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12 五十嵐紋次郎

 国王ダーレン・ガヤルドはすっかり脅えていた。


 自分が座っているのは謁見の間の椅子。つまり、相手を見下ろす王座に他ならない。

 現に、物理的には(、、、、、)見下ろしている。

 王座は他よりも一段高い場所にあるのだから。


 だというのに、今、目の前にいる男は、明らかにダーレンを見下していた。

 その男とは、帝國軍ガヤルド王国駐留艦隊の総司令、五十嵐紋次郎大将である。


 十年前、ガヤルド王国は、超大型禍津『白龍』を帝國軍に撃退してもらったという恩がある。

 そして帝國軍は、ガヤルド王国の復興支援と防衛のためと称し、駐留艦隊を置いた。

 その維持費の半分は、ガヤルド王国が払っている。

 もちろん、拒否など出来るわけがなかった。

 逆らえば、因縁を付けられ、ならず者国家のレッテルを貼られ――滅ぼされる。

 この半世紀で、いったい幾つの国が帝國に滅ぼされたか、数えるのも面倒だ。


 朧帝國は常にあらゆる国家に睨みをきかせ、気軽に無理難題をふっかけてくる。

 今、この世界に、本当の意味での独立国家は一つもない。

 ダーレン・ガヤルドは属国の王なのだ。


 ゆえに、五十嵐大将は、ダーレンにとって目の上のたんこぶだった。

 彼が人間的にどうであろうと、朧帝國のメッセンジャーとして悪い知らせを持ってくる悪魔にしか見えなかった。


 そんな五十嵐大将は、初老に差し掛かり、髪も髭もすっかり白くなっている。

 だが、その体格は筋肉質で、二メトロン近い身長は、黙っていても相手を威圧する。

 軍人というイメージを凝縮して固めたような、そんな風貌だった。


 事実、その功績も凄まじい。

 まず、灮輝発動者としての功績――三十を超える禍津の撃墜数を誇っている。

 年月が違うとはいえ、あの焔レイですら十四なのだから、三十というのは驚異的だ。

 そして指揮官としての功績――彼の率いる艦隊が撃墜した禍津の総数は、五百にも上るらしい。また、国も二つ滅ぼしている。


 今は寡黙な鉄の男という雰囲気だが。

 ダーレンは知っている。

 昔、帝國が作った広報ビデオで見たのだ。


 五十嵐大将がまだ二十代だった頃の映像。一介の輝士だった頃の映像。

 嬉々として禍津の群れに突っ込んで、次々と押しつぶしていく(、、、、、、、、)光景を。


 禍津の白い返り血を浴び。彼自身も赤い血を流して。

 恍惚としていた。快楽に溺れていた。

 戦うことを? 否、蹂躙することを喜んでいた。


 戦闘狂と言う言葉すら生ぬるい、化物。

 その広報ビデオを見たダーレンは、禍津と五十嵐のどちらがより化物なのか分からなかった。


 もちろん、それは何十年も前の映像であり、じきに還暦を迎える五十嵐が、丸くなっているというのも考えられる。


 しかし、しかし――


 そこまで考えて、ダーレンは思考を中断した。

 五十嵐がどんな人間であろうと、ガヤルド王国が彼と戦うわけではないのだ。

 少なくとも、今のところは。


 もしかしたら「見下されている」ということすら、ダーレンの被害妄想かもしれない。

 とにかく、まずは話を聞こう。そうしなければ、何も始まらない。


「陛下。お聞きしたいことがあります」


 無骨な声で五十嵐大将は切り出した。


「な、何かね?」


 ダーレンは、声が震えるのを必死に隠そうとし――それでもやはり震えてしまう。

 そして、五十嵐大将の話を聞いて、今度は体まで震え始めた。


「約十二時間前、一人の輝士が、帝國の大切な巫女様を誘拐し、このガヤルド王国方面へと逃走しました。それを捕捉した鋼鉄兵一機があとを追いかけ、三時間前、ガヤルド王国ケーニッグゼグ領にて会敵、交戦――その報告を最後に、鋼鉄兵との通信は途絶しました。陛下。その輝士と巫女様がどこへ行ったか、ご存じありませんか?」


 逃走した輝士?

 誘拐された巫女?


 知るわけがない。

 知るわけがないが――こうして聞いてきたということは。

 それはつまり「かくまっていないか?」という問いかけ。

 いやむしろ、巫女の誘拐はガヤルド王国の差し金では、とすら思われているかもしれない。


 冗談ではない。

 自分にそんな度胸があるわけがない。


 帝國に逆らうなど。

 まして、五十嵐大将が率いる駐留艦隊がいるというのに。


「し、知らぬ! 知っていたらとっくに教えておるわ!」


 それは嘘ではなく、本音。

 脱走輝士と巫女様をかくまうなど、胃にダース単位で穴が開く。


 そもそも。

 そいつらは本当にガヤルド王国に逃げてきたのか?

 帝國は、なにか言いがかりをつけて無茶な要求を押し通そうとしているのではないか?


 色々と思慮を巡らせ、もう既にダーレンは胃が痛くなっている。


「なるほど、ご存じない……であれば、我々が独自に調査します。よろしいですね?」


 当然、逆らえるはずもなく――


「ああ、勝手に調べるがいい! 何が見つかっても、ワシは関与していない。そのことだけは忘れないでくれ!」


「承知しました。では」


 そう言って、五十嵐大将は謁見の間をあとにする。

 彼の姿が見えなくなってから、やっとダーレンは肩の力を抜き、大きく深呼吸した。


 緊張だけで死ぬかと思った。

 まったく、どうして自分のような小心者が国王などやっているのだろうか。

 はやく息子に王位をゆずって隠居したい。

 しかし息子は――あまり出来がいいとは言いがたい男だ。


 対照的に娘のミュウレアは聡明で、おそらく今すぐ王位をゆずっても、自分より上手に国を治めるだろう。

 ただ問題なのは、あまりにも好戦的過ぎること。

 もしかしたら、帝國と揉め事をおこして、国を滅ぼすかも知れない――。


 ああ、駄目だ駄目だ。

 頭が良くても好戦的なのは駄目だ。


 やはり、今しばらく自分が国王をやるしかない。


 と、そこまで考えて。

 ダーレスの脳裏に、ある恐ろしい想像が浮かんだ。


「まさか、ミュウレアの奴、その脱走輝士と巫女をかくまったりしていないだろうな……!?」


 五十嵐大将いわく、輝士の消息は、よりにもよってケーニッグゼグ領で途切れている。

 ミュウレアがよく遊びに行っている場所だ。


「いや、そんなはずはない。いくらミュウレアでも、帝國の脱走輝士と巫女をかくまうなど……そこまで馬鹿ではないはずだ。そんなことがバレたら……明日にでもガヤルド王国がなくなるぞ」

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