップは最初からマグカップだ。前に来たときにも置いてあって、さっきの猫を見て思いだしたんだ」
「そうなんですか! それにしても……ああ、何て可愛いんでしょう。私、このマグカップが欲しいです!」
琥珀は両手でマグカップを大切に掴み、目をキラキラさせる。
買ってくれるまでここを動かないぞ、という決意が現われていた。
「えー、琥珀ぅ。そんな安いのでいいのかぁ? クライヴならマジでマンション買ってくれるぞ」
「いいえ。このマグカップが欲しいんです。だって可愛いし……クライヴさんが選んでくれた物ですから」
マグカップの猫と見つめ合い、琥珀は微笑む。
本当に、大切に大切に――。
知り合った人たちとの繋がりを大切に大切に――。
そんな琥珀の声が聞こえたような気がした。
「なるほどな。うん。それじゃあ、あとで一緒にコーヒーを飲もう。クライヴの家には美味しい豆があるから」
「はい。とても楽しみです」
子供のお小遣いでも買えそうな、マグカップ。
けれど琥珀は、それをレジに持っていくとき、宝の山を見つけた探検家よりも幸せそうな顔をしていた。
それを見て、クライヴも何だか幸せな気分になってきた。
――
――――
――――――
さっきのベンチに戻ると、レイが待ちわびたという様子で座っていた。
「あ、やっと帰ってきた!」
「レイ。どうしたんだ、その紙袋は。ニートで無一文のくせに」
さっそくミュウレアはレイを弄り始める。
「くっ……このちびっ子殿下は、顔をあわせるなりいきなり……クライヴにカードを借りたんです! 使ったお金はそのうち返します!」
「ふーん……おいクライヴ。信用しない方がいいぞ。金を返せるようなら、最初からニートにはならないからな」
「ニートニート言わないでください! 私は確かに帝國を抜けましたが……心は輝士ですから!」
「無職なのに気分だけは輝士か……自宅警備員まっしぐらだな」
ミュウレアは憐れんだ瞳をレイに向けた。
「ぐぬぬ……そんなことより。はい、クライヴ。カードありがとう」
「ああ。いい服は見つかったか?」
「自分の分はね。でも琥珀様にふさわしい服がなかなか見つからなかったから……布を買ってきたわ! あとで私が作る!」
レイはニヤリと自信たっぷりに笑った。
それはつまり、店のセンスより自分のセンスの方が上だと判断したということだ。
最強輝士の裁縫の腕前がどれほどか、クライヴは興味が湧いてきた。
「レイ、私の服を作ってくれるんですか?」
「はい、琥珀様。いつも巫女装束ばかりでは飽きてしまいますからね。私が素敵な服をお作りして差し上げます!」
「ありがとうございます。レイが作るなら、きっと可愛い服になりますね」
「ええ、それはもう!」
レイは自信たっぷりに自分の胸を叩き、それを琥珀がニコニコと見つめる。
ミュウレアはまた弄るネタがないかと目を光らせ、クライヴは周囲を警戒しつつ三人娘を眺めて和む。
そんな平和な昼下がり――。
次回が水着イベントで、そしてその次が――おまたせしました。開戦です。
第壱章を超えるクォリティの戦いをお約束します。




