16 疑問いろいろ
「はぁぁ……やっと元気になりました」
レイが買ってきたペットボトルのお茶を飲み干した琥珀は、口元を巫女装束の袖で拭きながら、ほっと息を吐く。
一緒に木陰に座っていたクライヴたちも、ほっと一息。
「よかったな琥珀。もう無理して走っちゃ駄目だぞ。と言うか、もう少し体を鍛えろ。別に夏でもないのにちょっと運動しただけでひっくり返るなんて。子供は走り回らないとな!」
琥珀を駆けっこに参加させた張本人が偉そうに語る。
「……そ、そうですね。確かに私は、ずっと屋敷の中にいましたから……運動不足は否定できません」
「大丈夫ですよ琥珀様。これからいくらでも鍛えたらいいんです。何なら、私と一緒に!」
「え……レイとですか……でもレイって、灮輝力なしで毎日二十キロ走ってるとか前に言ってましたよね」
「はい。それが何か?」
「ちょっと私にはまだ……あはは」
琥珀は引きつった笑いを浮かべ、やんわりと拒否する。
するとレイは「そうですか……」と残念そうにうなだれた。まさか本当に琥珀を自分のトレーニングに付き合わせるつもりだったのだろうか。
焔レイは紛れもない天才なのだから、常人が付いていけるわけがないのだ。
まして琥珀のような、か弱い少女を付き合わせるなど、ほとんど拷問である。
最強輝士と一緒に運動しなくても、普通に出歩いていれば自然と体が頑丈になるだろう。
「さあ、琥珀が元気になったことだし。次は何して遊ぶ?」
ミュウレアは遠足前日の小学生のようなテンションで腕をブンブン振り回す。
見た目も言動も小学生そのものだが――しかし彼女は十五歳で、王女で、資産家だった。
人を第一印象だけで決めつけてはならない、という見本だ。
「遊ぶのもいいけど……その前に私、聞きたいことがあるのよ」
レイは琥珀の頭を撫でながら、そう切り出す。
「何だ? 職安の場所か? お前はおっぱいが大きいから、えっちなお店で働いたらいいと思うぞ」
「いつまでニートネタ引っ張るんですか! そうじゃなくて……ねえ、クライヴ。神滅兵装って、なに?」
問いかけるレイの表情は、教えを請うと言うより――追及するような、尋問するようなものだった。
むしろ、完全にクライヴを睨んでいる。
まるで威嚇する猫のよう。
――まあ、分からんでもない。
クライヴはレイの心情を察した。
なにせ、二人とも〝強さ〟にかける想いが重い。
強さに結びつくと思ったら、それこそ何でもやった。
持久力を付けるため、二十四時間不眠不休で灮輝力を全力で使い続けたり。
耐久力を付けるため、身動きできないよう自分を縛って、學園の生徒たちにひたすら攻撃してもらったり。
水中戦に対応するため、酸素ボンベもつけず、代わりに重りをつけて海に飛び込み、灮輝力を使って水分子から酸素を取り出し肺に取り込む練習をしたり。
火山が噴火したと聞き、二人で行って、熔岩に飛び込み、どちらが長く我慢していられるかという勝負をしたこともある。もちろんクライヴが勝った。
そのようにして、普通の人からすると、かなり引いてしまうらしい行為をクライヴと共に続けていたレイからすれば、神滅兵装は絶対に無視できないに違いない。
なにせ、人造神を使わずに、人間が自ら灮輝力を作り出したのだから。
そのような現象、これまでの常識では考えられない。
「私も気になります。昨日、クライヴさんから溢れた光は……人造神そのものに見えたのですが……?」
琥珀も疑わしげな瞳でクライヴを見つめる。
あれは一体なんだったのか、と。
私が目撃した出来事は本当だったのか、と。
そう訴える瞳だった。
「流石は琥珀。ご明察だ。如何にも。神滅兵装は基本的に人造神と同等のものだ。俺の心臓に埋まっている」
そう解答し、クライヴは自分の胸を指差した。
正確には――本物の心臓を取り出して、神滅兵装を埋め込んだ。
今、クライヴの全身に血液を送り出しているのは、神滅兵装だ。
神滅兵装の設計も製造も、その移植手術も、全てクライヴが自分でやった。
一人で胸を切り裂き、心臓を取り出したのだ。
レイと琥珀は目を細め、ジィィィ、とクライヴの胸部を見つめる。
「クライヴの胸の中に?」
「人造神と同じものが?」
二人の少女が再び質問し、
「ああ、そうだ」
と、クライヴが短く肯定する。
すると――
「嘘よ!」
「そうです、嘘です!」
なぜか二人の少女は大声で否定し始めた。
「嘘じゃないんだが」
「ふざけないで! 人造神ってあれよ? 帝都の真ん中に建ってる塔よ? 全長700メトロンの巨大な塔なのよ?」
「それがクライヴさんの中に入ってるなんて……クライヴさんは身長700メトロンなんですか!?」
大人しい琥珀までレイと一緒になって詰め寄ってくる。
元気なのはいいことだが、怒った琥珀は少し怖い。同時にかなり可愛い。
「失礼だな。化物みたいに言うな。俺の身長は177cmだ」
「じゃあ人造神が入るわけないでしょ! もう、ふざけないで!」
レイはぷりぷり怒り、頭から湯気が出そうになっている。
琥珀も一緒にぷりぷり。
そんな二人を横から眺めるミュウレアはとても楽しそうだった。
彼女は真相を知っているのだから、少しは弁護に協力してくれてもいいのに。
「入るわけないと言うがな。じゃあ、昨日の蒼い光はどう説明する? あれは確かに灮輝力だったろう? 人造神から受け取ったのではなく、俺が放ったんだぞ」
「それは……」
「そうですけど……」
二人はその目で見たのだ。
ここから少し離れた砂浜で、鋼鉄兵を一撃で倒すクライヴを。
体から蒼い灮輝力を放つクライヴを。
その現実を前に、如何なる反論も意味をなさない。
クライヴの胸の中にある神滅兵装は、灮輝力を生み出す装置。
これは覆すことの出来ない、純然たる事実。
「あはは。クライヴ。お前の説明が下手くそなんだ。何でも自分で出来る奴は、えてして人に説明するのが苦手だからな。というか、神滅兵装は、世界の常識をぶっちぎりすぎていて、まともな説明では誰も納得せんぞ」
「そうそう!」
「納得しませーん!」
レイと琥珀は大きく頷き、クライヴの説明不足を訴える。
「ならば、いいだろう。妾が代わりに語ってやる。神滅兵装と、それにともなう『遺跡』の話を――」




