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10 焔レイ

「琥珀様――ッ!」


 絞られる巫女の姿を夢に見て、レイは目を覚ました。

 そう、夢。

 目覚めると、あの地獄は消えていた。


 あるのは天蓋付きの豪奢なベッドと、シルクの寝間着に身を包んだ自分の姿。


「……ここは、どこ……?」


 記憶が混乱している。

 自分は琥珀を連れて帝都から逃げ出して、アカウントを凍結されて、内燃機関マニアから盗んだレシプロ機で飛んで、途中で鋼鉄兵に捕捉され、追いかけられながら、ガヤルド王国を目指した。


 恥も外聞もなく、クライヴに助けを求めて――。


「そうだ、琥珀様は!?」


 あの銀髪の少女を助けるために逃げたのだ。

 その肝心要の琥珀がいない。

 慌ててベッドから飛び降り、寝間着のまま、部屋を飛び出した。

 廊下を走ると階段があり、転がるようにして駆け降りる。

 降りた先はリビングになっていた。


「あ、レイ。目が覚めましたか?」


 明るくて優しい、あの声が聞こえた。

 白装束に緋袴。ふんわりした銀のボブカット。くりくりっとした可愛らしい赤瞳で見上げてくる、琥珀。

 彼女がソファーに座って、呑気にクッキーを食べている光景を見て、レイは安堵の余り階段に座り込んだ。


「はぁぁぁ……良かった……無事だったんですね」


 肺の空気を全部吐き出しながらそう呟くと、


「無論だ。俺の責任において守ると、そう言っただろう」


 彼、の声がした。


 琥珀の向かい側に座り、特に何かしているわけでもないのに、やたら自信たっぷりに見えるハイティーンの少年。

 クライヴ・ケーニッグゼグ。


 ああ、夢じゃなかった。

 やっぱり、彼が助けてくれたんだ。


 三年前、アカウントがなくても〝強さ〟を諦めないと宣言し、そして本当に強くなっていた、憧れの彼。

 目も眩む閃光のように、玄武参式を倒してしまった彼。


「おいおい、焔レイとやら。いつまで階段に座っている? こっちに来てソファーに座ればいいのに。まあ、趣味だというなら無理強いはしないが」


 それからもう一人。

 琥珀の隣に腰掛ける、金髪の小柄な少女がいた。

 一目で高価と分かるドレスを身にまとい、琥珀の頭を撫でている。琥珀もそれを嫌がっておらず、むしろ嬉しそう。並んでいる二人は仲の良い姉妹のようだった。

 琥珀がリラックスしているのは喜ばしいことなのに、どうしてかモヤモヤする。


 ――私の琥珀様なのに……!


 はたして、この少女は誰なのだろうか。歳は十二か十三くらいに見える。その幼さとは裏腹に、やたらと偉そうな目つきをしているが。


「ああ、名乗っていなかったな。妾はミュウレア・ガヤルド。名前のとおり、このガヤルド王国の王女である」


 王女、様……? なるほどなるほど。それならこの威圧的な雰囲気にも納得だ。偉そうなのではなくて、本当に偉いのだから……。


「って、どうして王女様がこんな所に!? ああ、申し遅れました。私は焔レイ! 朧帝國軍輝士団所属です!」


 慌てて立ち上がり、敬礼。

 こんな所――とは言ったが、考えてみればそう変な話ではなかった。

 なぜならクライヴが『公爵』だから。


 帝國では一介の學生であり外国人に過ぎなかったが、本国に帰れば、広大な領地を持つ貴族なのだ。

 ならば王族との付き合いがあるのが、むしろ当然。


 その相手、ミュウレア女王殿下はレイを見つめ、

「〝元〟輝士団、だろ? 今はアカウントも消され、脱走兵だ。琥珀から事情は聞いたよ。友達を助けるために命を張るとは、うむ、気に入った!」

 そう、満足げに頷いた。


「……お褒めに与り光栄です……しかし、友達……?」


 確かに、レイは琥珀を助けるため帝國を飛び出した。

 無謀だし、蛮行だし、命がけだったのは確かだ。

 けれど、友達?

 帝國の偶像(アイドル)である巫女様が、おそれ多くも、友達?


「あれ……レイ、どうして変な顔してるのですか? ふふ、おかしなレイ」


 琥珀は笑う。

 その笑顔を見て、やっと「ああ、そうか」と納得した。

 今まで分かっていなかったが、自分と琥珀は、友達になっていたのか。

 だから自分は迷うことなく祖国を裏切れたのか。

 無我夢中で考えたこともなかったけれど、今更ながら気が付いた。


「いいえ……何でもありませんよ琥珀様。それより、ほら。頬にクッキーの欠片がついています」

「え、あれ? まあ本当! 駄目ですね私は。レイがいないと、夜、おトイレに行けないかもしれません」

 なんて言って、琥珀は舌をペロリと出して見せる。


「お前ら、本当に仲がいいんだなぁ。で、レイとやら。事情は琥珀から聞いたが、方針はお前から聞きたい。帝國を裏切って、これからお前たちはどうするつもりだ?」


 帝國を裏切って――その言葉を他人の口から聞くと、響きの恐ろしさに改めて戦慄してしまう。

 覚悟はとっくにしていたはず。だが、ズシリと重い。


 レイは、助けて欲しくてここまで来た。

 自分の力ではどうにもならないから、クライヴの力を借りたくてレシプロ飛行機を飛ばした。

 方針なんてあるわけがない。

 琥珀を助けるんだ救うんだと息巻いたのはいいが、やり方なんて分からない。

 他力本願。責任放棄。なんて無様なんだろう。


 なんと説明すればいい?

 分からない。分からなくて、声、震えた。

 まるでその辺の普通の女の子みたいに。


「助けて、欲しいんです……私のことはいいから、琥珀様を助けて欲しくて……クライヴに助けて欲しくて、ここまで来ました。お願いします、琥珀様を、帝國から守って下さい……!」


 自分で言ってて馬鹿じゃないか、と思う。

 彼らに何の得がある?


 相手は、

 広い領地を持つ公爵と、

 王家の血を引く姫様だ。


 こんな個人的な頼み――友達を助けてください――なんて聞いてくれるわけがない。

 それも、世界の覇権国家、朧帝國を敵に回して。

    

 帝國を敵に回す!


 それは何て馬鹿な発想。世迷い言そのもの。白面でなければ精神に異常をきたしている。そんなことが本当に可能だと、自分は本気で思っていたのか?

 どうして帝國を裏切ってしまったのだ。他にやり方があったのではないか。

 今頃後悔しても遅いけれど――けれど――やはり、ああする他に手はなくて――火事から逃げるためにビルから飛び降りるようにして自分は帝都を飛び出した。つまり自殺行為。


 ――ああ、なんだ。もうとっくに詰んでいた(、、、、、)んじゃない。


 その事実に思い至り、レイが拳を握りしめたとき。

 クライヴは言った。


「いいだろう。助ける。帝國から守ってやる」


 そう気軽に。

 買い物でも頼まれたような口調で。

 出来て当然という顔で。


「丁度、俺もそろそろ帝國と戦おうと思っていたところだ」


 なんて、レイより更に馬鹿なことを言い始めた。


「おお、よく言ったぞクライヴ。やはり男はそうでなくっちゃな。目指すは頂点。敵は強大なほど燃えてくる! まして少女が助けを求めているのに戦わないなんて、それはもう金玉が腐っているぞ。なあ琥珀?」


「え? え、金、玉……あー、えっと……そうかもしれません……」


 いきなり下品な単語が飛び出して、琥珀は反応に困った顔をする。

 もしかしてクライヴとミュウレアはふざけているのだろうか。

 そんな疑惑が浮かんだが、しかし、ミュウレアはともかく、クライヴは真剣そのもの。


「何を困惑しているのだ、レイ?」


 何を――って言われても。


「お前は俺に助けを求めて来た。それはつまり、俺ならば困難を打破できると判断して来たのだろう?

 いい判断だ。

 俺はお前が帝國を裏切ったと聞いて、初めは耳を疑った。しかし――琥珀の運命を思えば他の選択肢は皆無。俺の知っている焔レイならばそうするだろう。

 俺はそんなレイを尊敬する。そして俺はレイに頼られたことを誇りに思う」


 真摯に。こっちが恥ずかしくなるくらい真摯に。

 クライヴはレイを真っ直ぐ見つめて、言葉をつむいだ。

 こんなにも自信に満ちあふれている人が、他にいるだろうか。

 聞いているだけで、自分まで何でも出来るような気になってきて――

 そしてなぜだか、涙、流れた。

 だって、もう、心配すること、何もない。


「ゆえに、俺が全霊を以てして君たち二人を守護しよう。

 あらゆる壁を粉砕しよう。這い寄る魔の手を踏みつけよう。

 安堵せよ。君たちはクライヴ・ケーニッグゼグの元まで辿り着いた。

 それは勝利と同義である」


 ようこそケーニッグゼグ領へ。レイ。琥珀。君たちを歓迎する――彼はそう言って、レイの不安を全て消し飛ばす――。


 ――なんてズルい人。こんなの、好きになるに、決まってるじゃない――

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