15 ランナーズ・ハイ
クライヴが地面に落ちたタコ焼きや、テーブルの上に散らばった容器を片付け終えると、まずはミュウレアが最初に帰ってきた。
「はぁ……はぁ……ただいまクライヴ……」
「お帰りなさい姫様。お疲れですね」
「うむ……しかし妾は勝ったぞ! 一番乗りだ!」
勝った? 何に勝ったのか?
意味がわからずクライヴが首をかしげると、今度はレイが息を切らせてやって来る。
「ちょっとミュウレア殿下! 砂をかけるとか卑怯よ! 目に入ったじゃないですか!」
「わはは、勝負に卑怯もへったくれもあるか! 妾のような可憐な乙女の攻撃も避けられない方が悪いのだ。それでも元最強輝士か!」
「ぐぬぬ……」
勝ち誇る王女殿下と、悔しがる少女輝士。
「で? 二人は何の勝負を?」
「ああ、うん。あそこにある水飲み場まで走っていって、最初にクライヴの所まで帰ってきた奴が勝ちという勝負をしていたんだ」
「つまり、駆けっこですか。しかし、なぜ急に……」
いい歳なのに――という台詞はグッと飲み込む。
「だって妾が『やーい、このノロマ』と言ったらレイがムキになってしまってな。そういうことになってしまったんだ。やれやれ」
「何がやれやれですか! 砂で目潰ししてまで! ムキになったのはそっちです!」
「ふん。仕方ないだろ。そっちは一昨日まで帝國軍輝士団だったんだからな。ドレスを着た王女がまともな方法で太刀打ちできるわけがなかろう。だいたい、駆けっこで負けたくらいでそんな本気で怒るなよ。大人げない。だからニートなんだぞ?」
「ニートって言わないでください!」
なるほど。事情は理解した。
そしてクライヴは思う。
大人げないのは、二人とも、だ。
「まあ、口喧嘩だろうと駆けっこだろうと二人の自由だが……姫様、レイ。琥珀は?」
「あ!? 忘れてた!」
「た、大変! 琥珀様ぁ!」
二人の少女は、ぐるんとスカートをひるがえして後ろを振り向く。
その視線の先には、こっちに向かってヨロヨロ歩いてくる銀髪の巫女がいた。
「ぜぇ……はぁ…………ぜぇ…………はぁ…………ひ、酷い、です……二人とも……私を置いて…………も、もう、駄目……ぇ」
そう言い残し、琥珀は砂浜の上にバタリと倒れる。
「うわああ、琥珀様ぁぁぁ!」
レイは顎が外れるんじゃないかというくらい口を開けて絶叫し、琥珀の元へ走っていく。
「わははは。あいつ、駆けっこに夢中になりすぎて守るべき巫女を放置していたぞ。子供か! わははははは!」
「笑い事ですか。俺たちも行きますよ」
「うむ。琥珀を日陰で休ませないとな」
既にレイは琥珀の元に辿り着き、その名を呼びながら抱き上げ肩を揺すっていた。
「琥珀様! しっかり! 気を確かに! ああ、寝てはいけません! 寝たら死んでしまいます!」
寝たら死ぬのは冬山の話である。
「そ、そんなに揺らさないで~~」
レイはよほど錯乱しているのか、琥珀の肩を、それはもうグワングワンと振り回す。
ただでさえ疲れ果てて倒れているところにそんな仕打ちを受けたものだから、琥珀は死にそうな顔色になってしまう。
「琥珀の目、マンガみたいに回ってるぞ! うむ、面白い! 琥珀、グッジョブだ!」
「べ、別に受け狙いじゃありません~~だれかレイを止めてください~~」
憐れな琥珀。
やっと帝國から解放されたのに。
今度は親友であるはずのレイに振り回され、ミュウレアには笑われた。
しかし、案ずるな。
世界の不条理はこのクライヴが全て打ち砕く。
少女の助けを求める声に応え――
神滅兵装――起動――
などと大げさなことはせず、クライヴはレイに声をかけた。
「おい、レイ。いい加減、正気に戻れ。琥珀が関節の壊れた人形みたいになってるぞ」
「だ、だって私のせいで琥珀様が倒れて! だからやる気注入してるのよ!」
「そんな、昔の家電じゃないんだから、ショックを与えても元気にはならないぞ」
「え……でも私、トレーニングで疲れたときは頭を岩とか木に打ち付けるわよ。そしたらまた動けるようになるの!」
レイは真顔でそう言った。
おそらくそれは……妙な脳内物質が分泌され、一時的に『ハイ』になっているに過ぎない。
そのように危険な手段で自分を追い込むのはレイの勝手だが、琥珀に通用すると考えるのは明らかに間違いである。
「冷静になれ焔レイ。お前の守るべき巫女は、一歩一歩、死に近づいている!」
「そ、そんな……! じゃあ私、どうしたらいいの!」
レイは泣きそうな顔で訴える。
クライヴは冗談で言ったのに、本気にしてしまったようだ。
この愚直な性格は三年前から変わっていない。
「まずは琥珀を日陰に移動させ、そして……祈るんだ。助かるように」
「分かったわ! 琥珀様、私、必死に祈りますから!」
「うぅ……そんなに大げさにしないでください……あと出来れば水をください……なるべく早く……」
なかなか日陰に連れて行ってもらえない琥珀は、何かもう諦めたように呟いていた。
というより、クライヴとレイが掛け合いをしている内に、かなり元気になってきたようだ。
良かった良かった。
「わはははは。お前ら面白いぞ、ああ、お腹痛い! わはははははは!」
ミュウレアはミュウレアで、ツボにはまってしまったらしく、大笑いが止まらない。
しかし、いつまでもふざけてはいられないので、クライヴは琥珀を抱き上げ、木陰に運び、寝かせる。
するとミュウレアが「よし、妾が膝枕をしてやろう!」と言いだし、自分の太股に琥珀の頭を乗せる。
「どうだ、王女の太股は気持ちよいか!」
「はあ……ありがとうございます……」
琥珀は一応、礼を言っている。が、あまり気持ちよくはなさそうだ。
なにせミュウレアは幼女体型。あまり肉付きがいいとは言いがたい。
枕としては粗悪品だろう。
「ぐぬぬ……私が膝枕してあげたかったのに……」
レイは悔しそうに唸り始める。
だが、
「そうだ! じゃあ私が水を買ってくるわ! 待っててください琥珀様!」
いい感じの役目を思いついたレイは、風を切るようにして走り出した。
流石は元帝國最強輝士。
灮輝力が使えなくても、素晴らしい疾走だ。
走る後ろ姿を見ただけでも、全身がバランスよく鍛えてあると分かる。
そして、わずか一分後には帰ってきて――
「大変! 私、この国のお金持ってなかった! クライヴ、貸して!」
「わはは、ニートな上に無一文か! 面白すぎる! わははははは!」
「……何でもいいから……水飲ませてくださいよ……ぉ……」




